第二十五話 予言者
桜色の都編パート2です。
不穏な空気の中、流転の國の最高権力者と桜色の都の予言者が、初めて顔を合わせます。
果たして、予言者の目的は何なのでしょうか…?
事態は急展開を迎えた。
五日間の休みが明けたその日、ダーク率いる黒魔術師部隊『クロス』が突如、流転の國に近付いてきたのである。
大きな魔力が接近していることは、既にネクロが探知していた。
勿論、城の周りには結界が張ってある。
「魔術師部隊か…直接話をしに来たということね…」
先日、マヤリィとネクロが話したことは、今朝の会議で皆に説明してある。
「いかがなさいましょう?彼等と直に話すとすれば『クロス』の副隊長殿に面識のある私か、もしくはミノリが行くべきかと存じますが」
ジェイが言う。その時、城の西端部、魔力探知の最前線にいたネクロが玉座の間へと駆け込んでくる。
「ご主人様、こちらへ向かっているのは『クロス』だけではございません。例の「予言者」が魔術師部隊の中におります。どうやら、話す相手は『クロス』の隊長ではなく、その予言者のようですな」
「来たか」
桜色の都で唯一、得体の知れぬ魔力を持つ予言者。
その者が今、流転の國へ近付いてきている。
「…ミノリ。彼等を迎える役目、任せても良いかしら」
「はっ。お任せ下さいませ。必ずやご主人様のお役に立ってみせます」
ミノリは凛とした表情で、一礼し、まもなく結界の外側に到着するであろう『クロス』を出迎えに行くのだった。
「私はここから指示を出す。ジェイは私の傍に控えていて頂戴」
「はっ。畏まりました」
「ネクロはこのまま探知を続け、気になる点があればまた報告しなさい」
「はっ。出来る限りの情報収集をさせて頂きます」
「シロマ、『ダイヤモンドロック』の準備は良いわね?」
「はっ。全回復、再生魔法に加え、いつでも完全治癒魔術を発動出来ます」
「ランジュ、貴方も結界の近くで待機して頂戴。いざという時は貴方の持つマジックアイテムで、ミノリと自分自身を守りなさい。よろしく頼むわよ」
「はっ。そのお役目、命を賭して務めさせて頂きます」
ランジュの持つ『流転の斧』は防御に特化した強力なマジックアイテムだが、とても重く大きい為、使役出来る者は限られる。その点、筋骨隆々とした立派な肉体と、相当な重さの斧を軽々と扱う逞しい腕を持つランジュにはうってつけの魔術具である。元々彼は魔力量が少ない為、足りない魔力を『流転の斧』で補いつつ、自らの身体をさらに鍛えることによって、凄まじい防御力を誇る『硬守壁』を顕現させることに成功した。この防御壁の凄さは最上位の黒魔術師であるネクロの攻撃さえも防いだことにある。その為、ネクロの下位互換である桜色の都の黒魔術師程度ならば何も問題ないだろう。
余談だが、この『硬守壁』に対してルーリが魅惑魔法を使ったら、簡単に溶けて消えた。
どんなに硬い壁でも、美女の誘惑には勝てなかったらしい。『桜色の都』にサキュバスがいなくて本当によかった。
さらに余談だが、マヤリィはこの『流転の斧』を持ち上げることすら出来ない。ご主人様の握力と物理攻撃力が流転の國最弱というのはここだけの話である。
「それでは失礼致します、ご主人様」
ランジュが宝玉で『転移』すると、残る一人が主からの命令を待つ。
「それから…ルーリ」
「はっ。ご主人様、何でもお申し付け下さいませ」
流転の國最強戦力である彼女は、どんな命令が下されようと完璧に遂行出来ると自負していた。
しかし、
「貴女はこのまま…ここにいて頂戴」
「っ!?」
ルーリにだけ、明確な指示がない。
「マヤリィ様…?」
「お願い…私の傍にいて」
マヤリィは、彼女にしか聞こえないような小さな声で、弱々しく命令を下す。
「…ご主人様は何とおっしゃったのですかな?」
まだその場にいたネクロが首を傾げる。
「私にも、よく聞こえませんでした」
シロマも不思議そうに言う。
僅かな沈黙の間に、マヤリィはルーリの目を見る。私から離れないでと目で訴えている。
ルーリは跪くと、
「畏まりました、マヤリィ様。お任せ下さいませ」
そう言って頭を下げる。
(…マヤリィ様。そういうことでしたか)
ルーリは何も顔に出すことなく、そのまま玉座の間に控えていた。
一方、玉座の間にいなかったユキは、まだ十分に毒系統魔術を使役出来ない為、訓練所にて待機することを命じられていた。
