第二十四話 マヤリィとネクロ
潮風の吹くカフェテラス。
珍しく隠遁のローブを被っていないネクロ。
よく似た姿を持つ二人のコーヒータイムです。
潮風の吹くカフェテラス。13時50分。
「もう来てたのね。待たせたわね、ネクロ」
「とんでもないことにございます、ご主人様。貴女様にお会い出来るのが楽しみすぎて早く来てしまいました。…お身体のお具合はいかがでしょうか?貴女様が大変な時に何も出来ず、申し訳ないばかりでございます。私どもが未熟なゆえにご主人様にご負担をおかけしてしまったのではないかと案じておりました」
ネクロは『隠遁』のローブを被っていなかったが、いつでも装着できる状態にしていた。
藍色の瞳に藍色の髪。とても神秘的な色をしている。
「貴女達は私がいない間、この城を守ってくれたわ。それで十分よ。本当にありがとう」
「勿体ないお言葉にございます、ご主人様」
ネクロが深々と頭を下げる。
「ずっと訓練をしていたと聞いたけれど、貴女も疲れているのではないかしら」
「いえ、私は大丈夫にございます。結界部屋と訓練所を往復する形で使わせて頂きました。…そこで、畏れながらご主人様。ご報告したいことがございます」
「報告?」
重々しい口調になったネクロに、マヤリィは首を傾げながら訊ねる。
「…何かあったの?」
予想がつかない。
「まず、貴女様のお許しを得ずに『魔力探知』を行いましたことをお詫び申し上げます。…実は、このネクロ、ご無礼を承知で、密かに桜色の都の王都付近を調べておりました。誠に申し訳ございません」
ネクロの魔力探知は、以前国境線のゴーレムの存在を暴いた強力な偵察手段である。
「なぜ、桜色の都を?」
マヤリィにしてみれば、別に気分を害することではない。
ミノリもいまだに桜色の都を警戒しているようだし、ネクロも何かが気になっているのだろうか。
「聞く所によりますれば、かの国には国王直属の黒魔術師部隊が存在するとのこと。同じ黒魔術を使役する者として、単純に彼等の実力が知りたかったのでございます。その結果、確かに黒魔術と思しき魔力を探知することが出来ました。…しかし、それと同時に、得体の知れぬ魔力が王都に存在することが分かったのでございます。それも、王都の中心に」
「つまり、王宮ということね」
「はい。とても強い魔力を感じましてございます。…我が國と桜色の都が盟約を結んだ以上、不測の事態が起こる可能性は低いと思われますが、何しろ得体の知れぬ魔力の存在というのが気がかりで…。私の知る限り、流転の國には存在せぬ魔力のようです」
得体の知れない魔力。
流転の國には存在しない魔力。
桜色の都の王宮に存在する魔力。
「…思い当たることがあるわ」
マヤリィはツキヨが言っていたことを思い出す。
桜色の都には『予言』の力を持つ者がいる。
「…その予言者には、私の病のこともジェイという側近がいることも知られていた。この間は同席していなかったけれど、ツキヨ殿はその者を信頼している様子だったわ」
「では、今現在の我等の状況も把握している可能性がございますな」
ネクロの説明によれば、少しずつ王宮付近の魔力量は増えているという。そして、得体の知れぬ魔力を持つ者は王宮から動いていない。
「恐らく、桜色の都は何か企んでいるのでしょう。流転の國と盟約を結んだ今、戦力が必要になる計画を立てているとしても不思議ではないわね」
「まさか…他国との戦でございましょうか?」
ネクロは、得体の知れぬ魔力を探知したことをきっかけに、主から予言者の存在を伝えられ、それを都の魔力量増加と結びつけ、戦の前兆ではないかと分析した。元々戦闘力の低い桜色の都だからこそ、流転の國を味方につけた今、その力を借りて他国へ攻め込もうとしているのではないか。
「あくまで守護者という立場であって、一緒に戦をする約束をした覚えはないのだけれど」
マヤリィはそう言いつつ、桜色の都が準備を完全に整えた上で「力を借りたい」と言ってくれば断れる立場にないことも分かっていた。
「ネクロ、よくここまで調べてくれたわ。貴女の『魔力探知』のお陰で、桜色の都が何を企んでいようと、構えて待つことが出来る。それはすなわち、この國を守ることに繋がるのよ」
「勿体ないお言葉にございます、ご主人様」
ネクロは主の許しも得ずに魔力探知を行っていたことを咎められるどころか、お褒めの言葉を頂戴したことに、申し訳ないやら嬉しいやらで、ともかくも深々と頭を下げる。
「それにしても、この國のどんな情報を掴まれているか分かったものではないわね」
「はい。…これから、いかがなさいますか」
流転の國の主としては探りを入れたい所だが、それをきっかけに事態が悪い方向へ向かうのは困る。
それに、まだ桜色の都が本当に何かを計画しているのかさえ分からない状態では、動きようがないとも言える。
「今は、待ちましょう。向こうとて、今こちらが休日であることは調べれば分かるでしょうから」
マヤリィは言う。現在、流転の國は五日間の休日真っ只中だ。
一応、訓練所や結界部屋の使用は許可しているので、あまり休んでいない者も中にはいるかもしれないが。
あくまで、主の命令は「五日間の休みを与えるので、好きに過ごせ」である。
今日は三日目。ネクロはずっとご主人様の心配をしながら訓練所や結界部屋で過ごしていたのだろう。
「ネクロ、本当にありがとう。貴女がここにいてくれることがどんなに心強いことか。つくづく、私一人では皆を守りきれないことが分かったわ。どうか、これからも私を支えて頂戴。頼りにしているわ」
「そ、そのような有り難きお言葉…!私には過ぎたるお言葉にございます!ご主人様のお役に立てるならこれ以上の喜びはございません。これからもご主人様の御為、命を賭して働かせて頂きます!貴女様をお守りすることこそが私の生き甲斐なのですから…!」
ネクロは嬉し涙を浮かべながら、深く頭を下げる。そして、真剣な顔で言う。
「ご主人様。今一度、偉大なる貴女様に絶対の忠誠をお誓い申し上げることをお許し下さいませ」
「ええ。これより先も存分に力を発揮して頂戴。よろしく頼むわよ、ネクロ」
「はっ!」
潮風の吹くカフェテラス。
今、ようやくネクロの休日が始まろうとしていた。
早速メイドを呼ぶ。
「アイスコーヒーを頂戴。ミルクもね」
「私にもアイスコーヒーを下され。ブラックで」
その時、ネクロの藍色の髪が潮風に揺れた。
向こうが『予言』ならば、こちらは『魔力探知』ですぞ。
遠く離れた桜色の都の魔力量さえも測れる魔力探知はネクロの得意技です。
次回から、桜色の都編パート2が始まります。
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