【七】運も実力の内
「そんなに知りたいわけ? どうしても頼みたいって顔してるけど」
「知りたいよ。そのために、ここ数日あっちこっち奔走してるわけだし」
そりゃ、喉から手が出るほど情報が欲しいからね。神酒はさっき、私に「最後の頼みの綱が潰えたみたいな顔」って言ったけど……今もまさにそんな顔になっているだろうと思う。
「う~ん、しょうがないな……。じゃあ条件付きでなら教えてあげてもいいよ」
「条件?」
「そう、条件」
家事やれとか、草むしりしろとか、その程度ならお安い御用。夕飯作れ……ってのは止めてね。食材が勿体ないから。
「どんな?」
「そうだなあ……じゃあ、私と勝負して勝ったら教えてあげる。十回お金を投げて、十回連続で裏が出たら私の勝ち。一回でも表が出たら桜華の勝ち。どう?」
どうもこうも、そんなに私有利でいいのかって心配になる。神酒は表裏五分五分の試合に十回連続で勝たなきゃいけない。それって千回に一回くらいの珍事だよね? ここに丁半七連続負けの女が居るけど、今回はそれより三回多いわけだし、あんな大敗は滅多に起きやしない。
「分かった。一回でも表が出たら教えてもらうよ。約束だからね」
「りょ~かい。さあ、一か八か——」
神酒によって弾かれたお金は、くるくると回転を帯びて高く上がる。数秒後には逆に落ちてきて、神酒の手の甲へ。
「さ~て、結果は……あはは、裏だね。まずは私の一勝」
「さあ、次!」
まだだ、まだ焦るな桜華。勝負はあと九回もある。そのうち一回でも表が出ればいいんだ。大丈夫、絶対勝てる。そう自分を鼓舞する私を嘲笑うかの如く、二投目も裏だった。
「ふう、怖い怖い」
怖いなんて言いながら、神酒は余裕そうに笑っている。続く三投目も裏。異常だ。この条件で私の方が焦燥に駆られるなんて、どう考えてもおかしい。
「はい、よ~ん!」
お金が神酒の手を目掛けて落ちた。結果は——
「あはは、今度も裏だね」
「まじで言ってる……? でで、でも大丈夫、まだ六投残ってるし」
「そうだね。じゃあ次、はい五!」
跳んだお金を目で追った。回転しながら太陽光を反射したそれは、私の瞼を私の意思とは無関係に閉じさせる。
「またまた裏でした~」
「待って、おかしい。そんなのおかしいよ!」
六投目に進もうとする神酒の手を、私は反射的に止めてしまった。五回連続で裏が出ている——だから、私は既に半分負けている。十回中、たった一勝すればいいだけなのにだ。……神酒は、何か如何様をしてるのかも。そう疑った私は、彼女が投げているお金を半ば強引に奪った。
「次からは私が投げてもいい?」
どんな小細工か知らないけど、これなら何もできないでしょ。
「変わらないと思うけど……いいよ、残りの五回は桜華に投げさせてあげる」
「えへへ、後悔しないでよ? はい、ろ~く」
お金が宙を舞う。落ちてきたところを、蚊を潰すみたいに捕まえてやる。さて結果は……
「六回目も裏、だね。あはは、私の勝ちが見えてきたよ桜華」
「……たまたまでしょ。はい、な~なっ!」
七投目も裏。まずいあと三回だ。いや、落ち着け。慌てるには早い。何故と言って、五分五分を七回連続で外すのは経験済みだからだ。こんな短期間で、もう一回やるとは思わなかったけど……。とにかく、まだここから八、九、十がある。
「八!」
……裏だった。勝負はあと二回で、そのどっちかが表ならいいだけ。じゃあ九投目……っとその前に。
「ねえ神酒、違うお金を使ってもいい?」
「ん? うん、まあいいけど」
これまで裏しか出しやがらなかったお金を神酒に返却し、私のなけなしのお金を巾着から取り出した。
「きゅ~うっ!」
私のお金を私が投げる。これで神酒は如何様のしようがない。だから次こそは——
「う、嘘でしょ……?」
また裏だ。
「あはは。次で決まるねぇ桜華」
全身に嫌な汗が滲む。普段なら絶対「ほら汗ばむ美少女だぞ喜べ」とか言うだろうけど、今に限っては、そんな余裕は微塵ほども無い。あと一回だ。
「じゅ、十!」
投げた。お金はくるくると回転しながら舞い、頂点まで達して落ち始める。落ちてくる、落ちてくる、落ちてくる。九回目までより少し高い場所で、お金は私の手の中へ。もう結果は出た。あとはお金を覆っている手をどかして観測するだけ。でもそれが怖くて、なかなか手を動かせない。
「ほらほら、ここで粘っても結果は変わらないよ~?」
「わ、分かってるけど……」
恐る恐る、ゆっくり、蝸牛みたいに結果を——
「——あはは」
神酒は不敵に嗤う。
「十回目も裏。あ~あ、私の勝ちだね桜華」
「そんな、あり得ないよ……十回連続で裏? そんなことある?」
「あるんじゃない? 現に、今起きたわけだし」
信じられないという気持ちと絶望と、意気消沈。何か悪い夢を見ているかのような気分だ。
「じゃ、約束通りあの場所については教えてあ~げない」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん? 勝負の結果が不服かい?」
いつの間にかお団子を完食していた神酒。空いたお皿を持って立ち上がり、顔だけ私の方に向けて言う。
「……そういう訳じゃないよ、負けは負けだし。だけどせめて、どんな如何様をしたかだけ教えてくれない? 私が私のお金を投げても裏しか出なかった。いったい、何をしたの?」
神酒は軽快に「あははは」なんて笑いながら振り返る。
「如何様なんてしてないよ。正々堂々、真っ向勝負で十回連続裏を引いただけ。言ったでしょ? 『私、運が良いからさ』って」
「いくら運が良いって言ったって、こんな滅茶苦茶な——」
「私ね、桜華。今みたいな賭けも、賭場での遊びも、富籤も、只の一度も負けたことないの」
「……え?」
「負けられないって表現した方が、より正確かも。あはは。そんなんだから、一粒万倍の人にちょっと警戒されるんだけどね」
もしかして、前にお客のおじさんが話してた化け物って……。だとしたら私は、とんでもない相手に挑んでしまったのかもしれない。
「じゃ、お腹も膨れたし私は帰るね。結構楽しかったよ、桜華」
神酒はまた背中で私と対面し、お皿を返しに向かった。行ってしまう。現状、唯一の希望である神酒が行ってしまう。次いつ会えるか分からないのに。そもそも、また会えるって保障も無いのに。初対面だって、そして今日だって只の偶然だ。そう思うと、私は大人しくしていられなかった。
「神酒!」
「……まだ何かあるのかい?」
お皿を持ったまま、神酒は足を止めた。だけど振り向いてはくれない。私はそこへお構いなしに言う。
「また明日、ここで待ってる。同じものを賭けて勝負してよ。今度こそ勝つから、絶対に来てね」
「へえ、それは楽しみだなあ」
「じゃあ——」
「ま、気分次第かな」
そう笑うように言い残し、神酒は振り返らず手を振って歩いて甘味処を去った。陽が傾いてきている。私もそろそろ、帰らないと。




