第二話 宙色の耳飾りと『流転』のアイテム達
皆の能力とかマジックアイテムとか。
黒魔術師の素顔とか。
そしてご主人様の名前が明らかに!
「まずは私達の能力についてきちんと知っておく必要があるわね」
主はそう言うと、
「水晶球の間へ『転移』」
皆の足元に魔法陣が展開される。
当たり前のように自分が転移魔法を発動させたことに驚いているのは彼女だけだった。
次の瞬間、一同は色を変えながら光を発する大きな水晶球の置かれた部屋にいた。
「こういう場合は…手を置けばいいのかしら」
すると、水晶球は語り始めた。
「汝は宙色の大魔術師。この世に存在する全ての魔術を操る絶対的な力の持ち主。強すぎる魔力は使い方を間違えれば身を滅ぼし世界を滅ぼす。宙色の耳飾りと星の刻印を与えよう」
気付けば、闇のように黒く青く色を変え続けるピアスが装着されており、右手の甲の部分にはタトゥーのように星の模様が出現していた。
「順番に水晶球の言葉を聞きなさい」
「はっ」
配下達は一列に並ぶ。
ジェイには、
「汝は風を操る魔術師。『流転の指環』を与える」
確かに、彼の専門は風系統魔術である。
ミノリには、
「汝は書を読み解く者。『流転の羅針盤』は汝の為にある」
既にミノリは片手に三冊ばかり本を抱えていた。
ルーリには、
「汝は雷を司る魔術師であるとともに、魅惑魔法を自在に操る者。『流転の閃光』は汝の身に宿る」
見た目以上にルーリの魔力は強そうだ。
ランジュには、
「汝は力の象徴。『流転の斧』に導かれし者である」
『流転』と名の付くアイテムにも色々な種類があるらしい。
こんな調子で水晶球は皆の能力について語り続ける。
「ご主人様、こちらをご覧下さいませ。回復魔法でも治らない傷を癒すという不思議な植物が存在すると書かれております」
ミノリは一冊の本を開き、皆にも見せる。
「こういった特殊な力を持つ何かであれば、貴女様の病も癒せるとミノリは考えます」
「それは…そう簡単に見つけられるものなの?」
主の言葉を聞いて、ジェイが地図を広げる。
「この國を出て西の方角へ向かった先に、貴重な薬草が取れる森があるようです。…しかし、顕現したばかりの我々はまだ一度もこの國を出たことがないゆえに未知の領域でございます」
「それでも、行く価値はあるかと存じます」
「我等の中から数人を選んで探って参りましょう」
しかし、主は首を横に振って、
「貴方達に危険が及ぶのは困る」
この國のことさえ満足に把握していないというのに、未知の領域とは。
「確証もないのに、貴方達だけを危ない場所に行かせることは出来ないわ。私も一緒に行く」
だって、さっき『宙色の大魔術師』とか水晶球に言われたし。彼女は予想以上に強い力を持っているらしい。
「ご主人様のお優しさに感謝致します。されど、ミノリはご主人様の身に危険が及ぶことの方を懸念しております。どうか、ここは我等にお任せ下さいませ」
「ミノリの申す通りにございます。万が一にもご主人様に何かあれば、私達は生きる意味を失います。流転の國も崩壊してしまうでしょう。何卒、こちらにお留まり下さい」
ミノリやジェイの真剣な表情を見て、主は頷くしかなかった。
そして選ばれたのは三人。
風の魔術師として当然『飛行』出来るジェイ。
天使の翼で飛べるユキ。
『飛行』を習得しているエルフの少女リス。
正直、リスが『飛行』を使えるのは想定外だったが、まずは空中から森を探ってみるという流れで、この三人が選ばれた。
「他にはどんな魔術が使えるのか、具体的に教えてくれないか?」
ジェイは探索班のリーダーとして、ミノリが持ってきた書物の中から出来る限り未知の領域に関する情報を得ようと奮闘していた。
そこへ、
「ジェイ、ちょっといいかしら」
「はっ」
ご主人様からお呼びがかかる。
「森の探索以外に、調べて欲しいことがある」
そして、主はそっとジェイに耳打ちすると、何事もなかったかのようにその場から離れた。
西の森探索班は装備を整え、明け方に城を出発した。
「流転の國といっても、あの城の中にしか人はいないみたいだ…」
ジェイは外側から城を見て、そう呟いた。
(國というより、城と呼んだ方が正しいのかもしれないな…)
