【六】恩人との再会
翌日も一粒万倍に足を運んだ。裏に忍び込むとかの無茶はもうしない。だけど、裏闘技について知るには、やっぱり賭場のお客に聞くのが一番だと思うから。というわけで、丁半の客として入ったけど——
「丁!」——イチロクの半! 負け。
「半!」——サンゾロの丁! 負け。
「半!」——サンミチの丁! 負け。
——あり得ない。
「ははは。お嬢ちゃん、相当運が悪いな」
勝ちを諦めて部屋を出たところで、賭場に馴染みきっているお兄さんに言われた。笑いながら。笑い事じゃないよ、全っ然。しかも、そのお兄さんは結構勝ってるから一層むかつく。
「このままじゃお嬢ちゃん、身包み剥がされちまうぜ? おっと、剥がれたら、それはそれで金になりそうだが」
きも。
「私のあられもない姿の見物料なんて、一粒万倍を何京個売っても払いきれないよ」
「お、おう……そうかい…………」
制圧完了。黙らせたところで、今度は私から彼に声をかける。
「ところでお兄さん。この一粒万倍に、裏でやってる闘技場が在るって話聞いたことない?」
「は? 闘技場? 何と何が闘うんだ? 牛と熊とかか?」
「噂じゃ人間同士みたいだけど」
お兄さんは驚いたように目を丸くし、少し震えた。すぐに元の感じに戻ったかと思うと、頭を振る。
「いや、知らねえよ。そもそも、そんなのお国が許さないだろ?」
「うん。こっそりやってる、違法なやつらしい」
「へえ……。って、お嬢ちゃんは防人か何かなのか?」
何か疚しい事でもあるのか、私を防人と疑う彼は、少し身構えるような格好になった。
「違う違う。ただ、個人的に気になってるだけ」
「そうなのか。何か、変わったお嬢ちゃんだな」
「……知らないなら大丈夫。ごめんなさい、変なことを聞いて」
お兄さんの他にも、一粒万倍の中で何人かに同じことを聞いてみた。だけど、誰も闘技場については「知らない」という。まあどう考えても違法だし、知ってたとしてもそう答えるよね普通。
「つまり、他人から情報を得るのはほぼ不可能。鴨脚に話しちゃった人みたいな、口が軽すぎて風に飛ばされそうなのが居ない限り……」
ぶつぶつと小さな声で整理しながら、賭場を出る。換金してもらった木札は、涙が出るくらいの額だった。これが本当の雀の涙ってね……あはは。そうやって一粒万倍の玄関を潜ろうとしたときの事。
「今日は生憎のお天気ですなぁ」
腰の曲がったお爺さんが、賭場入り口に立っている警備の殿方に言った。
「山と川、どちらがお好みで?」
「こちらでは牡丹鍋が有名です」
「ほう、外国の酒ですか」
通り過ぎようとする私の横で、一寸たりとも理解できない会話が展開される。やばい、こんな会話聞いてたら頭がおかしくなる。防衛本能的に、私は小走りでその場から離れた。
その次の日は、賭場には行かなかった。理由はいたって単純で、お金が無くなっちゃうから。このままじゃ、豆大福の一つも買えなくなってしまう。それに、私のお小遣いは小町がお菓子屋で働いて得た分から出ている。賭場で浪費して使いきりました! なんてことは出来ない。調べ物云々、八咫鏡云々以前に、人としてね。
「お~い」
賭場の代わりに、今日は鴨脚の鍛冶屋に来た。
「お? 何だ、鍛冶屋で働く気になったか?」
「この前の裏闘技の話、もう少し詳しく聞かせてほしいんだけど」
「無視かよ」
後頭部を掻きながら、鴨脚は記憶を探るように考え始める。だけど、回想の収穫は無かったみたいだ。
「あの客が言ってたことは、前回お前に報告したので全部だぜ。そっちは何か分かったのか?」
「一応、その裏闘技の話が嘘っぱちじゃないことは分かった。でも、その人以外に裏闘技について話してくれる人が居ないんだよね、当然っちゃ当然だけど」
「そもそも、裏闘技なんて知らない奴も多いのかもな」