…今はまだ、誰も「予言者」がユキに会いに来たことを知らない。
「ご主人様、なぜルーリを玉座の間に?」
ジェイが納得出来ないという様子で姫に聞く。 勿論、小声で。
ルーリに聞こえないように。
「私…駄目なのよ…」
姫が弱々しい声で言う。
「彼女が傍にいてくれなきゃ…」
この國を守らなければならない瀬戸際で、マヤリィの精神が不安定になっている。
(これは、ヤバいな…)
ジェイは頭を抱える。
「ルーリ、こっちに来て頂戴」
皆が移動する際、少し離れた所に立っていたルーリを呼ぶ。
「本来ならば、この國最強の実力を持つ貴女を然るべき場所で待機させるのが普通なのでしょうけれど…今の私にはそんな命令は下せない」
先ほどまで威厳を保っていた姫は、玉座に留まったまま、力なくうなだれる。
「マヤリィ様、今の私に何か出来ることはありますでしょうか…?」
「お願い、ルーリ。私の傍にいて。絶対に離れないで。…マヤリィを、支えていて」
ルーリは主の顔を見た。あの日と同じ、苦しそうな表情。
「マヤリィ様、私はどこにも行きません。何があっても、貴女様と私はずっと一緒でございます」
ルーリは涙があふれそうになるのを必死でこらえながら、優しく微笑む。すると、マヤリィは安堵の表情を見せ、そして頷く。
そんな二人を見ていたジェイは何も言えなかった。姫のことは、ルーリに任せよう。
(たとえ最高権力者である貴女が万全でなくとも、僕がこの國を守ってみせます…!)
今こそ自分が姫の役に立つべき時。
ジェイは愛するマヤリィを守る為、気を引きしめるのだった。
ミノリは結界の外に出た。
それからまもなく、黒魔術師部隊『クロス』が到着した。
「ミノリ殿…!」
シャドーレが隊長の許可を取り、ミノリの元へ駆け寄る。
「此度、事前連絡もなく流転の國に参りましたこと、誠に申し訳ございません」
「目的を聞きましょう」
「はっ。今は流転の國に、元は天界にいらっしゃった方にお目通り願いたく存じます」
ユキのことだ。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「我が国に、その方と同じ境遇の者がおります。現在は国王陛下の側近を務めており『予言』の能力を持つ者にございます。その者の進言により、流転の國に参りました」
「予言…」
ミノリとシャドーレが話している間に、一人の人物が音もなく現れる。
「お初にお目にかかります、流転の國の側近殿。私の名はバイオ。元天使にして、現在は予言者と呼ばれる、国王陛下の側近にございます」
紫色のベールを被ったバイオと名乗る人物は確かに得体の知れない魔力を発していた。
「初めまして。ミノリと申します。バイオ殿は、今は私どもの國にいる、元は天使だった者に会いたいとのことですが」
なぜ、元天使が元天使に会おうというのだろう。
「いかにも。現在はユキと名乗られているその方にお会いしたいのです」
「理由をお伺いしても?」
「…実は、天界が桜色の都に再び攻め込んでくる予兆が視えました。ご存知の通り、我が国には攻撃魔法の適性を持つ者は多くありません。そこで、直近の天界の様子をユキ殿にお伺いしつつ、流転の國の方々のお力をお借りしたいと思った次第です」
嘘。
ミノリは『鑑定』を発動させ、バイオが何らかの嘘をついていることを見抜く。
高度な鑑定魔法ともなれば、相手の発言の真偽を即座に確かめることも可能だ。事実、マヤリィはマンスとの会話中に鑑定を発動させていた。
(天界が攻めてくる予兆を視た、という部分が嘘なのかもしれない…)
ミノリは今朝の会議で聞いたことを思い出しながら考える。
天界が桜色の都を攻めようとしているのではなく、攻撃魔法を使える魔術師部隊を流転の國に動かすことで天界に隙を見せ、その状況下で天界に攻撃を仕掛けることで、戦を始めようと企んでいるのではないか。
しかし、はっきりしたことはまだ分からない。
「ユキを呼び出すには、我が主の許可が必要になります。それまで皆様をここでお待たせするわけには参りません。どうぞ、結界の中へお入り下さい」
『クロス』を中へ招き入れた所で、ミノリは再び結界を閉じ、魔法陣を展開。
《こちらミノリ。これよりお客人を連れて第5会議室に『転移』します》
魔術師部隊全てが収まるほどの大きな魔法陣。ミノリは宝玉を使わずに『転移』する術を習得していた。