しかし、その領土はとてつもなく広く見えた。
その日、探索に参加しなかった者達は、主も含めて玉座の間に集まっていた。
「それにしても、ご主人様の魔力値は底が知れないですね。素晴らしいです」
ルーリがいつの間にか主のすぐ傍にいる。
「ルーリ、ご主人様に『魅惑』を使わないで下さい」
ミノリが不満そうに言う。表には出さないが、ルーリの美しさに嫉妬している。
主は優しく微笑んで、
「そうよ、魅惑魔法など使わなくても、貴女はとても魅力的なのだから」
「ご、ご主人様…!勿体ないお言葉でございます。私の全ては貴女様の物です」
ルーリは心臓をドキドキさせながら返事をする。ミノリに負けず劣らず、ルーリもご主人様を愛しているのだ。
主は話題を変えて、
「ところで、水晶球が言っていた宙色ってどういう意味かしら」
「その耳飾りを見るに、青空の色ではなく、宇宙の色ということですかな」
主の耳に光る黒いピアスを見つめて、黒魔術師のネクロが分析する。
「そして星の刻印。ご主人様をお守りする印とも、その強大すぎる力を抑える印とも見えます」
けれど、今は力の使い方すら分からない。
さっきは普通に転移魔法を使えたが、今発動しろと言われたら出来ないかもしれない。
(今になって身体が震えてきた…)
震えが強くなる。呼吸が苦しくなる。
だが、ここに薬はない。
(けれど、皆がいる…!)
主はやっとの思いで黒魔術師に話しかける。
「ネクロ、貴女の力で私の病の強さを測ることは出来るかしら」
「はっ。畏まりました、ご主人様」
ネクロは一礼すると、持っている杖で魔法陣を出現させ、呪文を唱え始めた。
なんて言っているのかは分からないが、だんだん苦しそうな声になる。
「ううっ…」
突然、バキバキと音を立てて杖が崩れ散る。
ネクロは魔法陣から弾き飛ばされる。
「ご無事ですか!?」
ランジュが近付いて手を差し伸べるが、ネクロはすぐに起き上がれない。
「…。そういうことか」
ルーリは冷静にこの状況を分析する。
「ご主人様の病には、ご主人様の力を超える何かが干渉しているということだ」
「ルーリの言う通りね」
ご主人様を巡って火花を散らしていた二人だが、いつの間にかちゃんとネクロの魔術を見ていたらしい。
主は吹っ飛ばされたネクロに近寄り、
「ネクロ、悪いことをした。私が浅はかだったわ。怪我は…」
「とんでもございません、ご主人様。我が魔力さえ制御出来ないとは、お恥ずかしい限りでございます」
そう言いながらも、ネクロはまだ動けない。
「すぐに私が…!」
シロマが持っている輝く杖に力を込め、
「『全回復』」
その瞬間、ネクロは光に包まれる。
「こ、これは…?」
「…大丈夫でございますか?」
シロマに声をかけられ、ネクロは立ち上がる。文字通り、全回復していた。
「今のが、白魔術…!」
一瞬でネクロを回復させた高度な白魔術を目の当たりにして、皆は感心した。
「シロマ、ありがとう」
「勿体ないお言葉にございます、ご主人様」
シロマは跪き、頭を下げた。
「ネクロ、本当に大丈夫なのね?」
「はっ。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。どうか、ご主人様のご命令に応えられなかった私を罰して下さいませ」
「何を言っているの?貴女は罰せられるようなことなどしていないわ」
主はそう言うと、
「むしろ、私がもう少し配慮するべきだったわ。ネクロ、無理をさせて悪かったわね。…皆、もし貴方達が傷付くようなことがあれば、同じほど私も傷付くということをよく覚えておきなさい。私は誰にも痛い苦しい思いをさせたくない。たとえこの國の為であろうと、この私の為であろうと、自分の命を軽く扱うことは許さないわ」
配下達はこの支配者らしからぬ発言に少し戸惑っていたが、
「ご主人様のお優しいお言葉、然と拝聴致しました。私達は貴女様のような慈悲深き御方にお仕えすることが出来て、幸せにございます」
一番先に言葉を発したのはルーリだった。
「畏れながら、ご主人様の御名をお呼びしてもよろしいでしょうか?」
えっ、名前呼ぶのに許可が要るとか、そんな暗黙のルールみたいなのが存在するのか?
