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竜の飛翔

作者: りお

 手のひらは煤けて真っ黒だ。顔も真っ黒だろう。

 周りは一面何もない。

 遠くに見える瓦礫の山は王城の跡。

 あそこに栄耀栄華を極めて住まいしていたのはもはや幻に等しい。

 

 私は折れそうになる膝を励まして一歩、また一歩と森を目指した。


 森の浅いところでは獣もいない。

 春の陽光のもと、全身を洗ってついでに着ていたワンピースも洗って干した。

 近くの岩に腰かけて考える。


 これからどこへ行こう。

 王城にいた使用人は大方は早々に逃がした。

 王族はめったなことでは死なないから、みな生きているだろう。怪我はしているだろうけれど、大した問題ではない。

 それは私も同じはずなのだけど……ぶるっと体を震わせる。できない。

 乳母のマリアが目の前で傷つけられて攫われていった。そのショックが抜けないからだろう、いまだにうまく変われない。

 この身は人の身に非ず。だからもし獣がやってきても、問題はない。

 

 「疲れちゃったな……」

 周りは岩と砂利だらけだけれど、そのまま岩に背を預けてしばし眠った。


 「いたぞ!王女だ!」

 追手の声を耳が捉えて目が覚めた。まだ遠いけれど、遠目に見られて見つかったようだ。見つけたのは「千里眼」の持ち主かもしれない。相当距離がある。

 この国は人間の国だが、長く竜が治めてきた。竜は賢く長命で、人の国を治める理由などさして無かった。だが人間の女王を伴侶とした竜が共にこの国を治めるようになってから、時折人間を伴侶とする竜が現れ、人間と暮らしていくようになった。

 竜と人との間には竜しか生まれない。それゆえに、現在の王族は全て竜だ。ここ三代ほど人間を伴侶とする竜は現れていなかった。

 竜に治められることを良しとしない一派が勢力をひそかに広げ、クーデターを起こしたのだった。

 

 「炎よ」

 小さな精霊が踊って身体と服を乾かす。

 精霊術は使えるようだ。

 使えるのは火の精霊術だけだけど。

 森の中で大きな火を起こすのはできない。

 

 服を着ると森の奥へ逃げることにした。

 奥といってもこの森はすぐに隣国へ抜けるはず。


 とおもって走りだすと、銃声が響いた。

 すぐそばを銃弾がかすめていく。

 殺しても構わないと考えているんだろう。竜は信仰の対象でもあったはずだけど、そんな気持ちは微塵もなさそう。

 竜だと銃は耐えられるんだろうか。それはまだ誰も経験していないから分からないな……と考えながら速度を緩めずに走る。

 走るのは得意じゃない――考えていたら網が上から降ってきた。

 捕まった。

 

 「捕まえました」

 捕まえたのは軍の制服を着た長身の男だった。

 「よし、帰還する」

 上官らしき男が言う。

 「待ってください」

 民間人といったいで立ちの男が数名その上官らしき男に近寄って、何事かささやいた。

 「まぁ、いいだろ」

 その間、竜体へ変わろうと試みていたが、まだうまくいかない。

 このままでは逃亡は望み薄だ。

 何をされるかわかったものじゃない。


 男たちは投網を傍の巨木へ括りつけると、手頃な石を投げつけ始めた。

 次第に過激になっていき、直接蹴りつけたり踏むものもいる。

 

 ――一体、何がそんなに不満だったのか。

 痛みは耐えられないわけじゃない。この身は竜、むしろマッサージのようなものだが、敵意は快くはない。


 まったく理解できない。

 理解できないが――もう構わない。

 男たちへ向けてざっと炎を振りまいた。

 男たちが逃げる間に竜体へ変異が叶う。


 小さいといえど、竜。


 重くてかなわなかった網を押しのけて、飛び立つ。

 

 どこへ行こうか。


 かなうなら、人のいないところへ。


 人間とかかわらなくて済むところへ。


 そうつぶやくと精霊が応える。


 一気に高度を上げて、追いすがったりあっけにとられる人間どもを置き去りに、ひとまず南へ向かった。南なら、食べるものもあるだろう。


 一路、南へ。

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