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【十五】何者でもない一般人

 翌日。昨日の神酒を真似して裏闘技に入った。相変わらず、趣味の悪い催し物に熱狂する人たちが集まっている。


「さあさあ、間もなく締め切り! 札の御買い忘れはござらんか!」


 今日の対戦表が載った看板を見たところ、次は朱里……さんが西として出るらしい。神酒はもう来ているのだろうか。来ているなら、次は絶対に西が勝つ。


「西の札、二口下さい」

「西ね、はいよ」


 試しに買ってみた。一口で豆大福五個分だ。これで負けたら、私のへそくりはいよいよ大変な事になる。


「さあさあ、締め切りました! 間もなく試合が始まります。西、突然現れた奇跡の女。巨漢だろうが死刑囚だろうがかかって来い、朱里! 東、今宵初参加の芋男。景品の為なら何でもやるとやる気満ち溢れる、鮫口(さめぐち)!」


 朱里さんの相手は、見るからに怪しい男。鮫口には何の恨みも無いけど、彼を見ていると南西部を騒がせた水辺の妖怪を思い出してしまう。


「それでは……始め!」


 ………………。


「東、鮫口、戦闘不能! 勝者は西、またしても朱里だ!」


 案の定、試合は朱里さんの勝ちで幕を閉じた。二口文の札を換金してもらい、お金が豆大福十一個分に増える。

 神酒は今日も来ているんだろうけど、見当たらない。ならいいや、私は私の目的を優先しよう。それはつまり、八咫鏡について調べることだ。


「すみません、ちょっとお時間よろしいですか?」


 とりあえず、勝って気分が良さそうなおじさんに声を掛けた。逆の人に声をかけて怒鳴られたら嫌だからね。


「なんだい? というか珍しいな、ここに若い女の子が来るなんて」

「そうですか? 可愛いだなんてそんな……ありがとうございます」

「いや、そんな事は言ってねえが」


 言え。おっと、気を取り直して……。


「八咫鏡について、ご存知ないですか?」

「ああ、今期の花形に与えられる景品の事だろ?」

「それです。私、その鏡について調べてて」

「そうなんか。すんげえお宝だとかなんとか聞いたが、すまん、俺も詳しい事は知らねえ」


 知らないとの事なので、彼にお礼を言って別れた。次に声を掛けたのは、比較的若いお兄さん。


「八咫鏡? 今期の景品だよな?」


 今期の景品だって話は、裏闘技のお客はみんな把握しているみたいだね。


「不思議な力を持った鏡じゃなかったか?」

「不思議な力……?」

「ああ。なんでも、手に入れたやつは世の中を統べるほどの力を手にするとかなんとか。ははは、本の読み過ぎかね?」


 さすがは神器と呼ばれる宝物。その神秘性から、色々な逸話があるみたいだ。彼の話の真偽は分からないけど。さて、次に話しかけた相手は、見た目で年齢の想像が全くできないおばさん——もしくはお姉さん——だ。


「八咫鏡ねえ。うふふ、ぜひ手中に収めたいものだわ……」

「御宝とか、お好きなんですか?」

「ええ、好きよ。大好きだわ……」


 何か怖いなこの人。掠れた弱々しい声と、ゆっくり喋る感じが恐怖を生み出している。


「朱里がもっと勝って、もっと盛り上げてくれたたころで闘技に志願して……うふふ、私が彼女を殺したら……私が花形になれるわよね? うふふ、ちまちまと賭けるより、よっぽど儲かりそうね、うふふ……」


 私の話を聞いているのか、私に話しかけているのか、はたまた独り言なのか。とにかく、彼女はぼそぼそと言いながら舞台を恍惚と眺めている。完全に目が逝っちゃってる。……これ以上、関わらない方が良いかも。そう判断し、小さく「お邪魔しました~」と呟いて離れた。


 八咫鏡を知っている人らに聞いてみても、詳しい情報は手に入らなかった。


「神酒、もう帰っちゃったのかな……」


 お客の顔を見渡しながら何周かしたけど、やっぱり彼女には会えなかった。対戦表には、後でもう一回朱里さんの試合があると書いてある。これを見逃すほど不注意な人じゃないし、何処かには居るはずなんだけど……。


「……ん? 何ここ」


 関係者以外立入禁止。そんな看板が立てられ、その先には入り口と同じ造りの重厚な扉がある。まあ闘技場の管理者たちが通る用の道なんだろうけど、入ってみたいという欲が出てきた。この奥で、何か重要な内緒話をしているかもしれない。それこそ、八咫鏡についての情報を聞ける可能性もある。なんなら、実物が保管してあったりして。


「それでは……始め!」


 試合が始まった。今なら、みんな舞台に注目しているはず。行っちゃおう! 陰に入り、なるべく音を立てないように扉を押した。侵入がばれた時の言い訳は、厠探しだ。もはや私の常套手段になりつつある。緊急だと言えば、相手は私を留まらせようと思わない。そんな訳無いのに「汚い」とか言われるのは不服だけど、そこは頑張って怒りを堪えるしかない。