「え、ええ…。私がここに顕現した瞬間から皆の顔と名前を知っていたように、貴女も私の名前を知っているのね?」
主も、配下達も、そしてこの城も、ほぼ同時にこの世界に顕現した。元いた世界では常にショートヘアだった彼女の髪型が違っていたとか、多少のズレは生じているようなのだが…。今その話を皆にしても仕方がない。
「はっ。それでは…」
ルーリは一呼吸置くと、
「マヤリィ様。この世界の誰よりも気高く美しく、そして優しい御方。私はどこまでも貴女様について参ります!」
(ルーリ、ずるいっ!)
ミノリは一瞬ルーリを睨んでからすぐに表情を変えて、
「ミ、ミノリもです!ミノリの永遠の憧れであるご主人様。絶対に貴女様から離れません!」
「…このランジュ、いざとなればご主人様の盾となって死ぬ覚悟でございました。しかし、ご主人様を苦しませるようなことは決して致しません。ご主人様をお守りするとともに、私も生き延びられるよう精進致します」
「先ほどは全くお役に立つことが出来ませんでしたが、次は必ずやご主人様のご期待に応えてみせますぞ」
「私も、皆様に負けてはいられません。流転の國唯一の白魔術師として、ご主人様の病を癒す為、白魔術の道を極める所存です」
皆は真剣な面持ちでマヤリィを見上げる。
マヤリィは優しく微笑みながら、
「貴方達の言葉、確かに受け取りました。私は流転の國の主として、一人の魔術師として、皆が存在するこの城を守っていきたい。…ルーリ、ミノリ、ランジュ、ネクロ、シロマ。これからも私についてきて頂戴」
「はっ!」
「畏まりました、ご主人様!」
(なんだか、舞台の上に立っているみたいね…)
昔、演劇部でこんな脚本を読んだ気がする。
しばらくして、
「ネクロ、貴女には新しい杖を授けましょう。後で渡すから、少しだけ待ってね」
マヤリィはネクロに声をかける。
「はっ!有り難きお言葉にございます、ご主人様」
(ネクロ、ずるいっ!)
