【十】下手ななんちゃら数撃ちゃ当たる
翌日。すっごい眠い。考え事をしていたら、いつの間にか太陽が昇っていた。麗しいお肌が荒れないよう祈りながら、今日も今日とて甘味処へ向かう。
「おはよう桜華……って、どうしたのその顔」
「おはよう神酒。ちょっと……眠れなくてね」
「それは大変。ちょっと前に私も眠れない時期があったけど、体調とか色々と大変だったよ。今日は帰って休んだ方が——」
「いや、勝負しよう!」
まるで何かに取り憑かれているみたい。自覚はある。呆れたように笑う神酒を見るに、きっと彼女も同じことを思ったんだろうね。
「今日は何するの?」
「えっと、今日はね……」
何なら神酒に勝てるか、それを一晩中考えていた。私が一般的な水準より優れた腕を持っていて、かつ運要素が含まれない勝負。一夜漬けで考えた結果、得られた答えは「そんなものは無い」だ。そう、無い。だったらどうするか。
「そうだなあ……。ほら神酒、あっち見て」
道端を指さして言った。
「うん?」
「あそこに、魚をめぐって喧嘩してる猫ちゃんが居るでしょ?」
私の言葉通り、三毛猫と黒猫が一尾の魚の奪い合いをしている。川に居たのを狩ったのか、魚屋さんから盗んできたのかは定かじゃない。数秒ほどで神酒は私の意図を察したらしく、「ああ、そういうこと」と呟いた。
「どっちが魚を勝ち取るか、喧嘩の結果を予想するってわけね」
「ご明察」
今日私が神酒に仕掛けるのは、複数の小さい賭けだ。運要素の無い勝負が見つからないなら、いっそのこと、正々堂々と運で競ってしまおう。本末転倒に思えるかもしれないけど、あれこれ頑張って苦労の末に負けるくらいなら、こっちの方が効率的でしょ。
「発想を変えたんだね。じゃあ、早速賭けよう。早くしないと、決着しちゃうかも。勿論、先攻は桜華でいいからね」
「よ~し、じゃあ……三毛猫に賭けようかな」
あの三毛ちゃんは、喧嘩相手の黒猫より幾分か体が大きい。賭けた理由はそれだけだ。
「じゃあ私は……」
迷っている風に口を開く神酒。黒猫以外に選択肢無いけどねと、そう思っていた私は雷に打たれる。
「そんじゃ私は、一か八か、どっちでもないに賭けるよ」
「え?」
「ほら、首傾げてないでちゃんと見てな。じゃないと見逃すよ?」
二匹は暫く、お互いの顔や頭をばしばし叩き合った。それでも譲らないんだから、よっぽどお腹が空いてるのかな。喧嘩は、今のところ三毛ちゃんが優勢に見える。やっぱり、大きな体格から繰り出される打撃は効くらしい。
「おっ、絡み合った!」
黒猫が三毛ちゃんにとびかかったのを見て、興奮した様子の神酒が言う。さすが裏闘技の常連客、熱い戦いで盛り上がっているみたいだ。二匹は絡んだまま彼方此方へと転げまわり、魚から離れていく。その時——
「うわ、何っ?」
猫ちゃん同士の戦いに集中していた私の視界に、突然、大きな白い何かが飛び込んできた。何かと思ってよおく見ると、その正体はでっかい白鷺だった。ああ吃驚。
「桜華見て、魚が!」
神酒が叫んだ。私の寿命を削った憎き白は、地面に放置されていた喧嘩の元を拾い、その場で飲み込んでしまった。
「ええ……そんな事、ある?」
呆気にとられれる美少女と猫ちゃんたち。魚は三毛ちゃんのものにも黒猫のものにもならず、乱入者が横取りした。それすなわち、どっちでもないが正解ということになる。
「あはは、私の勝ちだね」
「なんで当たるの……?」
「何となく、かな」
そう言いながら神酒は腕を組み、微笑みながら立ち去る猫ちゃんたちを見送っていた。
「ほら、私運が良いから」
「……うん、知ってる」
圧倒的な豪運に圧し潰されそうだけど、大丈夫。これしきの事で勝てるなら苦労はしないって事は分かってた。つまり敗北は想定内。
「神酒、ちょっと歩かない? 甘味処に毎日通ってるんだから、たまには運動しないと」
「そうだね。桜華のかわいい顔が丸くなる前に」
「なんで他人事なのよ」
暫く西の方に歩いていると、大きめの長屋がいくつもある地域に出た。商いが捗るのだろうか、お豆腐とかの食べ物や、紙やら炭やら日用品の歩き売りが盛んに行われている。そんな場所の狭い往来で、男の子が二人睨み合っている。薄灰色の着物の子と、紺色の着物の子だ。二人とも刀に見立てた細い棒を構え——
「はじめ!」
紺の子が合図し、なんとその場で斬り合いが始まった。よし、ちょうどいいからこの試合を使わせてもらおう。
「神酒。どっちの子が一本取るか、勝負しようよ」
「いいね、面白そう」
どうやら神酒は、何かしらの戦いを使った賭けが好きみたいだ。猫の喧嘩でもいいのは、ちょっと驚きだけど。
「じゃあね、どうしようかな……。よし決めた。私は、親御さんが怒って試合中止に賭ける」
