第十六話 雪色の白魔術師
雪色の白魔術師。国王直属の精鋭部隊。
そして、謎の予言者…。
桜色の都にも、強者と呼べる人物は確実に存在します。
「そういうことでしたか」
魔法陣が消え、魔術師が動き出す。
魔術師はミノリの顔をじっと見て、
「『流転の國』の名は聞き及んでいましたが、我が王は万が一にも戦になることを恐れて、静観するのみでありました」
打って変わって冷静な声で言う。
少しマヤリィの声に似ている。
「流転の國の主様はとてもお優しい方のようですね。ゴーレムを真っ先に無力化させ、人間を傷付けまいとするなんて」
そう言いながら、魔術師は文字通りマンスを見下ろす。
「この者は低位ながら黒魔術師としての実力を認められた者。それをいともたやすく拘束するとは、流転の國の魔術師様の魔力は我々が想像する以上に強いのでしょうね」
そして、ミノリの方に向き直り、
「私は桜色の都国王直属の黒魔術師部隊『クロス』副隊長のシャドーレと申します。一方的に問い詰めてしまい、申し訳ないことをしました」
深々と頭を下げる。
「では、私が国王陛下の元までご案内しましょう。この者は…必要ですか?」
「あっ…。不要でしたら、すぐに国境線に戻らせて頂きます、シャドーレ様」
この国では序列がはっきり決められているらしい。
国王直属の魔術師部隊に属し、さらには副隊長を務めているシャドーレに対して、マンスは辺鄙な国境線に配置された低位の魔術師。
ミノリは色々察したが、一応いてもらった方が良いだろう。
「出来ましたら、マンス殿も同席して下さると幸いに存じます。我が國を実際に見て頂いたということもありますので」
「分かりました。では、こちらへ」
ミノリの言葉を聞いたシャドーレは素直に頷き、二人を連れて国王の元へ向かった。
「ところで、ミノリ殿の魔力はどのような属性に特化しているのですか?」
「私は書物を読み解く者。魔術書、歴史書、古文書…。書と名前の付く物全てを解析し、我が魔力によってそれらを顕現させます」
「では、黒魔術書があれば、黒魔術も使えるということですか…?」
「そういうことになります」
この人は絶対に敵に回したくないわね…。
シャドーレはミノリの魔力の汎用性の高さ、そして流転の國の底知れない強さに恐れ慄いた。
雪色の白魔術師の異名を持つ桜色の都の国王ツキヨは、雪色と呼ばれるに相応しい姿をしたアルビノの人間だった。
「委細承知しました。全ては流転の國の主様のおっしゃる通りに致しましょう」
これまでの経緯を聞いて、ツキヨは流転の國の友好国となることを約束し、白魔術の力を貸すことに関しても快く引き受けてくれた。
「感謝致します、国王陛下。我が主に今のお言葉を報告致します」
「ミノリ殿、私のことはツキヨで構いませんよ」
一国の王を前にしてさすがに緊張していたミノリを見て、ツキヨは穏やかに言う。
「…それにしても、貴女の主様を苦しめる『精神病』を緩和させるには、医学書を用いる必要がありそうですね」
「っ!?」
ミノリは驚く。
なぜ、彼は病に冒されているのがご主人様本人だと知っている?
「ミノリ殿、医学をご存知ですか?」
「以前、主様から伺ったことはあります。されど、医学書を読んだことはございません」
顕現してまもない頃、ご主人様が口にされた医学という言葉…。まさかそれを他国の白魔術師から聞くことになろうとは。
「医学書には、白魔術とは全く異なる回復術が書かれています。それゆえ、白魔術の効かない病には、医学書から顕現させたお薬を使って頂くのが良いかと思います」
ツキヨは話を続ける。
「遥か昔、異世界から顕現したと言われている難解な書物です。私は長年その研究を続けておりまして、今ではそこに記載されているお薬を顕現させることが出来るようになりました。ですので、貴女の主様にもお渡し出来るかと存じます」
ツキヨは穏やかに説明をしてくれたが、ミノリはあのことが気になって仕方がない。
「畏れながら、ツキヨ様はなぜ我が主が病に冒されていることをご存知なのですか?」
ミノリの単刀直入な質問にツキヨは少し驚いた顔をしたが、簡単に種明かしをしてくれた。
「私の側近に『予言』の能力を持つ者がいます。その者は宙色の大魔術師と呼ばれる御方がこの世界に顕現されることを予言していました。同時に、その御方が病に冒されているということも伝えてくれました。されど、こちらから『流転の國』に赴くことは躊躇われまして…様子見をしていた次第です」
「『予言』の能力ですか…」
流転の國にその能力を持つ者は存在しない。
(これは、想定外ですね…)
先ほどシャドーレが言った通り、確かにツキヨは戦を恐れているようだが、桜色の都には予想以上に強い力の持ち主がいるのかもしれない。
