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【十一】運の他力本願

 次の日、巾着袋を持って廃屋を出た。甘味処で神酒と合流した私は、いきなりとある提案をする。


「今から、港町に行かない?」

「港町? まあ今日は夕方まで暇だからいいけど、いったいどうして?」

「どうしても何も、()()するためだよ」

「あはは、だろうと思った」


 甘味処から西に向かい、二人で暫く歩いた。そのうち海の匂いが濃くなってきて、待ちゆく人の活気は南西部の町とは桁違いに。


「ところでさ、港町でどんな勝負をするわけ? いつもの場所じゃできない内容ってこと?」

「いや、内容的にはどこでもできる勝負なんだけど……その前に、紹介したい人が居るの」


 話していると、ちょうど目的地に到着した。


「ここって……薬屋さん?」

「うん、正解。行こう、中に居ると思うから」


 何か警戒している様子の神酒。いやいやいや。私はなにも、神酒を薬漬けにしてどうこうって考えているわけじゃないよ。


「いらっしゃいませ。あら、薬袋のお友達の桜華ちゃんじゃない! こんにちは」


 店番をやっているのは、薬袋のお母さんだ。あんまり喋ったことは無かったけど、今の感じから察するに、薬袋の元気の良さはお母さん譲りなんだろう。


「こんにちは。薬袋ちゃんは……外出中ですか?」

「いいえ、家に居るわよ。今日は店番を休んでいるの。ちょっと待ってね」


 そう言い、お母さんは暖簾(のれん)を掻き分ける。すると唐突に、「薬袋!」と大きな声で叫んだ! 吃驚するくらいの大声だったから、間違いなく娘にも届いたであろう。それから数秒経ち、とんとんと、小さな足音が聞こえ始めた。


「薬袋、お友達が来ているわよ」

「お友達? あっ、桜華ちゃん!」


 暖簾の向こうから私を発見した薬袋は、まさに猪突猛進。一直線に向かってきた。物凄い威力の突進を受け止め、よしよしと宥める。猫ちゃんみたいだね。


「ごめんね、お休みなのに急に押しかけて」

「ううん、気にしないで。それより……」


 神酒の存在に気が付いたのか、薬袋は急に大人しくなって私の顔を見た。


「ああ薬袋。この人は私の恩——お友達の神酒だよ」


 恩人って言いかけたけど、やめた。また余計な心配させちゃうかもしれないからね。ただでさえ、先日、七人御先と戦って大いに心配を掛けたばっかりなんだから。


「神酒、さっき言った紹介したい人。友達の薬袋だよ」

「初めまして、神酒さん。薬袋といいます」

「初めまして、神酒だよ。あはは。薬袋ちゃん、そう硬くならないでよ。十個も二十個も歳が離れてるわけじゃないだろうし」


 打ち解ける時の常套手段なのか、神酒は私の時と同じことを薬袋に言う。


「うん。桜華ちゃんのお友達は、私のお友達って事で!」

「そうだね、よろしく薬袋」

「よろしく神酒ちゃん!」


 そう言い、二人は手を握り合ってきゃっきゃと盛り上がっている。君たち、適応力があり過ぎるよ。


「ところで桜華。どうして私に、薬袋を紹介したかったの? わざわざ港町に来てまで」

「それはね……ちょっと、三人で散歩しない?」


 お店に長居しても邪魔だろうから、二人を連れて少し歩いた。やがて到着したのは、薬袋との出逢いの地である川辺だ。


「神酒。薬袋を紹介したのは、()()してほしいからだよ。神酒と、薬袋とでね」

「「ええっ?」」


 驚き声の二重奏。神酒はまだしも、薬袋にとっては何もかも突然の事だったよね、ごめんね。


「桜華ちゃん、勝負って? 私、剣術なんてやったことないよ……?」

「落ち着いて、薬袋。勝負に使うのは剣じゃなくて、これだよ」


 巾着から、賽子一つと小さい御椀を出した。


「あはは。なるほどね、今日の作戦は他力本願ってわけか」

「そういうこと。いい?」

「うん、私は構わないよ」


 今日も今日とて、自信たっぷりといった様子の神酒。ふふん。その余裕あり気な笑み、いつまで保っていられるかな? 私はなにも、理由も無しに薬袋を選んだわけじゃない。第一、只他力本願なだけなら小町でもいいわけだしね。昨日の大敗北のあと、私はまた色々と考えた。その結果思いついたのが、()()()()()()()()()()()()()作戦だ。ちょっと前に、乾神社で薬袋と花札をやったことがあった。薬袋の引きは化け物で、私も小町も亡き二人の友人も、手も足も出なかった。完膚なきまでに叩きのめされたんだ。それを思い出し、じゃあ薬袋ならもしかしてもしかすると勝てるかも……と思って今に至る。


