【九】花合わせ梅四つ
翌日。私は港町であるものを買って、約束の甘味処に足を運んだ。長椅子に座って待っていると、もう聞き慣れた声がする。
「毎日毎日甘味処。私たち、近いうちに牛になっちゃうかもね、あはは」
「来たね、神酒」
「昨日はなかなか楽しめたから、今日も期待してるよ」
どこか……というまでもなく、神酒は私とただ遊んでいるだけって感じだ。こっちは必死にやってんのにさ。
「今日は……これで勝負しよう」
力を込めて言いながら、神酒との勝負に使おうと思って港町で買った——安物の——花札一式を懐から出す。
「へえ」
花札はお金の裏表と違って、五分五分の勝負じゃない。賽子と違って六分の一でもない。もっと、もっともっと、もはや分からないくらい複雑だ。いくら相手が豪運だって、これなら私でも戦いようがあるはず。
「いいじゃん。純粋な運だけの勝負じゃ勝てないから、駆け引き要素を入れてきたってことね」
「それもお見通しか」
大丈夫、心を乱す必要はない。今のくらいは想定内だ。
「どういう決まりでやるの? あんまり長引くと困っちゃうんだけど」
「じゃあ……今回は三回戦にしようか。単純に、合計点の高い方が勝ち」
「分かった、それでいいよ」
勝負を仕掛けた私が試合の準備をする。花札は、特定の札を集めて役を作る遊びだ。札は睦月から師走までの十二種類あって、各月には特有の花が割り当てられてる。例えば如月は梅、弥生は桜……って感じにね。各月の札はそれぞれ四枚ずつあり、そのうち二枚——霜月だけは三枚——には花に加えて短冊とか動物とか、特別な絵が付いている。その札たちを山札、手札、場札に無作為に分けて試合開始。場札は自分と相手とで共有、手札は相手に公開しない。手札と場札に同じ花の札があれば、自分の番の時に回収できる。その後、山札から一枚捲って場札に加えるんだけど、この時、捲った一枚と場札に同じ花があれば二枚とも回収できる。場に同じ花の札が複数あったら、どれか好きなのを選んで回収。こうやって札を集め、役を作るってわけ。複雑そうに見えて、一回覚えちゃえば何てことはない。
「じゃあ始めよう。親は——」
「いいよ、桜華が先に親やりな」
親は先攻だから、ちょっとだけ有利。三回戦だから、一回ずつ親を交代したら私が二回先攻になってしまう。神酒はよっぽど自信があるみたいだ。
「というか今後、何時如何なる勝負でも君に先攻を譲るよ。あはは。昨日も言ったけど、負ける気しないからね」
畜生こやつ、今日も勝つ前提でいやがる。その自信に満ち溢れた顔を——おっと、目的を忘れるところだった。何も、神酒を懲らしめるためにやってるんじゃない。情報を教えてもらうための条件が、勝負で勝つことってだけのはず。危ない危ない。
「じゃあ遠慮なく、私からね」
「どうぞどうぞ」
手札と場札を見比べる。手札には「牡丹に蝶」と「萩に猪」がある。場には「紅葉」があるけど、これは只の紅葉じゃなくて、青い短冊の絵札だ。それ以外はカス札ばっかり。いや、カスっていうのは私個人としての悪口じゃなくて、絵が付いていない花だけの札ってことね。
「じゃあ、これ貰っちゃおうかな」
手札の猪で、場に出てる萩の赤短冊を回収。山札からは梅のカスが出て、場にも同じのがあったから回収する。よし、とりあえず四枚獲得できた。
「はい、神酒の番」
「う~ん、どうしようかな。最初が肝心だからね、こういうのは」
悩んでいるような口ぶりで、神酒は迷いなく手札から一枚とって場に出した。牡丹のカスだ。場に牡丹は出ていなかったため、何も獲得せずに山札を捲る。菖蒲のカスを引き、場にあった菖蒲の赤短冊に当てがって持っていった。
「はい、どうぞ桜華の番だよ」
「うん。じゃあ——」
迷いなく、私は手札の蝶を出した。さっき神酒が捨てた牡丹のカスを使って回収。一回深呼吸をしてから山札に手を掛ける。鹿出ろ、鹿出ろ、鹿出ろ……! 丁半で壺が退かされる時ぐらい強く祈りながら一枚捲る。鹿出ろ!
