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流転の國 vol.1 〜突如として世界を統べる大魔術師になった主人公と、忠実で最強な配下達の物語〜  作者: 川口冬至夜


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番外編 シャドーレ

なぜ、私は女であるにもかかわらず、この長い髪を切ってしまいたいと思うのかしら…。

それも、ダーク様と同じように短く刈り上げてみたい…。

抑えても、抑えても、抑えきれないこの気持ち。

どうか、シャドーレの髪を切って下さい!ダーク様ぁぁっ!!

「ダーク様、私の髪を切って頂けないでしょうか…?」

『クロス』の隊長をはじめ、一部の隊員達が警備に出動する前日、シャドーレはダークに髪を切って欲しいと頼み込んだ。

「そういえば、前にもそんなことを言っていたな…。でも、お前は女だろう?」

そう言われて、シャドーレは俯く。

「はい…。それに、私は貴族の娘でしたから、いまだにこのような長い髪で…」

シャドーレは貴族の令嬢だった頃と変わりなく、今も腰を超える長さの髪を保っている。

昔の日本と同じように、桜色の都においては女性は長い髪であることが当たり前である。さらに、貴族の令嬢ともなれば、超ロングヘアが必須である。

「されど、私は実家から追い出された身にございます。今の私はただの黒魔術師。どうか、断髪することをお許し下さいませ。…私が髪の短い女になったら、ダーク様は私を嫌いになりますか…?」

実はダークとシャドーレは恋人同士。元はと言えば、『クロス』の紅一点であるシャドーレが複数の隊員から言い寄られて困っていた所を、隊長であるダークが彼女を半ば強引に恋人にしてしまったのだが。

「髪の短い女など、女ではないのでしょうか…」

シャドーレにとって、ダークは初めての恋人であり、処女を捧げた相手だった。

それまで、ずっと恋愛に縁のない人生を送ってきたシャドーレは、自分のことを地味な女だと思っていた。女としての自分に自信がなかった。

しかし、ダークはシャドーレの心も身体も愛している。

彼に告白され、それを受け入れた日の夜、彼に抱かれた。

今にも折れそうな華奢な身体は骨っぽくて胸もなくて、女としての魅力に欠けていると思っていたシャドーレは、裸を見られるより、ダークに失望されることの方が怖かった。

しかし、ダークは自分を女として扱ってくれた。自分を女にしてくれた。

初めての性行為は痛みを伴ったが、次の日シーツに血がついているのを見た時、シャドーレはなぜかとても嬉しかった。自分はもう処女ではない。大人の女になれたのだ。

その後も、彼に求められるままに性行為に及んだ。

女としての自分を求められるのが嬉しい。もっとダーク様に抱かれたい。

シャドーレはダークと濃密な夜を過ごすたびに、女であることの喜びを感じた。

しかし、いつからそれを願うようになったのか、髪を切りたいという思いは募るばかりだった。

物心ついた時には既に長い髪だったシャドーレ嬢。美しく輝くプラチナブロンドのロングヘアは少女だった頃から何も変わっていない。

「切りたい……」

長い髪に指を通し、シャドーレは呟く。

彼女の細い指に絡まることもなく、この先の運命を知ることもなく、さらさらと靡く綺麗な髪。

「なぜかは分からないけれど……」

女の象徴であるこの長い髪を切ってしまいたいと思うのはなぜなのか、それはシャドーレにも分からない。

「シャドーレ、俺はお前の願いなら何でも叶えてやりたい。お前の見た目が変わっても、お前を愛する気持ちが変わるなんてことは有り得ない」

恋人の思い詰めた表情を見かねてダークは言う。

「それに、今のお前は桜色の都を代表する黒魔術師部隊の副隊長だ。貴族の令嬢だった頃とは違う。お前が断髪したとして、それを咎める者などいるわけがない。…もう、何も心配するな」