「ふうん、私の真似か。そうだなあ、じゃあ、紺色の子に賭けようかな」
こま揃いました。少年たちは尚も、「やあ」「やあ」と元気に声を出しながら打ち合っている。青が打ち、灰が受け流す。体勢が崩れた青に「め~ん!」と、今後は灰が打った。
「そ、そこで反撃!」
思わず大きな声を出してしまった私。だけどその想いは届かず……。
「おっ、やりぃ!」
興奮気味の神酒。怒った親御さんが現れることはなく、灰色の子が普通に一本取って終わった。青の子は「や~ら~れ~たぁ~」と、右足を軸に回転しながら倒れる。あれ、殺陣だったっけこれ。
「やった、今度も私の勝ちだね桜華」
「悔しい……。普通に、どっちかの子に賭ければよかった」
「あはは。第三者の介入なんて、そう頻繁に起こるもんじゃないよ」
逆に言えば、稀に起こるって事だ。その稀を、神酒はさっき当てている。運の格の違いを思い知らされるよ、まったく。
また暫く散歩していると、鐘が鳴った。神酒がもう行く時間になってしまったのだ。
「どうかな桜華。お金の表裏に賽子、花札、それと今日の二つ。さすがにもう懲りた?」
私は神酒に、すでに五連敗している。だけど私は、こんなことで諦めるわけにいかない。だから——
「全っ然!」
「本気……? なにその無限に湧き出る気概。どんだけ知りたいのさ。そのわりには、如何様も何もしてこないし」
無言でまっすぐ神酒の目を見る私。毎度の如く、神酒は呆れたように溜息を吐いた。
「はいはい分かったよ。じゃあ、明日も甘味処でいい?」
「うん。あっちょっと待って」
「なに?」
私は何も言わず、半ば強引に神酒の手を引き、二人で路地に入った。
「時間はかからないから、最後にもう一回だけ勝負してよ」
何が何だか分からないといった表情の神酒。まあ当然か。だって何も言ってないもん。彼女は視線で、「説明してよ」と暗に求めてきた。
「次にそこを通り過ぎる人間が男の人か、女の人か」
「あはは。凄いね、日常生活の中から賭博を見出す才能があるんじゃない?」
「なにそれ……」
そんな才能要らない。
「そんな事より……さっさと賭けちゃうね。私は男の人が通ると思うな」
根拠は単純で、商人が沢山いたから。商品を持って歩くには、商品にもよるけど、大抵は屈強な体が必要だ。お豆腐屋さんなんかは、水の入った重い桶を持って歩く必要があるしね。もちろん女の人もいるけど、ここでは少しでも数が多い方を選んだ方が良い。
「じゃあ私は女の人ね」
路地から、二人して往来を睨むように観察する。大きな通りのくせに、こういう時に限って、なかなか誰も通らない。人の気配がしたのは、体感で数分経った頃だ。
「足音がする」
神酒が呟く。ざっざっと、草履と地面の擦れる音が聞こえた。加えて声も聞こえ始める。左からだ。
「生ごみ~、生ごみを回収いたします~。野菜くず、魚の骨などございましたら、お声掛けください」
「ほら神酒、男の人が通るよ!」
男の人の横顔まで見えた。これはもう絶対勝てる。今度こそそう確信した私は、神酒に向かって小さな声で叫んだ。だけど神酒は、またしてもあっけらかんとしている。
「それはどうかな?」
神酒がそんな事を言いながら、私を嘲るかのように笑った瞬間。
「野菜くずありま~す!」
遠くからそう聞こえた。生ごみ回収の男の人はその場で足を止め、むしろ引き返して路地からは見えなくなった。話し声は聞こえてくるから、すぐそこで商い中なんだろう。
「ほら桜華」
その隙に、杖を突いた全白髪のおばあちゃんが左から右に——しかも、超ゆっくり——通り過ぎていく。
「女性だったね、私の勝ちだよ」
「待ってよ神酒。先に路地に差し掛かったのは、男の人だったじゃん」
「そうだね。先に差し掛かったのは、確かに男の人だった。だけどこの勝負って、先に通り過ぎる人間は男女どっちかって話でしょ?」
ぐぬぬ。何も言い返せない。最初の説明で、私は確かにそう言った。言ってしまっていた。言葉選び次第では勝っていたかもと思うと、捕まるくらい大暴れしたくなる。
「残念でした。じゃあ、遅れるとまずいからもう行くね」
軽やかな足取りで路地を出て行く神酒。ふと、何やら止まって顔を私の方に向けた。
「今日のは、下手な何とか数撃ちゃ当たる作戦?」
「……まあ、そんなとこ」
「やっぱね。でも、それじゃ私には勝てないよ」
三回勝負して、それは言われるまでも無く痛感している。仮にもっと時間があったとしても、私の黒星が増えるだけだろうね。
「明日はもっと、工夫した作戦を持て来てよね」
それだけ言い、神酒は手を振って町の中へと消えた。工夫って言われてもねえ。大きな勝負を一回やるんじゃなくて、小さな勝負をいくつもやる。一睡もせずに考えて、私なりに工夫したつもりだったんだけど、通用しなかったか……。




