【十七】救出——否、脱走
その夜。
「って訳なんだけど、何か思いつかない?」
毎度の如く、夕飯の時に小町にも相談してみた。
「いや、そんな事言われても……」
「ですよね」
小町はなにも軍師ってわけじゃないし。
「なかなか思いつかないんだよね。朱里さんを助け出して、報復への恐怖から解放し、しかも八咫鏡について確認できる一手」
「欲張り過ぎじゃない? 二兎を追う者は一兎をも得ずって言うじゃん。あんたの場合、三兎追ってるけど」
「そりゃそうだけど……」
欲張りだって事は、私も重々承知している。かと言って、私はこの兎たちを一匹たりとも逃すわけにはいかない。だからこそ苦悩しているんだ。
「やっぱり、防人を突入させるくらいしか思いつかないけどなあ」
小町が言う。確かにその作戦なら兎を三匹捕まえられると思う。闘技場の人たちは——脱獄犯とかは別として——解放されるだろうし、裏闘技の運営は捕まるから報復に怯える必要もない。それに、景品についても調べが入るだろうしね。
「でも小町、さっきも話したけど、それには誰が通報するのかって課題があるんだよ。まさか噂で聞きましたって曖昧な通報は出来ないし、それじゃ防人も動かない。かといって闘技場の客——つまり、私とか神酒とか——が通報したら、それはすなわち、違法賭博しましたっていう自首に等しいわけだし」
う~んと悩む小町。闘技場での私と神酒と、同じ顔をしている。食事の手が止まってるよ……って思ったけど、彼女はちゃっかり完食済みだった。
「確かに、桜華が賭博で挙げられたら嫌だね」
えっ何、可愛いこと言うじゃん。
「掃除の手間が増える」
えっ何、可愛くなっ。
「だからと言って、神酒さんを生贄にはできないし……ちょっと待って」
突然、小町が大きな声を出した。思わずびくっとなる。
「なに、どうしたの?」
「裏闘技について詳しく知っていて、かつ潔白な人なら防人に通報出来るって、そう言ったよね?」
「うん、言ったよ。まあそんなの、あくまで空想上の存在だけどね」
そんな条件を満たす人、居るわけがない。だって矛盾してるもん。裏闘技について詳しいって事は、裏闘技に入り浸っている人。それと潔白は、決して両立し得ない——
「いいや居るよ、裏闘技に詳しくて潔白な人」
「え? 誰それ?」
「朱里さんだよ。もしくは似た境遇の人でもいいけど」
「あっ——」
小町の言う通りだ。朱里さんは、裏闘技に詳しい。何なら、お客じゃ知り得ないことまで知っていても不思議じゃない。だからといって、彼女に罪があるわけじゃない……つまり潔白だ。
「朱里さんが自らの意思で脱走して、防人に駆け込んで事情を話す。それなら防人は調査に入るだろうし、報復の問題も大丈夫。朱里さんの証言次第で八咫鏡も調べられる。さらに、桜華も神酒さんも無事で済む……と、あたしは思うけど」
つまり、犠牲無しで朱里さんを助け出すには朱里さん本人の協力が必要不可欠ってわけだ。
「凄いこと考えるね、流石は私の小町」
「誰があんたのあたしよ。まあでも、朱里さんの意思に左右されるわけだけど」
「それは大丈夫。あてがあるから」
碧斗くんは無事に保護されていて、お母さんに会いたいと寂しがっている。その事実さえ伝われば、朱里さんは何が何でも脱出に意欲を見せるはずだ。
「要するに、朱里さん救出作戦の案としては、朱里さん自らの意思による脱走に見せかける……ってことか」
「そうなるね。ただ、脱走がばれた時のことも考えないといけないよ。桜華なら何とでもなるだろうけど、朱里さんは普通の人なんでしょ? 夜に実行すれば比較的安全だと思うけど、警備とか——言い方悪いけど、看守みたいなのも居るかもしれないし」
「そうだね。運良く闘技場で勝ち続けてはいるけど」
朱里さんが負けずにここまで生き残っているのは、闘技はあくまで単純な賭け事であり、負けられない神酒の性質と噛み合っているからというだけ。神酒の運でどこまで守れるのか不確かな以上、それに依存するのは危険だ。
