第二十二話 マヤリィとミノリ
穏やかな午後のひととき。
マヤリィとミノリのティータイムです。
ケーキはマヤリィが無意識のうちに宙色の魔力を使って顕現させました。
第1会議室。12時半。
ドアを開けると、そこは森の中のログハウスのような造りになっている。
木のテーブルに木の椅子。
窓の外の風景まで森の中だが、これは幻。
分かっていても、潮風の吹くカフェテラスと同様、自然がすぐ傍にあるように感じてしまう。
(初めて入ったけど、こんな風になっていたのね…ゆっくりお話するにはいいかもね)
マヤリィは実際に来てみるまで、第1会議室がどんな所なのか知らなかった。
一応、会議室と呼んでいるものの、マヤリィが思い浮かべるような、ホワイトボードと折り畳みの長い机とパイプ椅子しかない殺風景な部屋とは全く異なっている。
部屋を見回すと、木の部屋に溶け込むように設置された小さなキッチンと綺麗な木目調のデザインが施された冷蔵庫がある。
マヤリィは吸い寄せられるようにその前に立ち、
「美味なる洋菓子よ、冷たき箱の中に顕現せよ」
と、詠唱した。
「私…今なんて?」
不思議に思って、とりあえず冷蔵庫を開けてみる。すると、いかにもケーキが入っていそうな白い箱が置いてある。
(今出てきたの?そんな、まさかね…)
試しに、開けてみる。
そこには二つのショートケーキ。
良い匂いがする。出来たてのように見える。
「『鑑定』」
ケーキに鑑定魔法を使うのはこの人くらいじゃないだろうか。
「うん、大丈夫。食べられるわね」
マヤリィは満足そうに頷いた。
再びケーキを冷蔵庫に入れる。後で紅茶を淹れて、おやつにしようかしら。マヤリィは考えた。
と、その時。ノックの音。
「どうぞ、入っていらっしゃい」
「失礼致します、ご主人様」
ミノリは普段のメイド服ではなく、ワンピースにショートブーツという格好で現れた。
「あら、可愛い」
姫はミノリに駆け寄って、
「この度は皆をまとめる役目、ご苦労でした。貴女のお陰で本当に助かったわ」
「勿体ないお言葉にございます、ご主人様」
ミノリは跪き、頭を下げる。
「来てくれてありがとう。…このワンピース、凄く似合っているわ。今日は貴女と色々話がしたいのよ」
そう言いながら、マヤリィはミノリの手を取って立ち上がらせると、そのまま抱きしめる。
「ご、ご主人様…!」
ミノリは嬉しさに頬を染めるのだった。
今朝、新しいメイド服を着ていこうと衣装部屋に行ったらルーリと鉢合わせた。
「何?今日の午後、ご主人様とデート?」
「ち、違うわ、今回ご主人様が桜色の都を訪問された件で報告があるからって呼ばれただけよ。待ち合わせは13時だから、まだ時間に余裕があると思ってここに来たの。ミノリはご主人様を愛してるけど、ご主人様はミノリなんかとはデートして下さらないと思うわ。だから、お話する場所も第1会議室だし…って、何もかも言わせないでよ!」
ミノリは散々語ってからルーリを睨む。
「私は別にそこまで詳しく聞くつもりはなかったんだがな」
と、ルーリは苦笑しつつ、第1の中身を予想する。
「恐らく、あの部屋も会議室って名前がついてるだけで、会議室らしい中身はしていないと思うぞ」
「じゃあ…第2会議室みたいな…?」
ミノリが真っ赤になる。
「いや、ラブホは1部屋でいいだろう」
ルーリは笑いながら、
「私の予想では、普通に寛げる部屋なんじゃないかと思うんだが」
「寛げる部屋…?」
「ああ。カフェテラスじゃ誰が通りかかるか分からないし、かと言って第6は広すぎる。ご主人様は、ミノリを労う為にわざわざ第1を選んで下さったんじゃないか?」
完全にルーリの想像である。半分は合っているが、この時点でマヤリィは第1会議室の中身を知らない。
「じゃあ、きっと素敵な部屋なのね…?」
ミノリは目を輝かせる。
それを見たルーリは、
「せっかくご主人様がミノリ一人の為に来て下さるんだ、おしゃれして行けよ」
「ええ。そう思って、とっておきのメイド服を探しに来たのよ…!」
とっておきのメイド服とは…?