「ダーク様…!」

思わず瞳をうるませるシャドーレをダークは力強く抱きしめる。

「…では、私の髪を切って下さるのですね!」

「ああ。切ってやる」

ダークはシャドーレの気持ちを受け止め、髪を切る役目を引き受けた。

「だが、俺は素人だ。隊員の髪を切ったことはあるが、女の髪を切ったことは一度もない」

「良いのです。ダーク様のような髪型にして頂ければ幸いにございます」

「なっ…」

ダークは困惑した。自分の髪は、側頭部も後頭部も短く刈り込んだ、いわばスポーツ刈りのような髪型である。

まさかシャドーレがそんなことを言い出すなんて…!ダークは狼狽える。

「そ、そこまで短くしなくてもいいんじゃないか…?そうだな…肩の辺りで切り揃えるのはどうだろう?」

「嫌ですわ。私、ずっとダーク様の髪型に憧れていましたの。涼しそうでいいなって」

シャドーレはダークの提案を即座に拒んだ。

「しかし…俺と同じ髪型とは…」

「お願いします。どうか、さっぱりとした短髪にして下さいませ。私、自分の長い髪が嫌いですの。もう我慢出来ませんわ。…ダーク様が切って下さらないなら、私…」

そう言いながら彼女は小さなナイフを取り出し、自分の長い髪を無造作に掴む。

「どうして気付かなかったのかしら…。私、最初からこうするべきだったのよ…!」

狂気じみた微笑みを浮かべ、自らの手で髪を断ち切ろうとする。

「待て、シャドーレ!」

ダークは慌てて止める。

今、彼女は本気で自分の髪を切ろうとしている。

「分かった。分かったから、ナイフを置いてくれ」

ダークはそう言うと、

「すまない。お前の願いを叶えると言っておきながら止めるようなことを言って悪かった。…お前の望む通りに断髪しよう。俺が切る」

それを聞いて、シャドーレは嬉しそうに笑う。

「ありがとうございます、ダーク様…!」

「ああ。…全て俺に任せろ」

「愛する殿方に髪を切って頂けるなんて…!シャドーレは幸せですわ…!」

愛しい恋人が喜んでくれるのは嬉しいことだが、本当にこれで良いのだろうか?ダークは嬉しそうに頬を染めるシャドーレを見つめる。

貴族の令嬢だった頃の喋り方はどうやら矯正出来ないらしい。甘く柔らかいトーンの高い澄んだ声はいつ聞いても綺麗だ。

本人は無自覚なのだろうが、いまだに優美な立ち居振る舞いをする。何より、透き通るような肌に整った顔立ちをした色白の美人である。

(今まで俺に遠慮して切らないでいた以上、単純に髪を切りたいだけであって、女を捨てたいわけではなさそうだな)

男から見ると、本人が思っているよりも遥かに魅力的な女である。

シャドーレさん、自己肯定感低すぎ。

「なぜお前が髪を切りたいかなんて、聞かないことにするよ、シャドーレ」

「ええ、聞かないで下さい。理由は私にも分かりませんもの」

理由はなくとも、プラチナブロンドの美しいロングヘアは、彼女にとっては煩わしい以外の何物でもなかったらしい。

「じゃあ、準備するぞ」

「嬉しいですわ。うふふっ♪」

シャドーレは心から嬉しそうに笑う。

その様子があまりに可愛いので、ついダークは見とれてしまう。

(シャドーレって、クールビューティじゃなかったっけ…?)

普段は決して見せない表情で喜んでいる可愛らしい恋人にときめきつつ、ダークは断髪の準備を進めた。


「もう一度聞くが。…本当に、いいんだな?」

ダークが何度も念を押すほど、女性の髪を切ることの意味は重い。

しかし、当のシャドーレは晴れ晴れとした顔である。

「ええ。決して後悔しませんわ。ひと思いに切って下さいませ」

「分かった」

そう言うと、ダークは意を決してシャドーレの長い髪をザクザクと切り落としていく。散髪用の鋏ではない。本来は黒魔術のアイテムとして使われる黒く大きな切れ味の鋭い鋏である。

恋人の髪を切るのにそんな危険物を使うなよ。


ダークは真剣な顔をしている。

シャドーレは微笑みを浮かべている。

床には既に大量の髪が落ちている。

彼女が貴族の娘のままでいれば決して断ち切られることのなかった長い髪。

床がプラチナブロンドに染まっていく。

ダークは休むことなく鋏を動かし続ける。

シャドーレはだんだんと頭が軽くなっていくのを感じる。

彼女の体感ではあっという間に粗切りが終わる。

「この鋏ではここまでしか出来ないな。本当に俺と同じようにしていいなら、これを使うが」

そう言って、いつも自分が使っている大きなバリカンを見せた。もしこれを見て怖気付いてくれたら、ここでやめて後は整えるだけにするつもりだったが、

「はい、お願いします。ダーク様と同じ髪型にして下さい」

シャドーレは真面目な顔でそう言った。

「分かった」

ダークはシャドーレの願いを叶える為に、その美しい髪にバリカンを入れた。

ヴィーーン…………

お嬢様とは無縁の器具がシャドーレの後頭部を刈り上げる。

さっきあんなに切ったはずなのに、ドサドサと髪が落ちてくる。

かなり上まで刈ると、ダークは側頭部の髪に取りかかった。

その時、ダークはシャドーレの横顔を見る。

凛とした美しい顔立ち。その表情は平静を装ってはいるが嬉しさを隠しきれていない。

(長い髪も美しかったが…お前は短髪になっても魅力的だな…)

