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【十四】思い出した

 今度は内側から重厚な扉を開き、階段を登って久しぶりに日光を浴びた。太陽光ってこんなに温かいんだ。そう改めて実感できるほど、さっきまで居た地下空間より遥かに気持ちいい。


「神酒は、明日も来るの?」

「うん、そのつもりだよ。桜華も?」

「もちろん。今日やっと、目的に一歩近づいたわけだし」

「そう言えば、桜華はどうして裏闘技に行きたかったの? 恐るべき執念だったけど」


 不思議そうに言う神酒。そう言えば私たち、お互いの目的や行動原理なんかは全く知らない。


「それはまあ……機会があれば話すよ。神酒はどうなの? ただ賭けを楽しんでいるだけじゃないよね?」

「あはは、ばれた? なかなか鋭いね」


 鋭いも何も、神酒は自分で「人助け」だと言った。賭博でお金を得る目的じゃないことも、人気の花形に賭け続けている——しかも、贔屓にしているらしい——ことから明らかだ。


「私が全ての試合で朱里さんに賭け続ければ、彼女は死なずに済むでしょ? それが、私の人助けってわけ」

「あの人って、神酒の知り合いなの?」


 気になって聞いてみると、神酒は一瞬だけ複雑そうな顔をした。


「まあ、そんなところ」

「そっか。……それにしても、物凄い自信だね」


 神酒くらい豪運なら、つまり常に勝てるなら、自分の運を信頼できるってことは理解に難くない。


「神酒ってさ、本当に負けたことないの?」

「あるよ。今日、桜華に負けたじゃん」

「……今日以外で、これまでに」


 神酒の顔がまた暗くなった。気のせいか、それは泣きそうな顔にも見える。絶望感がひしひしと伝わってきて、聞いちゃいけないことを聞いたような、お世辞にもいい気分とは言えない感覚だ。


「ごめん、私嫌な事——」

「いいよ、気にしないで。……遊びに限らなければ、ちょっと前に一回、負けたことがある。私の人生を大きく揺るがすくらいの、とんでもない大負けだったなあ。運じゃどうにもならない事もあるんだって、この十九年で初めて思い知らされたよ」


 賭場で全賭けして負けたとか、そういう雰囲気じゃない。私には何の想像もつかないけど、これ以上触れない方が神酒の為かもしれない。どうにか、どうにかして話題を変えてしまいたい。そう悩んでいると、出来事の方から迎えに来てくれた。


「こら、逃げ回っちゃだめだよ!」


 男の人がそう叫んでいる。複数人の足音も聞こえてきた。「思い出した、思い出した」と、聞き覚えのある少年の声がする。


「……碧斗くん?」


 そう思って往来に出てみると、予想は大当たり。防人二人から逃げ回る碧斗くんの姿があった。こっちに向かってくる。


「ちょいちょい、止まって碧斗くん!」


 彼の前に出て、とりあえず走るのを止めてもらった。


「あ、桜華お姉さん!」


 すると彼は、防人から逃げるように私に隠れた。いったい何がどうなってるわけ……?


「すみません。その子は防人で保護している子なのですが、突然逃げ出してしまって」


 追って来ていた男防人が言う。


「ほら碧斗くん、帰ろう」

「嫌だ! 僕思い出したんだもん!」


 どうやら帰るつもりは無さそうな碧斗くん。だけど、私としても、お母さんが見つかるまでは防人のところに居てほしいな……。防人に掌を向けて「待て」と暗に伝え、碧斗くんに話を聞いてみる。しゃがんで、碧斗くんと視線の高さを合わせた。


「思い出したって、何を? お姉さんに聞かせて?」

「あのね、僕、お母さんと一緒に()()()()したおじさんたち、見たことある!」

「……本当?」

「うん!」


 防人と目が合うと、向こうはこくりと頷いた。碧斗くんから話を聞く役割は、私の方が果たせそうだと判断したらしい。


「どこで見たの?」

「この辺りだよ。だから僕、走ってここまで来たんだ!」

「どんな人たちだった?」

「黒い着物の……一、二、三、四……五! 五人組だった!」


 黒い着物の集団なんて、町で頻繁に見かける存在じゃない。


「見たのは、いつ頃?」

「う~んと……お父さんが捕まった少し後だった」

「そっか、教えてくれてありがとうね」


 お母さんの()()に関する——かもしれない——情報が手に入った。だからって特定には至らないけど……。黒い五人組って、まさか七人御先の仲間じゃないよね。結局奴らの正体は分からないままだし、その可能性も考えておいた方が良いかもしれない。


「それじゃあ碧斗くん。とりあえず今は、防人のところに帰ろう?」

「やだ、やだよお姉さん!」


 彼は涙目で首を振る。


「僕、今すぐにでもお母さんに会いたいんだもん! お母さんのところに帰りたいんだもん!」

「碧斗くん……」


 家族に会いたい、家族のところに帰りたい。そんな願いを豪快に泣きながら吐露した少年に、私は何も言えなくなった。何故と言って、その想いは私も同じだからだ。困ったな……。


「ねえ、碧斗くん」


 不意に彼を呼ぶ声がした。最近ほとんど毎日、何ならつい先刻まで聞いていた声——神酒だ。


「あ、神酒お姉さん!」

「久しぶり。いい子にしてた?」

「えっと……あんまりいい子じゃなかった」

「あはは。まあ、元気ならそれもいいと思うよ」


 不思議に思い、立ち上がった。うわ膝痛い。


「神酒? 碧斗くんを知ってるの?」

「ちょっとした縁があってね。お母さんにもお会いしたことがあるんだ。それより、桜華こそ彼と知り合いなのかい?」

「私も、ちょっとした縁でね」


 偶然出会って偶然再会しただけの碧斗くんを通して、まさか神酒とつながる線があるとは思わなかった……。同じ奇跡でも、これは運ではどうにもならない。


「さて、碧斗くん」


 神酒がしゃがんで言う。


「お母さんは、絶対に私が助けるから。だから安心して、お母さんが戻るのを元気に待っててよ」

「……絶対?」

「うん、絶対」

「約束?」

「そう、約束。ほら、指切りしよう?」


 針千本飲~ます。そう言い、二人が契りを交わした。神酒は約束を守る人だ。こうなった以上、彼女は絶対にやり遂げるんだろうと思う。


「じゃあ、お母さんが戻るまで防人のところで待っててくれる?」

「うん! ありがとう、神酒お姉さん」


 元気良く返事した碧斗くんは、大人しく防人に引き取られてくれた。防人と少年が離れたのを確認し、神酒が呟く。


「相当寂しがってるね、碧斗くん」

「そうだね。私も、気に掛けてはいるんだけど」


 何なら、碧斗くんを防人に届けたのも、お母さんを探せと伝えたのも私だし。


「とは言っても、現状何の手がかりも無いよね——神酒?」


 神酒は何やら、深く考え込んでいる様子だった。私の呼びかけで我に返ったのか、慌てて口を開く。


「う、うん。そうだね……どうしたもんかな」


 今や友人となった神酒をあまり疑いたくはないけど、彼女はどこか、まだ何か隠しているような感じがする。


「桜華、とりあえず今日は解散しようか。また明日、闘技場で会えたら話そう」

「うん。じゃあ、また明日」


 今日の収穫は極めて大きい。神酒に勝ったという個人的な満足だけじゃなくて、裏闘技への行き方を把握し、しかも今一番八咫鏡に近い人物も特定できた。まあでも、それを打ち消すくらいの大きな謎が残ったけどね。どこへ消えちゃったの、碧斗くんのお母さんは……。

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