ミノリは唇を噛む。そんなミノリを見て、
「まぁ、吹っ飛ぶほど頑張ったんだし、いいんじゃないか?」
ルーリが小声で書物の魔術師をたしなめる。
ミノリだけではなく、皆から羨ましげな視線を一身に受けるネクロだが、ご主人様直々にお呼びがかかったことが嬉しすぎて、何も気にならなかった。
「先ほどの杖、消滅してしまいましたね」
吹っ飛んだネクロの一番近くにいたランジュは、杖の破片が消えたことに気付いた。
「無力な我が身を思い知らされますな」
ネクロはそう言って、少し肩を落とした。
「マヤリィ様、この後はいかが致しますか?」
例によってルーリがマヤリィに近付く。
「ジェイ達から報告も上がってこないことだし、この場はとりあえず解散にしましょう。各自、身体を休めるなり訓練に励むなり自由に過ごしなさい」
この城には、各々の自室を始め、訓練所や会議室といった色々な部屋が設けられている。
「ただし、訓練はほどほどにね」
「はっ!」
主の言葉に、一同は跪いて頭を下げる。
今日はここで解散したが、マヤリィだけは一人この場に留まり、ジェイ達の報告を待った。
……実は筆者もご主人様の名前を出しそびれていたんだよね。ルーリさん、ありがとう。
「それにしても」
砕け散った杖の代わりに新しい杖を用意して、マヤリィはネクロを呼んだ。
「吹き飛ばされた時も貴女の『隠遁』のローブは無事だったわね」
ネクロの標準装備である隠遁のローブはマヤリィにさえ素顔が分からないほどのレアアイテムだった。
「ちょっと、顔を見せてくれない?」
「えっ」
突然の主の命令にネクロは狼狽える。
「わ、私の顔にございますか」
「だって私、貴女の素顔をまだ見ていないわ」
ネクロは戸惑う。でも、ご主人様に逆らうことは許されない。
「はっ。では、失礼致します…」
ネクロが恐る恐るローブを脱ぐ。
その姿にマヤリィは驚いた。
藍色の短い髪に藍色の瞳。透き通るように美しい白い肌。整った顔立ち。
ネクロはマヤリィにそっくりだった。
服は黒いワンピースを着ており、全身を覆い隠すほど丈が長い。
ローブを着ている時は気付かなかったが、顔だけではなく体格もマヤリィと変わらないように見える。つまり、華奢な身体付きや、細くくびれたウエストや、残念なバストサイズまで同じように見える。
これは偏見だが、黒魔術師といえば恐ろしげな顔をしていると思っていた。
しかし、素顔のネクロはマヤリィに瓜二つの綺麗な女性だった。
「ご、ご主人様…?」
突然、マヤリィはネクロのすぐ傍に寄った。
「貴女と私はとても似ている気がする」
「そのようなことは…!」
ネクロは白い肌を赤くした。 ご主人様が、近い…!
「並んだらきっと姉妹みたいよ」
「!!!???」
真っ赤になって立ちすくむネクロを可愛いと思いながら、マヤリィはアイテムボックスから素早く杖を取り出す。
「はい、これ。新しい杖」
そう言って、青い靄を纏った杖を差し出した。
「謹んで頂戴致します、ご主人様」
ネクロが頭を下げてそれを受け取ると、藍色の短い髪が頬に被さった。黒魔術師のイメージとして、かなり長い髪を想像していたが、まさか可愛らしいショートヘアだったとは。
マヤリィはベリーショートだが、同じ髪型にしたら双子に見えるかもしれない。
「…ネクロ。今度、髪を切る時があれば誘って頂戴」
「えっ…」
「それと、これ。この間のように杖が砕け散ることがあっても、どんなに強い魔術を使っても、貴女の手を守ってくれるでしょう」
それは黒いレースの手袋だった。
「貴女の顔が見られて嬉しかったわ。さぁ、もうローブを着ていいわよ。下がりなさい」
「感謝致します、ご主人様。これにて、退出させて頂きます」
素早く隠遁のローブを着用し、ネクロは玉座の間を出た。
青い靄が杖を包んでいる。靄に触れても何も感じない。
レースの手袋をはめてみる。見た目よりずっと柔らかい生地だった。
ネクロは顕現した時から、ご主人様と自分が似ていることを自覚していた。でも、嬉しいやら畏れ多いやらミノリの目が怖いやらでどうしてもローブを外すことが出来なかった。
今度、ローブの下にご主人様みたいな服を着ても良いかどうかお伺いを立ててみよう。
ネクロは『隠遁』の下、笑顔を隠せずに自室に戻った。
推敲していたら長くなってしまいました。
分割は…苦手です。
お読み下さり、ありがとうございます!