「薬袋、お願いしても良いかな?」

「うん! 桜華ちゃんの頼みなら!」

「あ、ありがとう……」


 満面の笑みで、迷う様子も無く受け入れてくれた薬袋。彼女の善意に甘えているようで、なんだか胸が苦しくなった。


「決まりだね。勝敗の決め方は、この前と同じでいいの?」

「うん。交互に振って、五回の出目の合計が大きい方が勝ち」

「仰せのままに。じゃあ、薬袋からどうぞ」


 賽子を、先攻の薬袋に手渡した。


「それじゃあ、投げるね」


 薬袋の第一投。均された土の上に置いた御椀の中で、ころころと転がる。さて、出目は——


「六だ、六だよ桜華ちゃん!」

「凄いじゃん薬袋!」


 いきなり六。やっぱり運が良いな、薬袋は。


「へえ、やるね。じゃあ、次、私の一投目ね」


 賽子が御椀に落ちた。


「四。悪くはないんだけど、薬袋が六出してるからなぁ」


 先ずは六対四。薬袋が二点勝っている。


「二投目ね、それっ…………五!」


 六と来て次に五。上限十二のところ、十一だ。強すぎる。


「ま~じで? これちょっとまずいかもね……ほらまずい、二投目も四だよ」


 十一対八。薬袋が順調に勝ち点を広げている。希望は持てるけど、やっぱり油断は禁物だ。なんてったって、私は四点差をひっくり返されてるんだから。


「じゃあ、三回目投げるね。…………ああ、三出ちゃった!」

「大丈夫だよ薬袋、落ち着いていこう」

「うん」


 これで薬袋は十四点。神酒が追いつくためには、ここで六を——


「あはは、六だ」


 ——引いてくるんだよね。なんとなく分かってたよ、神酒はいつもこうだから。十四対十四で、勝負は振出しに戻った。気になる薬袋の四投目は——


「あっ見て、六だよ桜華ちゃん!」

「おお! やるじゃん、凄いよ!」


 ここへきて六。薬袋の得点はこれで二十点だ。前回の私どころか、勝った神酒の十九点さえも、一投残して超えている。


「おっと、本当に強いね薬袋。次私は一を引いたら、絶対勝てないのか。おお怖い怖い」

「いいんだよ、残り二回とも一で」

「あはは、さすがに大丈夫だよ。……ほらね、五だ」


 二十対十九。残り一回で、薬袋が一点勝っている。勝ち確定ってわけじゃないけど、大いに期待できる。それに、次が五か六なら——だから、三分の一を引ければ——負けは無くなる。


「じゃあ最後、五投目いくね」


 これで薬袋の合計点が決まる。さあ、結果は——


「四。う~ん、どうだろう、微妙かな?」

「いや、安全圏ではあるよ」


 負け筋が残っているのは不安だけど……。さすがに神酒でもこんなに六ばっかりは——


「おっ、六じゃん。ついてる~」


 ……負けた。土壇場で六を引いて来た。最終結果は二十四対二十五。わりかし勝てそうだったんだけどな……。いや、違うか。私と賽子で勝負した時も、神酒は最後の一投で一点だけ逆転してきた。最初は負けていても絶対に勝ち確定にさせず、それでいて自分は六を出して劇的な勝利を収める。神酒は、そういう豪運の持ち主なのかも。


「ごめんね桜華ちゃん、負けちゃった」

「ううん、謝らないで薬袋。勝負はまだ、これからだし」


 巾着に入れてきたのは、賽子と御椀だけじゃない。


「次はこれ、花札ね」


 濡れていない場所を地面の代わりにして、半ば強制的に花札の準備を進める。


「花札なら、ちょっと自信あるよ」


 そう言い、笑う薬袋。


「薬袋、お花見しながらやった時の感じでお願いね」

「任せて!」

「先に言っておくけど神酒、薬袋は花札超強いよ。一対一の総当たり戦で、四人が薬袋に大負けしたんだから」

「へえ、それは手強そうだね」


 聞いているのかいないのか、神酒はいつもの軽い感じで笑いながら言う。


「三回戦で、得点の多い方が勝ちね」


 私の口からそう説明し、手札、山札、場札に分けた。そしてついに……いざ、対局開始。


——神酒 三光 あがり

——神酒 五光 あがり

——神酒 手四 あがり


 薬袋の全負け。三光——二十点の札三枚の役——はともかく、五光——二十点の札五枚の、一番強い役——まで揃えてきた神酒。そんで最後に手四と。これもう、運が良いとかの次元じゃないよ。あれだけ強い薬袋が、何一つ揃えられないんだもん。