「いや、たまには普段着ない服を着てみろよ。私が一緒に選んでやるから」
こうなるとルーリには敵わない。ミノリは黙って頷いた。
「これなんかどうだ?」
早速、可愛いワンピースを引っ張り出す。
「わ、悪くないかな…」
「ハイヒールは苦手だっけ?」
「転びそう…」
手に取ったパンプスを元に戻す。
「じゃ、このブーツなんてどう?」
代わりにローヒールのブーツを取り出す。
「…履いてみる」
ミノリは大人しくルーリに従った。
彼女はいつも素敵だし、スタイルは良いし、美しい女性だ。
恋敵に認定しているがゆえに遭遇すると身構えてしまうが、素直に頼ってみたら、案外優しいお姉さんなのかもしれない。
ルーリにとってもミノリは恋敵だったが、如何せん年齢が違いすぎる。つい、面倒を見てやりたくなってしまう。それに…本人にはとても言えないが、今はもう恋敵とは呼べないし…。
ルーリが複雑な気持ちでいる間に、ミノリが着替え終わる。
(なかなか可愛いな)
素直にそう思う。そして姿見の前に立たせる。
「ほら、見てみろよ。似合うじゃないか」
「本当?ご主人様、気に入って下さるかしら…」
「ミノリは可愛いからな。きっと褒めて下さると思うよ」
つい、優しい言葉をかけてしまう。
ミノリも素直に、
「そうだと嬉しいな。ルーリ、ありがとう」
と言って、うっかりルーリに抱きつく。
ルーリは優しくミノリを抱きしめる。
「可愛い…」
ルーリはそう言ってミノリの頭を撫でると、
「それじゃ、邪魔したな。…ミノリちゃん、ご主人様と二人きりの時間、楽しんでこいよ?」
ウィンクして去って行く。
それがあまりに魅力的だったので、ミノリは頬を染め、胸がドキドキするのを感じる。
(ミ、ミノリったら…ルーリ相手にこんなにドキドキしちゃうなんて…)
魅惑魔法が使われた形跡はない。そもそも使う必要なんてない。
っていうか、ルーリは何の為に衣装部屋に来たのだろう。
ミノリは心臓の鼓動をおさえられぬまま、衣装部屋の姿見の前に今一度立ってみる。
「ご主人様、第1会議室とは、どんな場所なのでしょうか…」
ミノリは心躍らせながら、久々の主との対面を楽しみに待つのだった。
「ご主人様…!ずっとお会いしたかったです!お身体のお具合はいかがでしょうか…?」
「心配かけたわね。もう大丈夫よ」
ようやく再会した二人。
ミノリは今朝ルーリに選んでもらった可愛らしいシャツワンピース。
マヤリィはいつものテーラードジャケットにスラックス。 基本的にスーツしか着ないとはいえ、何着持ってるの?
因みに、ジャケットの下に着ているのは定番のホワイトではなく、ワインレッドのシャツ。
実は、先日ルーリに選んでもらった物だ。
あのサキュバス、色々な所で暗躍している。もとい、役に立っている。
「ケーキがあるの。今紅茶を淹れるから、待ってて頂戴」
「ご主人様、それならばミノリが…!」
「たまには私にやらせて」
ご主人様に女神のような微笑みを向けられ、ミノリはそれ以上何も言えずにお辞儀して待機する。
木のテーブルに木の椅子。
森の中のログハウスで、二人だけの女子会が始まる。
「ご主人様に淹れて頂いた紅茶、謹んで頂戴致します」
ミノリは国宝を賜ったような顔で、カップを両手に持ち、頭を下げる。
「まだポットにあるから、よかったら飲んで頂戴」
「はっ。有り難きお言葉にございます」
ミノリは真面目な表情で言う。
しかし、紅茶をひと口飲むと、
「おいしい…!」
嬉しそうな顔になる。
「ミルクを入れてもおいしいわよ。そういえば、潮風の吹くカフェテラスではコーヒーばかりだったわね」
マヤリィはそう言いながら自分の紅茶にミルクを入れる。
「こちらは、見かけないお菓子でございますね」
ミノリは目の前のショートケーキに興味津々である。
「これはケーキと言うのよ。きっとおいしいから、食べてみて」
マヤリィがフォークを使って食べるのを見て、ミノリも真似をしてフォークを使って口に入れてみる。
「柔らかい…!柔らかくて、甘くて、とてもおいしいです!」
「気に入ってくれてよかったわ」
そう言いつつ、マヤリィは上にのっている苺が気になって仕方ない。
彼女は果物アレルギー。元の世界では、食べると口の中が爛れる症状が出た。
「こちらは果物でしょうか?とても良い香りでございますね」
ミノリは苺にも興味を持つ。
成程、薬草があるくらいだから果物も存在するのだな。
今更ながら、皆が何をどのくらい知っているのか、どんな概念や価値観を持っているのか、知らないことだらけだとマヤリィは思った。
天界から来たユキは別として、他の皆は元々この世界に存在していた者なのか、それともマヤリィやジェイと同じようにどこか別の世界から来たのか、それすらも分からない。
「失礼ながら、ひと口にて食べさせて頂きます」
ミノリが大きな口を開けて苺を食べる。特に気になる点はない。
これで牙とかあったら驚きだったな、とマヤリィは内心思う。
少なくとも、ミノリは同じ人間みたいだ。
「ご主人様、やはりまだ体調が優れないのですか…?」
主の手が止まっているのを見て、ミノリが心配そうに聞く。
「いえ、大丈夫よ。…この苺、本当に綺麗な形をしているわね」
最悪、アレルギー症状が出ても、その程度なら回復魔法でどうにかなるかもしれない。
ていうか、苺食べたい。
「ご主人様に召し上がって頂けるなんて、幸せな果物でございますね」
ミノリが言う。主は恐る恐る口に入れる。
「…うん。おいしいわ」
口の中は…大丈夫そう。マヤリィは安心して、微笑む。
ミノリもつられて笑顔になり、
「ご主人様とこうして過ごせるなんて、夢のようです。このように素敵なお部屋がこの城に存在しているとは知りませんでした」
「実は、私もここでこうして過ごすのは初めてなの。貴女と一緒に来ることが出来て、本当に嬉しいわ」
「ご主人様…!」
ミノリが苺のようなほっぺになる。それがとても可愛らしい。
午後のひととき、紅茶とケーキを楽しむ二人。
幸せな時間が、確かにここに存在している。
ルーリの台詞の中にさらっと出てきた第6会議室は、講堂のような造りになっており、数十人が入れるほどの大きさがあります。豪華な装飾と厳かな雰囲気があるものの、城の中では一番会議室らしい部屋と言えます。
ほとんど使われることはないようですが。