——お邪魔しま~す


 今回は声に出さず、心の中で唱えて扉を閉じた。想像の倍以上暗い。左の壁に背中を付け、一歩一歩、足で探りながら歩く。左腕に着けた鴨脚の篭手で音を立てないように気を配らないと。前回はこれでえらい目に遭ってるからね。闘技場の熱狂で多少の物音は搔き消えるはずだけど、用心するに越したことは無い。


——階段だ


 扉を越えた先、突き当り左に階段がある。暗くて段数は見えないけど、空気感からして五段とかその程度ではない。もっとありそうだ。


——ゆっくりね、転げ落ちるなよ私


 階段の素材は壁と同様に木。下りる度に軋むからよく分かる。いや、階段が古いのであって、私が重いわけじゃない。確かに最近甘味処に通ってたけど、断じて違う。


——何か聞こえた……?


 熱狂とは違う何かが聞こえたのは、最後の一段を降りた時だった。風ではなさそう。こんな場所だから蝙蝠(こうもり)か何かだろうか。でも、それにしては低音だったようにも思う。「うおおお」という人の呻き声に近い気がした。この先に誰か居るならまずいけど、足音は聞こえない。それに、闘技場の関係者だったらその人は隠れる必要が無いから提灯を持っているはずだ。……じゃあ何だって話になるけど。


 階段からもう少し進むと、僅かな光が見えた。そこに光源がある感じじゃない。何かしらの構造——壁とか扉とか——があって、その隙間から漏れているんだ。近付くと、何かしらの構造は木製の扉であることが分かった。家の玄関扉以上、門未満。それくらいの規模の扉だ。闘技場の入り口と同じく、押して開く種類みたい。その一部が朽ちて穴が開いており、私がさっき見た光をこちら側に通している。


——ここは……地下牢ってやつ?


 穴から覗くと長い通路があり、無数とも思える小部屋が左右共一直線に並んでいる。通路に面した側の壁は檻で、ここが幸せな集合住宅でないことは明らかだった。この牢獄にはきっと、闘技場で闘う人が収容されているのだろう……ということは想像に難くない。けど、何の因果で捕まっているのかまでは、私には分かりようがない。


——見張りが居るなあ。一、二……三人か


 そのせいで、この扉を開けることができない。絶対軋むし、そもそも、この先はもう暗闇じゃないからね。さて、どうしたもんかな。どこに方法が転がってるか分からないから、できる限り隅々まで探索したいんだけど……。扉より私側にはこれ以上道は無い。つまりこの扉を越えるか引き返すか、二つに一つだ。


——まずい、人が来る……!


 その場で暫く迷っていると、何処からか数人の足音が近付いてきた。背後だったらどうしようもない。心配のあまり生きた心地がしなかったけど、幸い、扉の向こうでの出来事だった。今戦い終わったのであろう人が、槍を持った闘技場の関係者数人に囲まれて戻って来た。しわくちゃの赤い着物に身を包んだ、小柄な女の人……


……あれって、朱里さん?


 今一番、闘技場を盛り上げている人物。最も八咫鏡に近い女性。近くで見たのは初めてだけど、間違いない。


「今度も勝っちまうとはな。お前、何者なんだ?」


 賭場の人が朱里さんに問うた。


「何者でもございません。私はただの……一般人です」


 そう物悲しい顔で答える朱里さん。……顔。朱里さんの顔。ちょっと待って、重大な事実を知ってしまったかもしれない。というのも、朱里さんの顔は……。


——垂れ目で、右目の下にちょっと大きめの黒子がある。見たことがあるというか、人探しの掲示に載ってた碧斗くんのお母さんそのものじゃん!


 同時に、朱里という名前に対する既視感の正体も思い出した。友達の生明(あざみ)と同じ音だからとかじゃない。その名前は掲示で見ていた——既視感ではなく、文字通り()()だったんだ。


——あの似顔絵、かなり特徴を捉えてたんだね


 つまり、行方不明となっている碧斗くんのお母さんは、この裏闘技で使われているんだ。ついでに言えば、碧斗くんが見た()()()()()()()()っていうのは、裏闘技の関係者だと予想できる。七人御先との関係は依然として不明だけど、とりあえず碧斗くんからお母さんを奪った犯人にはたどり着けた。


——だとすると、神酒はとっくにこの事実を知ってたって事になる


 彼女は確か、碧斗くんのお母さん——つまり朱里さん——とも交流があるって言っていた。顔も名前も知っているだろうから、気付かない訳が無い。ならどうして防人に報告しないんだろう。一粒万倍は、裏で違法な闘技場を経営している。通報を受けた防人が抜き打ちで突入してくれば、確実に助けられるはずなのに。……それとも、神酒には神酒の思惑が別にあるとか?

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