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流転の國 vol.1 〜突如として世界を統べる大魔術師になった主人公と、忠実で最強な配下達の物語〜  作者: 川口冬至夜


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第零話 プロローグ

敢えてここに入れるつもりでした。

本作のプロローグです。

「ここは…?」

目を覚ませば、ここは見知らぬ場所。

「私、どうして座って…」

腰かけているのは金色に輝く豪華な椅子…?

どこぞの王様が座っていそうな玉座みたい。

部屋にしても、ひたすら広く、これは…大理石で出来ているのかしら。

思いを巡らせているうちに、彼女は当然の疑問に行き着く。

そういえば、私は誰…?

「いや、それはさすがに覚えているわ」

マヤリィは記憶を辿る。

確かに私は自分の家にいた。

殺された覚えもないし、自殺した覚えもない。

だから今流行りの『転生』ではない。

だとしたら、これは一体…?

マヤリィは立ち上がり、部屋中を見回していくと、姿見があることに気付く。

「…これ、私?」

確かにこれは見慣れた自分の顔だが、違う部分が一つある。

肩先まで伸びた黒い髪。

私の髪はこんなに長くないはずよ。だって、いつもベリーショートにしているもの。

不思議に思って、その髪を触ってみる。

昔、もっと長い髪をしていた頃と同じ手触り。

「っ…!」

途端にマヤリィはフラッシュバックを起こす。

「嫌…!こんなの嫌…!どこかに鋏はないかしら!?今すぐ切ってしまいたい」

ロングヘアを強要され抑圧されていた時代がよみがえる。

抵抗することも出来なかった無力な自分の姿がよみがえる。

「綺麗な髪の毛だね」

「真っ直ぐな長い髪、とても素敵だよ」

呪縛のような言葉がよみがえる。

「私は、伸ばしたくて伸ばしていたんじゃないわ…!」

切りたかった。

けれど。

腰を超える長さの美しい黒髪を切ることは許されなかった。

「嫌……!」

逆らうことの出来なかった無力な自分の姿がよみがえる。

どうして?どうしてこんなにも切りたいのに、私は自分で鋏すら握れないの?

マヤリィは籠の鳥だった。

長い髪の私でなければ、見捨てられる。

長い髪の私でなければ、追い出される。

長い髪の私でなければ、ころされ…る…?

完全に支配されていた。

抑圧と呪縛。それが彼女を蝕んだ。

何も自分で決めさせてもらえなかった。

10代後半。年頃の女の子の楽しみを彼女は何一つ知らない。

洋服を選ぶこともメイクすることも髪を切ることも許されず、大人になった。

20代。女性としての幸せを彼女は何一つ知らない。

洋服を選ぶこともメイクすることも髪を切ることも許されず、29歳最後の日を迎えた。

30代。もう、生きる力などなかった。

抑圧され続けた彼女は完全に精神を病んでいた。

そして、自殺することを決めたあの日。

着飾ることは出来ない。

叶うなら、可愛い洋服を着てみたかったわ。

化粧品も持っていない。

叶うなら、綺麗にメイクしてみたかったわ。

せっかく女に生まれたのに。

何も許されずに私の人生は終わるのね。

そこで、彼女は気付く。

髪を切ることなら出来る。

美容院に行くことは叶わないけれど。

どうせ死ぬんだもの。

髪を切るくらい許されてもいいわよね。

何一つ許されなかった私だもの。

最期くらい自分の意思で何かしたい。

女としての私を喜ばせてくれるものはなんにもないけれど、鋏ならその辺にあるはずよ。

見つけた!

彼女は右手で鋏を握りしめ、左手で無造作に長い髪を掴む。

これで、終わりよ。

掴んだ髪の束はギチギチと音を立てて、なかなか持ち主から離れなかった。

本当に鬱陶しい髪ね!

彼女は苛立ちながらも鋏を動かした。

そして、ついに。

ジャキッ。

重い音を立てて、長い髪が彼女から離れる。

ふっと頭が軽くなる。髪束が床に滑り落ちる。

その瞬間。

箍が外れた。

トリコフィリアとしての彼女が花開いた。

なんて気持ちがいいの…!

蕩けそうな快感を覚えた。

その後、彼女は自分の長い髪をめちゃくちゃに切り刻み、その残骸の中心で笑った。

初めて、心の底から愉しいと感じた。

変わり果てた自分の姿さえ、美しく見えた。

私は…短い髪が似合うわ!!

