第一話 顕現
iPhoneのメモに書いてた『流転の國』(るてんのくに)という物語。
秋の夜長に初めての投稿でございます。
「私が幸せになるなんて…そんなこと、許されるの?」
どこで何が途切れたのか、気付けば彼女は見知らぬ場所にいた。大理石のようなもので出来たこの部屋は、まるで玉座の間みたいだ。
(ここは、流転の國…。なぜ、私はそのことを知っているのかしら…)
この場所だけではない。目の前にいる「配下」の名前も頭に入っている。
「ご主人様」
そう、彼の名はジェイ…。
「そのような悲しいことをおっしゃらないで下さい。貴女様には誰よりも幸せになって頂きたいのです。この國の者全てがそう願っております」
跪き涙ながらに訴えるジェイの姿を複雑そうな面持ちで彼女は見る。
突然出会った、この「忠実な配下」の扱い方を考えていた。
「…ジェイ。私が悪かったわ」
「!?」
「こんなにまで私を慕ってくれる貴方を泣かせるなど、私は主人失格ね」
「滅相もございません。ご主人様の幸せの為に尽力させて頂くのが私達の務めであり、願いでございます」
ジェイがそう言って微笑んだのを見て、彼女は安堵した。不慣れで疲れるけれど、かしずかれるのは決して嫌いではない。今までこんな立場に置かれたことがなかっただけだ。
「皆が集まるまで、まだ時間がございます。その間、何を致しましょう?出来れば、貴女様のお望みになることを致したいものです」
「…それなら、お願いしたいことがあるわ。私のちょっとした願望を叶えてもらえないかしら」
先ほどとは打って変わって天使のような微笑みを浮かべる主人に、ジェイは一瞬見とれたが、すぐに頭を下げた。
「何でもお申し付け下さいませ、ご主人様」
「顔を上げなさい。大したことじゃないわ。髪を切って欲しいのよ」
肩先まで伸びた彼女の黒髪は艶々として美しいが、本人は切ってしまいたいらしく、
「貴方達の中で、人の髪を切るのが上手な者をすぐに呼んで頂戴」
「はっ!」
そう言って頭を下げると、ジェイは物凄い勢いで退去した。
(…初めての命令がこんなんで大丈夫かしら…)
ご主人様は少しだけ反省した。
「大変お待たせして申し訳ございません」
ジェイが連絡を取り始めてからしばらく後。
美容師道具一式を収めた鞄を置いて、エルフ種と思しき背の高い若い男が彼女の前に跪いた。
耳が異様に尖っていること以外は人間とあまり変わらないみたいだ。
「ベリーショートにして欲しい。それと、髪の色も変えたい」
背高美容師エルフことシェルは真面目な若者だった。
「ご主人様のお気に召しますよう、全身全霊で務めさせて頂きます」
伸びた髪が少しずつ短くなっていく。
シェルはとても器用だった。
「お美しいご主人様、こちらで仕上がりを確かめて頂けますでしょうか」
恭しく鏡を取り出し、後ろ姿を見せる。
彼女は別人のように変わった自分を見て、
「頭が軽くなったわ。ありがとう」
「勿体ないお言葉でございます」
シェルが深々と頭を下げる。
そこへ、ノックの音。
「ご主人様、よろしいでしょうか」
女性の声だった。
なぜかは分からないが、誰が来たのかはもう分かっている。
「いいわよ、入りなさい」
シェルに片付けを命じつつ、女性の配下の登場を待った。
「ちょうど終わったところよ」
ちょっとぎこちないが、余裕を持った態度を崩さずに接する。
「ご主人様、なんて美しい…!」
金髪のベリーショートへと変貌を遂げた主人に、入ってきたミノリが感嘆の声を上げる。
「このミノリも、ご主人様のように髪をベリーショートにしとうございます!」
腰まである綺麗な黒髪ストレートの髪を差し出すようにして興奮するミノリ。
「貴女様はミノリにとって理想の女性なのです。少しでも貴女様に近付きたいのです」
ミノリは黒い瞳に黒い髪を持つ女性だった。
所謂アジア系。年頃は同じくらいだろうか。
「分かった、分かったから。ミノリ、貴女の断髪は後日にしましょうね。こんなに美しい髪を私のように短くしてしまうなんて、勿体ない気もするのだけれど」
「とんでもございません!ご主人様の御髪のお美しさに敵う者はどこにもおりません」
ミノリは単純に彼女に憧れているだけではないらしい。レズビアンだという彼女は主人の寝室に呼ばれないものかと夜な夜な待ち構えている。そのうち夜這いとかするかもしれない。
「では、今後の方針についてだけれど、貴方達はどこまで私についてこられると言うのかしら」
一同は整列し跪き主人の言葉を聞いている。
この國の大勢の者達の中の精鋭らしい。
主の側近の中でも立場が上と思われるジェイとミノリ。その後ろに控えているのがいかにも黒魔術師と思しき姿のネクロ。隣には杖を携えた女性シロマ。少し間を空けてエルフの少女リス。天使の翼を持つ少年ユキ。最後尾に金髪碧眼の美女ルーリと筋骨逞しい男性ランジュ。
「ご主人様のご命令とあらば何でも」
「身命を賭して務めさせて頂きます」
「万が一危険が及ぶようなことがあれば我が力を以て即刻対処致します」
「僭越ながら私の手でご主人様を癒して差し上げとうございます」
「どんなことでもお申し付け下さいませ」
「ご主人様と流転の國に生涯を捧げます」
「永遠の忠誠を誓います」
「何があろうともご主人様をお守りします」
予想よりも遥かに忠誠心が重い。
ならば、彼等に頼んでみよう。
「皆はまだ知らないかもしれないけれど、私は完治出来ないと言われた病を持っているの」
場がざわつく。
「ご主人様、それは、どのような…」
震える声でシロマが訊ねる。
ああ、この子は白魔術師か…。
「医学という言葉を知っているかしら」
誰も頷く者はいない。
「私はこれまで万能と言われてきた医学の力を以て病を治そうと試みてきたわ」
「畏れながら、イガク、とは…」
エルフの少女が聞く。
「私も全容は把握していない。けれど、当時できうる最善の方法と言われきたことをやってきた」
「私どもの知らぬ過去のご主人様が為されてきた治療法なのですね…」
ミノリが悔しそうに言葉を繋ぐ。
「先ほど私は今後の方針について話したいと言ったわね?」
「はっ」
「それは、貴方達に私の病を治す方法を探ってもらいたいと言うこと。もし、私についてきてくれるならば、力を借りたい」
彼女は憂いを帯びた瞳で配下達の顔を見た。
「ご主人様」
初めに言葉を発したのはジェイだった。
「貴女様の幸せの為ならば、我等はどんなことでも致します。ぜひお任せ下さいませ」
「お任せ下さい」
「お任せ下さい」
皆の声が次々に響く。
「皆、ありがとう」
「勿体ないお言葉でございます」
ミノリがそう言って頭を下げると、一同揃って頭を下げた。
その後、回復魔法を専門とする白魔術師のシロマが主に治癒魔術を施したが、何も変わる様子はなく、先にシロマの魔力が尽きてしまった。
皆はこの不可解な病に対して言いようのない恐怖を抱くと同時に、主を救う為に己が出来ることを考え、気を引きしめるのだった。
前途多難な状況。それでも、流転の國の配下達はどこまでも彼女についていく。
流転の國に顕現した者達にとって、彼女は唯一無二の女王なのだから。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
先は長いです。
よろしければお付き合い下さいませ。




