【四】違法な闘技場
碧斗くんの一件から何日か経って、「ああ、そんな事もあったね」くらいの感覚になっていた頃。久々に鍛造の町を訪れて鴨脚の鍛冶屋に行ってみた。
「ごめんくださ~い」
玄関でそう呼びかけた。中からどたどたと足音が聞こえ、やがて引き戸が開く。
「いらっしゃい。おや、君はこの前の」
出てきたのは、鴨脚ではなく彼のお父さんだった。刀狩りの鬼に斬られた傷は、もうすっかり良くなったと見える。
「こんにちは。鴨脚……くん、居ますか?」
「ああ、居るよ。君の後ろにね」
「えっ?」
振り返ると、にやにや笑う鴨脚の姿があった。「では失敬」という台詞と共に、背後で引き戸が閉まる。
「鴨脚くんだって、鴨脚くん……ははは」
「何枚おろしにされたい? あ、私料理できないから汚くなったらごめんね?」
「あ~可笑しい」
めっちゃむかつくんだけど、何こいつ。
「で、何か用か?」
「いつも通り、何か新情報は無いかなって聞きに来ただけ」
「そうか。んじゃ、蔵の方に行こうぜ。妙なことに協力してるってのは、一応親父には秘密にしてんだ」
お父さんに声が聞こえないよう避難し、改めて話を聞く。腕を組んだ鴨脚は、何かに感心しているかのように私を見ていた。
「運のいい奴だな。ついさっき対応した客から、お前に報告できそうな情報を聞いたんだ」
「へえ、どんな?」
「先に言っておくが、これはあくまで噂話だ。高祠之国の南西の方だから……お前んちの方の話なんだが、どうやら裏で違法な賭博をやってる賭場があるらしくてな」
「違法、賭博?」
「ああ」
顎に手を当てて、ついさっき聞いたという話を頭の中で整理している感じで、彼は続きを話す。
「人間をとっ捕まえて一対一で闘わせ、客がその勝敗を予想する遊びらしい」
「何それ、酷い……」
思わず出た私の呟きに、鴨脚は「ああ」と同意した。
「そいつはそこを裏闘技って呼んでたんだが、その裏闘技では生き残ってる奴に限り、期間毎に一番賭場の利益に貢献した奴が景品を貰えるんだとよ」
「景品? それで賭場に何の得があるわけ?」
「さあな。闘わされてる奴らのやる気を維持する、とかじゃねえの? でその景品についてだが……」
鴨脚は一瞬だけ目を閉じて深呼吸をした。緊張感が私にも伝わってくる。
「今期の景品が、八咫鏡なんだとさ」
「……なるほどね」
怪しいところしかない話題だし、絶対に関わりたくないなと思いながら聞いていた私。だけどどうやら、そういう訳にはいかないらしい。
「分かった、情報あんがと。その賭場、ちょっと行ってみるよ。何ていう店か分かる?」
「ああ。一粒万倍って店らしいぜ」
「……はい?」
一粒万倍と言えば、この前、危うく逮捕されそうになったあの賭場じゃん。碧斗くんのお父さんが捕まったあの賭場じゃん。どんだけ運が良かったらこう繋がるわけ?
「ん? 知ってる店なのか?」
「……まあ、色々とね」
「そうか、なら話が早いな。健闘を祈ってるぜ」
「ん。じゃあ、またね」
鴨脚に背を向けて鍛冶屋から出ようと、一歩進んだ。すると、何やら背中に声がかかる。
「ああ、待った」
「何?」
「もう二つ、お前に話があんだ。ちょっと待っててくれ」
話と言って彼は蔵の中へ。しばらくして出てきたかと思うと、その手には鉄製の何かが。
「これ、お前にやるよ。良かったら使ってくれ」
「何?」
受け取ってよく見ると、甲冑の腕の部分を簡略化したみたいなものだった。つまり腕の防具ってこと。
「お前さ、鬼と戦ってた時、何度か奴の攻撃を左腕で防ごうとして止めてただろ?」
「え? ……ああ、確かに」
その前の辻斬りとの戦いでは、それで思いっきり怪我をした。だから鬼の時は、反射的に腕で防ごうとするのを堪えたんだった。
「お前の癖なんだと思ってな。こいつを着けてりゃ、並みの攻撃は防げるはずだ」
「これ、あんたが作ったの?」
「ああ」
「悪いよ、そんな」
忙しい鍛冶屋の仕事の合間を縫って作ったもののはず。材料にだってお金がかかっているはずだし、そう簡単に受け取れないよ……。篭手を返そうとする私に、鴨脚は呆れたような溜息を一つ。
「はあ……。忘れてたよ、お前と小町が無駄に律儀すぎるって事をな」
「だって——」
「ああ、分かった分かった! 実は最近、刀だけじゃなく防具も商売にしようって親父と話しててな。こいつはその試供品だ。使ってみてその感想とか文句とかがあれば教えてくれ。それが金の代わりだ」
それなら……と、篭手を受け取った。本当かな。何か言いくるめられた気がする。とは言え、刀以外で防御ができるようになれば、戦い方の幅も広がるかもしれない。これは有難く頂戴するとしようか。
「あんがと」
「はいはい。で、話がもう一つ」
「何?」
「鍛冶屋で働いてみる気は無いか?」
予想外の言葉に、私は固まってしまった。
「実は、鬼事件の前と今とじゃ仕事量が天と地の差でな。前はお袋が客の対応をして、親父が打つって感じだった。今は俺も鍛冶屋をやっているとはいえ、さすがに手が足りなくなってきたんだ……っておい!」
話の途中で彼の意図を察した私は、背を向けて小走りで去る。お菓子屋で一回接客を経験した私にとって、あんな仕事は二度と御免だ。吃驚するくらい話の通じないお客という厄介な存在が、美貌の維持にめっちゃ悪影響だからね。
その帰り道、道端に掲示が出ているのを見た。迷い人のお知らせだ。それは無論、碧斗くんのお母さんについて、目撃情報を請うもの。
「……こ、これで見つかるかな?」
似顔絵として、すごく……特徴的な絵が描いてある。碧斗くんが自分でお母さんを描いたのだろう。垂れ目で、右目の下にちょっと大きめの黒子——らしきもの——がある。それはいいとして、名前、服装、体型など、情報は結構細かい。これなら、すぐに見つかるかもと掌返しで安心できる。少年が言ってた何人かのおじさんってのが気になるけど……それは防人の仕事だ。頑張ってね、不知火おばさん。