「…それでは、ミノリ殿。流転の國にいらっしゃる宙色の大魔術師マヤリィ様にお言伝をお願いしたい。直接お身体の具合を診せて頂いた上でお薬を差し上げたいと存じます。その際は側近のジェイ殿も一緒に来て下されば幸いです。我が国の守護者となられる國の主様です。誠心誠意、力を尽くさせて頂きましょう」
「はっ。陛下の慈悲深きお言葉、必ずや我が主にお伝え致します。この度のご厚情、心より感謝申し上げます」
ミノリが跪き、頭を下げる。
しかし、ジェイの存在まで知られているとは。
予言者という存在は本当に想定外だった。
「マヤリィ様にお会いするのが楽しみです。どうぞ、よろしくお伝え下さい」
ツキヨは穏やかな表情でそう言った。
「畏まりました。それでは、これから國へ戻り、ツキヨ様のお言葉を報告したいと思います。本日は誠にありがとうございました」
ミノリは丁寧にお辞儀をして玉座の間を退出すると、宝玉を取り出し、主の待つ流転の國へ帰還したのだった。
そして、数日後。
宙色の大魔術師と雪色の白魔術師が桜色の都で相対する。
「お初にお目にかかります。桜色の都の国王ツキヨでございます。遠路遥々お越し頂き、ありがとうございます」
ツキヨは笑顔でマヤリィを迎えた。
マヤリィも微笑みながら挨拶する。
「流転の國より参りました、マヤリィと申します。お会い出来て光栄です」
二人が握手すると、手の大きさはほとんど変わらなかった。
「ツキヨ様。此度は私までお招き下さり、ありがとうございます。マヤリィ様の側近にして、『流転の指環』を授かりし魔術師、ジェイにございます」
ジェイが挨拶すると、ツキヨの傍に控えている女性が興味深そうに指環を見る。
「流転の指環とは、風系統魔術のマジックアイテムでしょうか。ジェイ殿もかなりの魔力をお持ちとお見受け致しますわ」
そう言われて、ジェイは視線を移す。少し姫の声と似ている。
「これは失礼致しました。私は国王陛下直属の黒魔術師部隊『クロス』の副隊長を務めさせて頂いております、シャドーレと申します」
彼女はそう名乗って頭を下げる。かなりの高身長と、顔にかからないほど短く切った髪が印象的だ。
ていうか、シャドーレさんってこの間は長い髪だったよね…?なんかあったの?
「我が国の予言者から、そしてミノリ殿から話は伺っております。マヤリィ様、これから別室で診察を行わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ。よろしくお願いします」
「シャドーレ、ジェイ殿を貴賓室にご案内するように」
「畏まりました、陛下」
ここから姫とジェイは一旦別行動。
ジェイは長身の黒魔術師に導かれて、貴賓室へと移動した。
黒魔術師部隊『クロス』は、高度な黒魔術を使役出来る者だけが入隊を許される桜色の都の精鋭部隊である。
特に、隊長のダークと副隊長のシャドーレは一目置かれる実力の持ち主だった。
これはマヤリィが桜色の都を訪れる少し前の話。
「シャドーレ、この間『流転の國』の使者と会ったそうじゃないか。聞くところによれば、あの国境線の魔術師が連れてきたとか」
名前すら言ってもらえないマンス。
「ミノリ殿のことですわね?凄まじい魔力の持ち主にございました。絶対にあの御方を敵に回してはならないと思いましたわ。それに、流転の國の主様は宙色の大魔術師と呼ばれる御方。なんでも、国王陛下の白魔術の力を借りる代わりに、桜色の都の守護者となることを約束して下さったとのことです」
シャドーレは伯爵家の出身。魔術師としての道を選び、男ばかりの精鋭部隊に属しているが、時々言葉遣いが貴族の令嬢に戻る。
「なんだかとんでもない話になってきたな、シャドーレ。宙色の大魔術師のことは予言者が言っていたが、まさか我が国と関わることになるとはな」
ダークは事の重大さに身震いしつつ、
「ところで、明日から数日の間、俺はエアネ湖の近くにある離宮の警備を任されることになった。だから、流転の國の主様をお迎えする日に陛下をお守りするのはお前の役目だ」
「さ、さようでございますか…」
「ああ。万が一の時の為にも魔術師の力は必要だろう。宙色の大魔術師がどんな御方だったのか、後で俺に教えてくれ」
「畏まりましたわ、ダーク様」
シャドーレは責任の重さを感じつつ、『クロス』の副隊長として気を引きしめるのだった。
ダーク(闇)だのシャドーレ(影)だの黒魔術から連想したそのまんまなネーミング…。
因みにネクロさんはネクロマンシーです。
あの人、実はそういう魔術も使えるんですよ。
マヤリィ様の配下である以上、使う機会はないと思いますが。