「ねえ小町。その警備を、ばれる前に封じておくってのはどうかな? 例えば……部屋から出られないようにしてやれば安全だよね」
「良いんじゃない? 木材と釘と金槌持って行って——」
「とんとんとんとん工事して、塞いじゃって部屋から出られなく——って無理に決まってるでしょ」
作業中に音で気付かれちゃう。
「まあでも、部屋から出られなくするって桜華の発想は、わりとありだと思うよ。単純だけど、朱里さんを安全に脱出させるって目的は果たせるわけだし」
「問題は方法だね」
何処にどの程度の警備があるのか。それは実際に見てみないことには分からない。もし今日の日中に見たような警備が夜も続いてるなら……腹立たしいくらいに厄介だ。
「とりあえず、救出作戦の種は出来た。あんがとね、小町」
「報酬は?」
「報酬? も~仕方ないなぁ。じゃあ今日は、小町と同じ布団で一緒に寝ることにするよ。よしよししてあげる」
「はあ? か、勘弁してよ、ゆっくり寝れないじゃん……。いいです、報酬なんて要りません」
……そんなに拒まなくても良いじゃん。こうなるって分かってて言ったけど、想像してた百倍は心に損害があった。
翌々日。約束の通り、神酒と甘味処で合流した。
「どう? 考えは纏まった?」
神酒は何やら、帳面をぱらぱらと捲りながら言う。
「一応、作戦の種は作って来た。神酒と話し合って芽吹けばいいんだけど……」
「そっか。私は情報を集めてみたよ。じゃあ……まずは、作戦の種っていうのを教えてよ」
あくまで種だよと注釈を入れてから、小町と考えた作戦を報告した。朱里さん自らによる脱走に見せかけ……と。
「だけど課題点もある。夜に作戦を実行するとしても、警備か何かが居たら事前に封じておかないといけない。牢屋に居る朱里さんでも可能な方法か、彼女とは全く関係ない偶然で片づけられる方法でね」
私が説明すると、神酒は帳面を私の方に広げ「その課題、解決できるかも」と呟いた。
「まず、裏闘技の夜間警備について。翌朝までの警備は、一人でやってるみたい。何日かの交代制でやってるのか何なのかは分からないけど、とにかく、一人みたいだよ」
「……そんな情報、何時何処で手に入れたの?」
「昨日だよ。場所は、一昨日の桜華が出て来た立入禁止の扉の先さ。日中の警備たちが嘆いていたよ、『一人での夜間警備は眠いし暇だ』って。それをたまたま聞いただけ」
「そう」
潜入して無収穫だったって状況を負けと捉えるなら、偶然情報を手に入れてしまうって事もあるのかもしれない。……神酒の「たまたま」は本当に反則だと思う。まあ、今回は相手が違法だから御相子だけどさ。
「それから、一粒万倍の経営者は男性六人……だったらしい」
「だった?」
過去形の部分を、神酒は強調して言った。
「詳しくは分からないけど、どうやら一人は亡くなったみたい。今は五人なんだって」
「ちょっと待って。話逸れるけど、五人組ってまさか……」
私の指摘に、神酒は「あはは」と笑う。
「やっぱり思うよね。つまりその五人は、碧斗くんが見た黒い着物のおじさんたちかもしれない」
「じゃあ、その経営者たちが朱里さんを連れてお出かけしたってことになるね」
「まあ、あくまで可能性だけど」
色々と話が繋がってきた。防人の捜査進捗が気になるところだけど、今は自分たちのことに集中しよう。「ごめん、続けて」と、話題を戻した。
「経営者の六人——五人は、一粒万倍の裏を家として使ってる。建物の裏に回り込むと、お勝手口みたいなのがあってね」
「ああ、その場所なら知ってるよ」
危うく殺されかけた、一粒万倍の裏。確かにあそこには部屋がいくつもあった。まさかそこに住んでいるとは思わなかったけど。ってことは、あいつらが賭場の経営者なんだ。只の破落戸かと思ってた。
「つまり夜間警備の他にもう五人、夜中だろうと何だろうと、あそこには賭場の人間が居るってこと」
「厄介だね。何かしら、そいつらを封じ込める策があればいいけど」