一粒万倍は、表向きには只の賭場だ。何の違法性も無い遊び場として、多くの人が利用している。裏を知ってるのは極一部の更に一握りだろうから、虱潰しに声をかけていっても駄目そう。闘技場について知っていて、しかも話してくれる人に巡り合える確率は「超」を遥かに超えて低いと思う。丁か半かの二択も当てられないんだから、そんなの一生かかっても無理だろうね。
「そうだね。何か、人に聞く以外の方法を探さないと——」
「そんなお前に朗報だ」
すっごい腹立つ得意げな顔で、鴨脚は私の言葉を遮った。斬ってやろうかろ思ったけど、今は藁にも縋りたい気分だから話くらいは聞いてやろうか。
「裏闘技について喋った客は明後日、ここに刀を取りに来る。昼前くらいの予定だぜ」
「そういう大事なことは、もっと早く教えてくれる?」
「悪い悪い。来て早々、怒涛の勢いで喋るやつが居たから言い出せなかった」
誰それ。
…………私ですね、ごめんなさい。
「その人に直接話を聞ける、絶好の機会ってわけね」
「そういうこと」
「じゃあ、二日後の朝また来るよ」
約束の日。仕事に出る小町を見送ってから、私も鍛冶屋に向かって家を出た。小町とも、裏闘技に入る方法を色々と考えてみた。札を買う時に何か合言葉があるとか、既に裏闘技を知っている人に紹介してもらうとか、精々それくらいしか思いつかなかったけど。まあでも、その答えは今日分かる。そんな想いで、鍛冶屋の門を潜った。
「来たか、桜華。大変な事になったぞ」
「なに? その歳でおねしょでもした?」
「んな冗談言ってる場合じゃねえって」
揶揄った後で、鴨脚が真面目な顔をしていることに気がついた。反省反省。
「ごめんごめん。何があったの?」
「例の客、死んだらしい」
「え?」
「今朝早くに、防人が来たんだ。あの客は予定を紙に書いておく几帳面な奴で、うちに来ることになってたからって、話を聞きに来たみたいだぜ」
なんてこった……。
「死因は? 病気とか?」
「いや。防人の言い方からして、殺しだな。頸に傷のある土左衛門だったとかなんとか」
「うわぁ悍ましい」
もしかして、裏闘技の事を喋ってるのがばれて殺された、とか? だとしたら、賭場の裏で話してたやつらが怪しいけど……。よく無事だったね私。賭博で運が悪いことの埋め合わせかな?
「とにかく、そんな状況だから、話は聞けない」
まさか口の軽さが災いして、本当に飛んで行ってしまうとはね。これで唯一の希望は断たれた。やっぱついてないな、私。
南西部に戻り、甘味処で抹茶ぜんざいを食べることにした。相変わらず美味しいんだけど、私にはその美味しさを楽しむ余裕が無かった。匙で餡子と抹茶をすくい、無心で口へ運ぶ。甘さが口に広がるのとは対極に、思考はどんどん狭まって「どうしよう」としか考えられなくなる。作ってくれた人に失礼な食べ方を続け、気付けばもう最後の一口。
「ごちそうさまでした」
そう呟いた私に——
「あれ、桜華じゃん。久しぶり」
そう声がかかった。女の人だ。誰だろうと顔を上げる。その人は山盛りのお団子を抱えて長椅子、それも私の隣に座った。
「神酒! 久しぶりだね」
私が冤罪で捕まるのを防いでくれた恩人と、まさか甘味処で再会するとは思わなかった。
「どうしたの? 最後の頼みの綱が潰えたみたいな顔して」
どうしてそんな、的のど真ん中を貫いてくるの……。
「まあ、色々とね……。それはそうと、あの日の富籤はどうだった?」
「えへへ、お陰様で」
微笑みながら、神酒はお団子の山を私に強調して見せた。
「へえ、桜華、抹茶ぜんざい好きなの?」
「うん。ちょっと前に友達が教えてくれて、食べてみたら好きになっちゃった」
「そっか。ここの、美味しいよね」
そう言い、神酒はお団子一本を豪快に一口でいった。