そして、流転の國の者達の脳内に直接語りかける魔術。これは、ミノリがある書物の中から見つけ出した念話魔術の一種で、マヤリィの宙色の魔力によって全員で共有出来るようになった。
つまりはテレパシー。伝えたい相手を思い浮かべ、自分の名を言うことによって発動し、伝えたい相手の脳と繋がる。
個々に脳内伝達を行うことも可能だが、今は流転の國の全員に念話を送った。
《こちらネクロ。直ちに第5会議室に結界を張らせて頂きます》
『クロス』の全員とバイオ、そしてミノリが第5会議室に『転移』する。そこはとても広く、ホテルのロビーのような空間だった。当然、椅子は座り心地が良く、待ち時間を過ごすにはうってつけの場所だ。
急な『転移』にバイオも戸惑っている様子。
やはり桜色の都には『転移』を使える魔術師は存在しないのか…。
流転の國でさえ、ご主人様とジェイは最初から使っていたが、ミノリが使えるようになったのはつい最近。それ以外の者達はご主人様の宝玉に頼った転移しか出来ない。
(魔術師部隊を外で待たせるより第5に転移させたのは正解ね、ミノリ。これで、ゆっくり予言者の話を聞くことが出来る)
『クロス』と予言者の魔力が第5会議室に移動したのを感知すると、マヤリィは玉座から立ち上がった。
《こちらマヤリィ。これより、予言者を第4に案内し、私が直々に話を聞く。その際、ユキも同席するように。それ以外の者は今いる場所に待機せよ》
(よかった…姫は大丈夫そうだ…!)
今の念話を聞いて、ジェイは安心する。
「マヤリィ様、大丈夫ですか…?」
ルーリが心配そうに主を見る。
「予言者の目論見が分からない以上、私が行かなければならないわ」
「では、僕達はここで次の命令を待ちます」
ジェイが言う。
「そうね、そうして頂戴。いざとなったらルーリを守るのよ」
「いや、絶対僕よりルーリの方が強いと思うんですけど」
マヤリィはその言葉に構わず、
「ルーリ、ジェイのこと、よろしく頼むわよ」
「畏まりました、マヤリィ様。どうか、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
ルーリは跪き、頭を下げる。
珍しい組み合わせが玉座の間に残る。
第4会議室。
ミノリがバイオを連れて転移したのと、マヤリィが玉座の間から転移したのはほぼ同時だった。
「こ、ここは…?」
「この城の会議室よ、予言者さん。『流転の國』にようこそ」
背後からマヤリィが話しかける。
「遠い所からご苦労様。私の名はマヤリィ。流転の國の最高権力者よ。…今、貴女が会いたがっているユキがこちらに向かっているから、彼女が来るまで私とお話しましょうか」
隣にいたはずのミノリがいない。彼女は既に再び第5会議室に転移していた。『クロス』の相手をする為に。
バイオは恐る恐る振り返る。予言で名前を知ることは出来ても、顔までは分からなかった。
初めて見る、宙色の大魔術師マヤリィ。
誰よりも気高く美しい流転の國の主様。
「私、『予言』の能力にとても興味があるのよ。どこまで私達のことを知っているのか…ここで教えてもらえないかしら」
「はっ」
バイオは思わず跪く。
同じ最高権力者と言っても、ツキヨ様とは全然違う。美しいけれど、なんていうか…怖い。
マヤリィはバイオから話を引き出す為に、魔力圧をかけていた。
それも、魔術で圧力をかけていることを相手に悟られないくらい、少しずつ。
そして、マヤリィは言う。
「私の他には誰も聞いていないから、安心して何でも話して頂戴」
嘘。
既に『記憶の記録』を発動している。
「ねぇ、早く聞かせて?」
マヤリィは、マンスを捕らえた時と同様、あくまで上から目線を崩しはしない。
(ツ、ツキヨ様から伺ったお話とはかなり違うような…。この御方がマヤリィ様…?)
ツキヨ様によれば、とても優しい御方だったというが、想像してたのと違う。
「ほら、ここには貴女と私の二人しかいないわ。だから安心して……話しなさい?」
マヤリィは優しく微笑んでいる。
が、その目は全く笑っていない。
マヤリィが魔力圧をかけると、部屋全体が殺気立ち、ビリビリとした空気を味わわせることが出来ます。これだけでダメージを与えることは不可能ですが、僅かな魔力圧をかけている今、バイオは謎の恐怖を感じています。
微笑みを浮かべているのに、目だけが笑っていない時のマヤリィは結構怖いです。
そして、相当怒っています。