「あはは。大工の知り合いでも居れば、出入り口を板で打ち付けてやったんだけど」
……小町と同じと言ってる。
「それから、一粒万倍は明々後日で五周年を迎えるらしいよ」
「へえ、五年もやってるんだ」
五年前と言えば、私はまだお父さんの元で暮らしていた。ふと思い出して、胸が痛くなった。憎しみに身を焼かれそうだ。それを振り払うように、私は口を開く。
「何か贈り物でもしてやる?」
「あはは。一粒万倍にはお世話になったし、壊滅の手向けとして、それも悪くないかもね」
お世話になったっていうのは、きっと言葉通りの意味ではない。九分九厘、彼女の重たい巾着袋のことを言っているのだろう。
「もし贈るとしたら、桜華は何が良いと思う?」
「う~ん、何が良いんだろう。寄付金は出せないし……そもそも無意味。だとすると、ちょっとした食べ物とか、良いお茶とか?」
「難しいね。せめて彼らの嗜好が分かればいいんだけど」
「嗜好ねえ……」
嗜好。嗜好。……嗜好? 彼らに何か好きなものはあるのだろうか。そう考えていると、不意に、お勝手口擬きから侵入した時の記憶が頭の中に返り咲いた。
——毎日浴びるように呑めるほど儲かるこの仕事、たまんねえよな
——お前はちょっと控えろ。毎晩世話してるこっちの身にもなりやがれ
——ははは、こいつは失敬
「お酒だ……!」
「お酒?」
「うん、お酒。あいつら、毎日浴びるように呑むって、そう言ってた……!」
しーっと人差し指を立てる神酒。そう言えばちょっと興奮しすぎたかな。
「一粒万倍の経営者たちがお酒好きって、それは確かなの?」
「うん。本人たちの口から聞いたから、間違い無いはず」
「なるほどね……それはいい突破口になるかもしれない。あいつらを部屋に閉じ込めておく方法は何も、外部から押さえつけるだけじゃない。勝手に閉じこもっていてくれれば、それが一番楽だよね」
「そっか。五周年記念って事でお酒を沢山贈って、べろんべろんに酔わせちゃえば……!」
そうすれば、奴らは勝手に閉じこもってくれるはず。仮にばれたとしても、そんな状態じゃまともな判断力も無いだろうし。
「じゃあ、どこかでお酒を沢山用意しないとね」
神酒が一歩引いた感じで言う。その様子には少し、違和感があった。
「神酒の家は酒屋なんだから、お酒はいくらでもあるんじゃないの?」
彼女は初対面の日、別れ際に自ら「酒屋の娘」と名乗っていたと記憶している。
「ああ……あはは。実はあれ、半分本当で半分嘘なんだ」
「どういうこと?」
「酒屋の娘として生まれたっていうのは、紛うことなき事実。だけど、少し前に廃業しちゃってね」
「そうだったんだ……。ごめん、私、何も知らずに」
「謝らないで。言わなかった私が悪いんだし」
まあでも、お酒ならそこら辺でいくらでも手に入る。港町で珍しい外国のお酒を買ってもいいし、城下町で高祠之国の伝統的な高級品を買ってもいい。
「じゃあとりあえず、何処のお酒を買うかは私に任せてよ。こんなんでも酒屋の娘だから、そこらの人よりは目が肥えてると思う」
「分かった、そっちは神酒にお願するね」
「御意。あとはまあ、もう一人くらい協力者が欲しいところだけど……」
確かに、二人じゃちょっと心許ないか。
「それなら大丈夫。一人、あてがあるから」
「あて? もしかして、この間の薬袋とか?」
「ううん、薬袋とはまた別。同居人というか妹というか、手下、家来……? まあとにかく、そんなの」
「……ごめん、どれ?」
小町の肩書を色々言い過ぎて、神酒を混乱させてしまったようだ。真面目な話、どれだろう。物心ついた頃から一緒だし、姉妹が一番近いと私は思っている。勿論、私がお姉ちゃん。
「何だったら、顔合わせしとく? 南西部のお菓子屋で働いてるから、すぐ会いに行けるけど」
「そうだね、協力者なら事前に会っておきたいかも。ああでも、その前に例の場所に寄ろう。昼前に一戦、朱里さんの出番があるから」