「神酒もお菓子好きなの?」
「うん。結構通ってるよ。今日は久しぶりだけど。ははは。久しぶりに来て桜華と会えるなんて、やっぱり運が良いな私」
お団子を食べる神酒を見ていて、ふと気が付いた。彼女もまた、一粒万倍のお客だってことに。そうそう。だからこそ、あの時助けてもらえたんだった。
「そういえば神酒、この前一粒万倍に居たよね」
「居たよ、居た居た。助けてあげたじゃ〜ん」
その節はどうもありがとう。
「賭場歴は長いの?」
「……いや、二ヶ月とかかな。最近遊ぶようになったんだけど、結構はまっちゃってさ〜」
それにしては一粒万倍で会わないけど、何か私生活が忙しかったりするのかな。
「私もちょっと賭場に顔出すことがあるんだけど、大変じゃない? お金、いくらあっても足りないよ」
神酒は私の顔を見て、嫌味な感じでにやりと笑った。なになに、怖いよ。
「はは~ん。さては桜華、日頃の行いが悪いな〜?」
「ええ、善いはずなんだけど……」
淫靡河童を捕まえて、辻斬りと刀狩りの鬼倒して、村の闇を明らかにして……なんなら、寧ろかなり善い行いをしてる気がする。
「神酒はどうなの?」
「私はまあ、それなりに勝ってるかな〜。私、運が良いからさ」
「良いなあ。その運、ちょっと分けてよ」
「はは。分けられるなら、分けてあげたいんだけど」
そう言って笑いながら、神酒はお団子を頬張った。そんなに口に入れたら喋れないじゃん。もっちゃもっちゃと噛んで飲み込み、彼女は続けた。
「……運が良いってのも、意外と気苦労が絶えないもんでね」
「神酒は日頃の行い、善いの?」
「う〜ん、我ながら善い方だと思うよ? 最近は専ら人助け人助け、人助けだし」
「人助けって?」
「それは内緒。衒らかすもんじゃないからね」
誇らしそうに言い、神酒はまたお団子を頬張った。まあ態々聞くことでもないか。さてと、そろそろ本題に入ろうかな。神酒がお団子を飲みこんだのを確認し、質問をぶつける。
「神酒はさ」
「うん?」
身体を縮めて神酒の方に寄り、声を小さくする。
「一粒万倍の噂って知ってる? 隠れて違法な賭博をやってるって話なんだけど」
「ああ、裏闘技のこと?」
「えっ?」
思わず大きな声を出してしまった。慌てて周りを確認して、私はまた元の姿勢に戻る。
「裏闘技を知ってるの?」
「うん。知ってるも何も、実は私、裏闘技の常連なんだよね」
「へえ、そうなんだ」
へえ、そうなんだ。そうなんだ。常連なんだ。ふうん。あまりにもあっさり教えてくれるもんだから、薄い反応しかできなかった。もっとこう……ためるとかしてよ。
「え? ほ、本当に?」
「うん。昨日も行ったし、今日だってその帰りだよ」
ここに至るまでに死にかけたこともあったけど……やれやれ、これでひとまずは落ち着けるか。友達が裏闘技の常連なら、一緒に連れて行ってもらえばいいだけだからね。これまでの不運は、ここで大逆転するための前払いだったんだ。
「よかった~。助かったよ神酒」
「何が?」
「実はさ、訳あって私も裏闘技に行きたいの。今度行くとき、私も一緒に連れて行ってよ」
「ああ、あはは。そういうことね」
私の頼みを聞いて、神酒は怒りも困りもせずに笑ってくれた。お団子を頬張り、しばらく噛んでから彼女は——
「お断りします」
「えへへ、ありがとう。じゃあ集合はここで……って、え? 今、なんて?」
「うん? お断りしますって言ったよ」
「えっと、それは……どうして?」
「どうしてもこうしても、違法闘技場なんだよ? そう簡単に口割れないって」
「それはまあ、そっか……」
真相は不明だけど、それで殺された人も居るわけだし。勝手に教えてもらえると思い込んでた。正しいのは神酒の方だ。もし、私に色々教えたせいで取り返しのつかないことになったら……。