ダークは心の中でそう思いながらシャドーレの側頭部を短く刈り上げていく。

「ああ、頭が涼しくなってきましたわ…!」

それは完全に独り言のようだったが、

「そうか、よかった…!」

ダークは嬉しそうな表情になる。

刈り上げが終わると、小さな鋏を取り出して微調整。

最後に前髪が切られ、綺麗に整えられた眉があらわになる。

「こんな感じでどうだ?大丈夫か?」

ダークが鏡を見せる。そこには、本人の望み通り、髪を短く刈り上げられた女が映っていた。

もはや貴族の令嬢の面影はどこにもない。

「本当にありがとうございます、ダーク様。凄く…嬉しいです…!」

「なかなか似合うじゃないか」

ダークはシャドーレの髪をじゃりじゃりと撫で回した。

「気に入ったか?」

「はい、とっても」

「それはよかった」

そう言うと、シャドーレにキスをした。

「ダーク様…!」

彼女は頬を染める。

「しばらく会えなくなるんだ。今日くらいはいいだろう?」

ダークはシャドーレを抱きたい。

「それに…短い髪のお前が魅力的で…つい」

「ダーク様、すぐに服を脱ぎますわ」

シャドーレもダークに抱かれたい。

彼女はすぐに服を脱いで裸になる。

いつもならば長い髪に覆われていた痩せた体躯を隠すことはもう出来ない。

「もっと強く抱きしめて下さい、ダーク様」

「お前、細いんだから…。俺の膂力で壊れたりしないでくれよ…?」

「そんなにヤワな身体ではありませんわ」

本人はそう言うが、シャドーレは逞しいダークの腕の中で折れてしまいそうなほど華奢な身体をしている。

普段は『クロス』の制服である厚手の軍服に覆われている為、全く気にならないが、こうして裸で交わっていると彼女の細い身体が心配になる。

「…もっと…触って下さい…!」

「シャドーレ、可愛いよ」

「あ…んっ……ダーク様ぁぁ……!!」

ダークがシャドーレの刈り上げ頭を撫でる。余程気持ちがいいのか、何度も触って欲しいとねだる。彼女の短い髪を撫でながら、ロングヘアだった時よりエロい気がするとダークは思った。うっかり行為の最中に踏んでしまう心配もないし。

「シャドーレ…!お前のうなじ…凄く色っぽい…」

そう言いながら彼女のうなじを舐める。

「んっ……」

ずっと長い髪に隠れていたが、今は丸出し。

うなじどころか盆の窪まで舐められる。

シャドーレは初めての快感に溺れる。

長い髪から解放されて気分が上がっているのだろう。かなり昂っている。

二人は熱く激しいキスを交わし、溶け合うように肌を重ねた。

「俺が帰るまで、王都に残る『クロス』の隊長はお前だ。頼んだぞ、シャドーレ」

「はい、お任せ下さい…!ダーク様、どうかご無事でお戻り下さいませ」

「ああ、お前も気をつけてな。……帰ってきたら、また刈り上げるか?短い髪はすぐに形が崩れるからな」

それを聞いたシャドーレは頬を染め、強く頷いた。私、もう髪を伸ばさなくていいのね…!

愛する男性に髪を切ってもらった喜びを噛みしめる。

「可愛い…」

ダークは愛おしそうに恋人の身体を愛撫した。

彼女は初めて自分からキスをした。

「ああ、私のダーク様…!」

「シャドーレ、愛してる…!」

その晩、二人は一度も離れなかった。


ダークが十数名の部下達を連れてエアネ湖畔にある離宮の警備に出発した日、隊長代理のシャドーレは王都に残った部下達とともに、宙色の大魔術師を迎えるにあたっての特別会議を開いた。

隊員達は、ずっと長い髪だった女副隊長がスポーツ刈りになったのを見て、とても驚いたという。

なぜ精鋭部隊の隊長の王都不在時に『流転の國』の主を招いたのか?

それは、隊長よりも副隊長の方が有能だから。

「宙色の大魔術師が来る時は、ダークではなくシャドーレを傍に置いておくべき」

という予言者の言葉にツキヨ王が従った結果であります。

男尊女卑社会の桜色の都では、どんなに実力があっても人望が厚くても、女性がトップに立つことは不可能なのです。

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