「鹿出た!」
本当に鹿が出て、思わず叫んでしまう。
「おお、ついてるね~」
その鹿と、場にあった紅葉の青短冊を合わせて頂戴する。そして——
「あがり!」
猪鹿蝶という役が出来上がった。この役は読んで字の如く、猪と鹿と蝶を揃えたもの。先ずは五点先取。いいよいいよ、いい感じ。
「へえ、やるじゃん。じゃあ、次は私が親ね」
札を混ぜて配り直し、第二試合が始まる。親の神酒は、今度も迷う様子を見せずに、手札から「芒に雁」を出した。芒のカスを回収し、山札の捲りで「藤に不如帰」と藤の赤短冊を持って行った。一手で色々と持っていかれている。ちょっとまずいかも。
「まあいい感じかなあ。はい、私の番は終わり」
「はいよ。さ~てどうしようかな……」
一回戦目の手札が良かった反動か、今回は微妙だった。悪いってわけじゃないんだけど、直接勝ちに行くってことは出来なそう。純粋な運での勝負は避けたいけど、ここは山札に期待するしかない。
「とりあえず、こうかな」
手札にあった牡丹のカスで、牡丹の青短冊を回収した。山札の運は駄目駄目で、何も回収できない。
「う~ん、青短の邪魔しちゃおうかな」
意地悪。神酒は微笑みながら、手札から「紅葉に鹿」を出し、場から紅葉の青短冊を持って行った。青い短冊の札は三枚しかないから、青い短冊を三枚集めるって役は潰されてしまったことになる。
「そんで山札は……あはは、燕だ。も~らいっ」
神酒は燕と一緒に、柳の赤短冊を持っていった。二回戦目はかなり押され気味だな……。しかも最悪な事に、私の手札と場札で共通する花が無い。手札から何か場に出して山札に期待するしかないっていう、悲しい状況になっている。
「え~っとね……」
悩むなあ。何を出しても、神酒のあがりを支援する形になってしまうような……いや、例外が一つあるか。桐のカスだ。これだけは、今棄てて自分で回収できなくても、神酒のお手伝いにはなりにくい。神酒の手元には動物の絵札が集まってるけど、桐にはそれが無いからだ。という訳で、場に桐のカスを出した。
「あ、山札も桐だ」
引いたのは、棄てたのと同じ桐のカス。カスってかわいそうな呼ばれ方だけど、彼等だって十枚集めれば役になる。
「よ~し、ここいらで上がっちゃおうかな」
神酒が言った。彼女が場に出したのは、菊のカス。回収できる札は場に無い。
「え? どうして……」
神酒の言葉と行動に繋がりを見出せず、私は分かりやすく動揺した。いったい、どういうつもり?
「うん? 今こそ、幸運を発揮する場面じゃない? さあ見てて桜華、当たりが出ることを祈って——!」
山札が一枚捲られ、柄が明らかになる。
「う、嘘でしょ……?」
出たのは、「菊に盃」だ。
「はい、あがりっと」
「くう、やられた」
神酒が作ったのは、十点札——雁とか鹿とか燕とか——を五枚集めるタネっていう役。私の青短を邪魔するっている遊びをしながらも、着実に揃えてたってわけね。最後のは完全に運だけど。
「でもほら、タネはたったの一点だから、まだ桜華が四点勝ってるよ」
「昨日、四点差から一気に逆転されたんだけどね」
「あはは。そういえば、そうだったね」
さて、次は三回戦。神酒が私に勝つためには、五点以上の役を作らないといけない。一方、私は一点でもいいから何か揃えれば勝ちだ。普通に有利なまま迎えた最終戦、果たして手札は——
「んっ!」
思わず口角が上がり、声が漏れてしまう。それくらい、今の状況において完璧な手札だった。というのも、「桜に幕」と「芒に月」が手札にあるのだ。この二つのうちどっちかと「菊と盃」の二枚だけで、花見で一杯または月見で一杯という五点の役ができる。しかもその「菊に盃」は場に出ているし、手札には菊のカスがいらっしゃる。そんで、今回の親は私だから初手で確実に盃を回収可能。なにこれ、絶対勝ちじゃん。
「ふふ。じゃあ神酒、私から始めるね」
勝ちを確信しているため、私の声は既に喜びに満ちている。いやあ、手こずった。でもこれで、やっと裏闘技の情報が手に入るね。そう思うと、にやにやせずにはいられなかった。なんて、調子に乗っていた私だけど……。
「ああごめん、桜華」
「なに? もう行く時間?」
「いや……手四だ」
「え?」
「手四。ほら、確認してくれる?」
そう言い、神酒は自分の手札を大公開。右から順に梅、梅、梅、梅。四枚の梅——だから如月の札全部——が彼女の手札に揃っている。それが何なのかと言うと、役だ。配られた手札に同じ月の札が四枚揃っていると、対局を始めるまでもなく問答無用であがりとなる。しかも最悪な事に、この手四は六点の役なんだよね。
「えっ、まじで手四じゃん」
「まじで手四だよ」
「ってことは……五対七? 私の負け?」
「そうなるね」
最悪すぎ。
「ええ! 今日こそ勝てそうだったのに!」
人目も憚らず、甘味処でそう叫んだ私。恥ずかしくてその直後に冷静になり、神酒と目を合わせた。一方で彼女は、余裕の笑みを浮かべている。
「あはは。始める前にも話したけど、花札を選んだのは、駆け引き要素を入れて純粋な運勝負を避ける……って意図なんだよね?」
「そう」
「いい作戦だったと思うよ。でも、手四っていう役がある以上、駆け引きもへったくれも無く運で勝てちゃうんだよね~。それに、二回戦目のタネも駆け引き無く揃ったわけだし」
ぐぬぬ。そんな事されたら、勝ちようがないじゃん。
「じゃ、今日も用事があるから。どうする? また明日も遊ぶ?」
「遊ぶ! 明日こそ、明日こそ……!」
「……あはは、分かったよ。じゃ、いつも通りここでね」
そう言い、神酒は甘味処を去る。今日も勝てなかった。駆け引きのある勝負を持ち掛けても駄目なら、運要素が皆無の勝負をするしかないのかも。つまり将棋とかそういうのだけど、将棋のやり方なんて一寸も知らないんだよね。今から勉強したら……情報を聞けるのは何年後になるかな。




