【八】五回の出目の和
その翌日。一年くらい前だったかな……暇つぶし用に買った「賽子」が廃屋にあった。それを持って甘味処へ。到着してお客の顔ぶれを見ると、その中に既に神酒が居るのが見えた。またお団子を食べている。
「神酒……。来てくれたんだ」
「うん。まあ、通り道だからね。で、今日は何して遊んでくれるの?」
余裕そうに笑いながら言う神酒。今に見てなよ、吠え面かかせてやるんだから。
「これで勝負しよう」
持ってきた賽子を神酒に見せた。お団子を噛みながら、彼女はそれを手に取った。一面一面を見たり、太陽光にかざしたりしている。
「普通の賽子だね」
「勿論、如何様なんてしないよ」
神酒が正々堂々と戦うなら、私もそうする。仮に如何様をしたとしても、なんかすぐにばれそうだし。
「へえ、良い心がけだね。それで、この賽子で何するの? 双六でも用意してきた?」
「ううん、勝負はもっと単純。交互に振って、五回の出目の和が大きい方が勝ち。引き分けたらやり直しね」
たった一言で終わりの説明を聞いた神酒は、「ふん」と口角を上げた。自信満々って顔に見えるけど、昨日のようにはいかないよ。
「なるほど。五分五分の勝負で大負けしたから、今度は六分の一に下げてきたってわけか。考えたね」
「じゃあ早速だけど、私から振るね」
神酒の手から賽子を奪うように取り、長椅子の上に転がした。一回目の出目は——
「五!」
悪くない。寧ろいい方だ。軽い威嚇になったかなと満足していると、神酒は笑いながら「へえ、やるじゃん」と賽子を取った。悔しい事に、あんまり効いていないように見える。
「じゃ、次は私ね。ころころ~」
神酒の手から落ちた賽子は椅子の座面に落ち、数回跳ねてから動きを止める。
「う~ん、三か」
よしよし、先ずは私の二点勝ち。いいよ、この調子で二回目——
「あっ、また五だ!」
「へえ、なかなかついてるね桜華」
二回投げて、上限十二のところ十! 昨日の大負けが嘘みたいに、今日は調子が良い。さて、気になる神酒の二回目は……
「ありゃりゃ、私の方はからっきし駄目だね」
一だ。これで私の六点勝ち。いいね、最高。まだ二回だけど、既に希望が見えきた。さあ、私の三回目は——
「三か、絶妙だなあ……。はい、神酒の番」
「よ~し頑張ろう。まあ、努力でどうにかなるもんじゃないけど……ねっ!」
神酒の放った賽子が動きを止める。出目は——
「四ね。まあ、ぎりぎり上位の出目だからよしとするよ」
ここまでで十三対八。現状、私が五点も勝っている。残る勝負はあと二回。勝てるかもしれない。裏闘技について聞けるかもしれない。そして何より、八咫鏡に近付けるかもしれない。そう思うとやばい、興奮してきた。
「さあ桜華、四回目をどうぞ」
負けてるっていうのに、神酒は未だ楽しそうだ。まったく、強がっちゃって。彼女から賽子を受取り、振った。出目は四だ。
「ふうん、やるね桜華。今日はどうしたの? 昨日が特別ついてなかっただけとか?」
「さあ、どうだろうね」
「まあでも、私もまだ負けが決まったわけじゃ……ないけどさ! おっ、五じゃん!」
十七対十三。残り一回で、私が四点も有利な状況だ。欲を言えば六点差をつけて勝ち確定にしたかったけど、さすがは幸運の神酒だね。
「じゃ。私の五回目いくね。それっ……!」
六面体が座面で転がる。ころころころころと顔を変えながら、動きが鈍くなっていき……やがてただ一つの面とお天道様が対面する。
「えっ嘘、やばい……!」
最後の最後に、私は一を出してしまった。私の出目の和はこれで十八と確定。神酒は四回で十三だから……私の勝ち筋が潰えたわけじゃないか。寧ろ、追い詰められているのは神酒の方。何故と言って、彼女は最後の一投で六を出さなきゃ勝てないわけだからね。
「さ~て桜華。運命を決する一投、いくよ!」
四以下、四以下、四以下! お願い神様、一生のお願い。後生だから——
「あはは、見てよ桜華。六だ」
「ま、まじで……?」
「まじだよ、まじ。ほら、よおく見てごらん」
一、二、三、四、五、六。二、四、六。確かに、六つの点が上を向いている。つまり勝負の結果は……
「十八対十九。あはは、桜華。一点差で私の勝ちだね」
「嘘だ……。ずっと私が優勢だったのに……」
「残念でした~」
序盤は私の方が出目が大きかった。三回目くらいから神酒の出目が大きくなり始め、逆に私は小さくなって……最後には逆転。まるで運が吸われているようだと、一粒万倍に居たおじさんの表現が、誇張でも何でもなかったことを実感させられた。
「ねえ神酒、もう一回、もう一回勝負しない?」
「何回やっても同じだってば。それに、用事があるから、私もう行かないと」
「じゃあ、また明日も!」
「うん?」
「また明日も、勝負させて!」
神酒は呆れたように「はあ」と溜息を一つ。
「懲りないね~。まあいいけど、負ける気しないから」
「明日こそは、絶対勝つから!」
「あれ、昨日もそう言ってなかった?」
ぐぬぬ。
「と、とにかく! 明日も来てよね!」
「御意御意、仰せのままに」
そう適当な返事をして、神酒は町へと消えた。彼女を尾行すれば、そのうち裏闘技にたどり着くんじゃないか。そう思ったけど、やめた。真っ向勝負で神酒に勝って情報を引き出したい。散々煽られた私は、そんな風に意地になっているのかもしれない。