「桜華ちゃんごめん、また負けちゃった……」

「気にしないで薬袋。神酒が強すぎるだけだから……」


 もはや、悔しいという感情さえも無い。何か圧倒的な力を前にしたような気分だ。例えば普通の人が伝説の棋士と対局して、負けたとしても「そりゃそうだよね」としかならない。そんな感覚だ。


「おや、巾着はもう空みたいだね」


 花札と、賽子、御椀を片付ける私を見て神酒が言う。その通り、それ以外は何も入れてきていない。故に万事休す——とはいかない。もう一つ、今この場所でできることがある。


「神酒。もう一つ、()()してよ」


 そう言い、私は神酒の方に寄った。薬袋に聞こえないよう、そっと耳打ちする。


「今から、薬袋に水切りをしてもらう。石が水面で何回跳ねるか当てるだけ。正解により近い数を言った方が勝ちね。私の予想は……八回」


 薬袋はいつも、七回か八回くらい跳ねさせて向こう岸まで到達させる。私が水切りを教えたのに、いつの間にか百発百中でそうなる達人へと進化していた。それはともかくとして、この予想勝負なら、私が有利なはずだ。


「八回とは大きく出たね、もしかして彼女、水切りの達人なのかい? ……そうだなあ、じゃあ、二回にしようかな」

「二回? まあいいけど。じゃあ早速」


 互いの予想を発表し、神酒の元から離れた。


「ねえ薬袋。一発だけでいいから、水切りしてくれない?」

「水切り? うん、いいよ」

「あんがと」


 薬袋が目線を落とし、適した石を探し始める。数秒ほどで、平たくて且つ持ちやすいものを見繕ったようだ。


「じゃあ投げるよ」


 右手で石を持ち、大きく構え——


「えいっ!」


 投げた。


「あっ」


 えっ何。


 薬袋の投げた石を目で追う。ぴょん、ぴょん、ぽちゃん。一回、二回、ぽちゃん。二回跳ねて落ちたね。……え、嘘でしょ?


「やっちゃった」


 そう言いながら、薬袋は可愛く舌を出した。


「あはは、二回だね。私の勝ち~」

「ぐぬぬ」

「えっと……ごめん、桜華ちゃん」

「しょうがないよ、薬袋だって神様ってわけじゃないんだし」


 薬袋でも失敗するんだね。猿も木から落ちる。薬袋の石も水に落ちる。などと新しい(ことわざ)を創造している場合じゃない。私は今、最終手段の勝負で普通に負けたんだ。ついでに言えば、今まさに、神酒に笑われている。


「さて、次は何で勝負するの?」


 煽るような口調で言う神酒。


「……今日は以上、かな」


 お金の表裏は、やるまでも無い。もう結果は見えているからね。


「そう。じゃあ、今日はここまでにしようか。あはは、他力本願でも駄目だったね」


 そう言い、神酒は去ろうとする。その背中に、私は叫ぶみたいにして声を掛けた。


「神酒!」

「ん? ああ、また明日甘味処でって言うんでしょ?」

「……ううん、次は明後日にしよう。明日一日、作戦を立てる時間にする」

「いいよ。じゃあ、明後日楽しみにしてるね~」


 付け焼刃みたいな策じゃ、絶対に勝てない。それは分かった。私以外の運が良い人の力を借りても駄目。何か、何か彼女の豪運を貫通する方法を考えないといけない。


「薬袋、今日はあんがとね。急だったのに」

「ううん、いいの。ごめんね、何も勝てなくて」

「お気になさんな。そうだ、帰りにお団子でも食べよう」

「うん!」


 甘い餡団子を食べて頭を活性化しても、やっぱり神酒に勝つ作戦は思いつかない。あの運、もはや人智を越えてるよね……。

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