そして、彼女は死ぬのをやめることにした。

「私は死なない。もっと快感が欲しい。もっと髪を切りたい。もっと、短く……!」

かつては可愛い髪型にしたいと夢見た彼女。

しかし、その願いは歪んでしまった。

可愛い髪型なんかどうでもいい。どんな髪型になってもいいから髪を切る快感が欲しい。

歪んだ願望と性的倒錯は混ざり合い、彼女を快感と恍惚の世界へといざなった。

やがて家族に連れられ精神科に行った時には、既に重度の双極性障害だと診断された。

それは躁状態と鬱状態が交互に表れる病で、通院の度にたくさんの薬を処方された。

が、全ては手遅れだった。

彼女はもう、普通には戻れなかった。

精神病の薬とトリコフィリアの自分に翻弄されながら、躁状態の後押しを受けて、欲望の赴くままに髪を刈り上げた。

もはや籠の中に入った従順な長い髪の娘の面影はどこにもなかった。

家族は病に堕ちた彼女を追い出すことはしなかったが、相変わらず彼女が着飾ることも化粧することも許さなかった。しかし、髪を切るのをやめさせることだけは出来なかった。


「嫌っ…嫌よ……!このままにしておいたら、ロングヘアに戻ってしまうじゃないの…!」

マヤリィは錯乱した。

鏡に映る黒髪の女を殺してしまいたい。

誰か、鋏を頂戴。

誰か、バリカンを頂戴。

誰か、ナイフを頂戴。

もしここが異世界ならば、剣でも槍でもなんでもいい。

とにかく、何か刃物はないの…?

悲痛な面持ちで鏡の前に立っていると、どこから現れたのか彼女を呼ぶ声がした。

「ご主人様、やはりこちらにおいでだったのですね」

それは、高校時代の同級生にそっくりの男性だった。

「何しろ、この城は広いものですから、玉座の間を探すのに手間取ってしまいまして。…申し遅れました、私は先ほどこの世界に顕現した、ジェイと申します」

声も似てる…と思っている間に、彼は跪き、頭を下げた。

「ここは流転の國。貴女様はこの國の全てを支配する最高権力者にございます。皆、貴女様からのお言葉をお待ち申し上げております」

『流転の國』。その言葉を聞いた時、マヤリィの頭の中にこの國の全ての情報が流れ込んでくる。…そう、目の前にいる男の名はジェイ。そして、配下達の顔が浮かぶ。様々な魔術を持った様々な種族の者達。私は…皆の主人なのか。

だとしても、絶望的な気持ちは変わらない。

「ジェイ、私は…」

マヤリィはようやく声を出す。

「私は…今、とても死にたい気分なの…」

「っ…!ご主人様、なぜそのようなことをおっしゃるのですか?」

ジェイは悲しそうに問う。

「私は病気なのよ。…ねぇ、貴方、何か刃物を持ってない?死ぬ為ではないわ。この髪を切り落としてしまいたいの」

マヤリィは縋るように睨むようにジェイを見つめた。

「畏れながら、ご主人様。大変申し訳ございませんが、この部屋には刃物はございません」

ジェイはそう答えると、再び頭を下げる。

マヤリィは完全にパニックを起こしている。

「一体どうして……なんで、私の髪はこんなに長いのよ!?」

肩先までのミディアムヘアでさえ、今の彼女には厭わしい。

そんな彼女を見かねてジェイが再び話しかける。落ち着いた声で。

「…偉大なるご主人様。今一度、そのお美しいお顔を見せて下さいませんか」

そう言われて、マヤリィはジェイを見る。

「貴方…もしかして……」

彼は私の知っているジェイかもしれない。

「でも…ここは私の知る世界じゃないみたいね」

肩を落とすマヤリィに、

「実は、私も先ほど顕現したばかりです」

ジェイが言う。本当に彼の声と似ている。

もしかしたら、私の知る彼と同じように、私に優しく接してくれるかもしれない…。

マヤリィは思った。会うことさえ許されなかったあの頃、メールのやり取りを続けてくれたのは彼一人だった。勿論、家族の検閲は入ったが、マヤリィにとって彼からのメールは、ただ一つの救いだった。

「この世界の誰よりもお美しいご主人様。どうか、このジェイに何でもお申し付け下さいませ」

本当に私はこの『流転の國』の主らしい。

事実、彼はこんなにも私を敬っている。

それに、先ほど突如として頭の中に入ってきた『流転の國』と配下達の情報…。

ここは、私にとって生きやすい世界なのだろうか。

彼の言葉を信じるなら、皆は私に優しくしてくれるのだろうか。

本当に私はここにいるべき人間なのだろうか。

…ちょっと待って。

私が最高権力者だと言うなら、私は何でも自由にして良いということかしら?

例えば…そう、この髪を短く切ることも許されるのかしら?

そう思いつつ、マヤリィはまだ元の世界の呪縛から逃れられていなかった。今もすぐ近くに絶望があるような気がしてならなかった。

「…ジェイ、私は幸せになっていい人間なのかしら」

マヤリィは小さな声で、ジェイにそう問いかけた。

「私が幸せになるなんて…そんなこと、許されるの?」

顕現直後、過去の自分を思い返して苦しんでいたマヤリィが、ジェイの言葉を聞いて、ゆっくりと『流転の國』とその配下達、そして自由になっていい自分を受け入れていきます。

このまま、第一話に繋がります。

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