【三】ごみ漁りの少年
冤罪——で捕まりそうになった——事件から一週間くらい経った。調べ物の帰り道、空腹に耐えかねた私は、近くの甘味処で三個入りの豆大福を買った。食べながら家……廃屋を目指して歩く。
「んん、おいひぃ」
初めてこのお店の豆大福を買ったけど、超が付くほど大当たり。常連になっちゃおうって思えるほど絶品だ。これがもう二つあるって何、最高過ぎるんだけど。なんて歩きながら周りを見ていた私は、あまり見ない方がよさそうなものを見てしまう。
「……何してんだろう」
思わず呟いた。実際のところ、誰が何をしているかは見れば分かる。ごみ漁り少年だ。何故しているのかは想像もつかないけどね。
「君、ごみなんて漁ってどうしたの?」
殆ど無意識に彼に話しかけていた。そんなんだからいつも面倒ごとに巻き込まれるんだよ、このお人好し。
「ごっ、ごめんなさい!」
私を見た少年は、驚いたのか反射的に謝罪の言葉を口にした。目の下には濃いくまがあって、全体的に力が無さそうな印象を受ける。
「謝ることはないよ。私はなにも、君を叱りに来たんじゃないから」
「……ごめんなさい」
だから謝らなくていいってのに。ごみ漁りしているところなんて見られたくなかったのか、少年は恥ずかしそうにもじもじし始める。って、あれ?
「ねえ、君ってさ」
この少年、見覚えがある気がする。何かで何処かを訪ねた時に……。ああ思い出した、長屋だ。
「あっちの長屋に住んでる子だよね?」
七人御先の正体を暴いてやろうと聞き込みしていた時に訪ねた、一人でお留守番していた子だ。お父さんは賭場、お母さんは仕事という……悲惨な家庭状況の少年だと思ってよく覚えている。いやまあ、具体的な事は忘れてたんだけど……。
「……この前、うちに来たお姉さん?」
「そうそう、覚えててくれたんだ。偶然だね、こんなところで会うなんて。お父さんは……今日も賭場?」
気になって聞いてみた。どうせそうだろうと思ってた私だけど、少年の答えは、私の想像を遥かに超えて絶望的だった。彼は俯いて首を横に振り——
「お父さんは……賭場で人を殺して、捕まっちゃった」
「賭場って……すぐそこの、一粒万倍ってところ?」
「そう」
「一週間くらい前?」
「うん」
「うわまじかよ……」
なんてこった。私が遭遇したあの事件。神酒が真犯人を指摘したあの事件。あの下手人のおじさんが、まさかこの子のお父さんだったとはね……。私、どんだけ運が悪かったらこうなるわけ?
「大変だったね。お母さんは今日もお仕事?」
空気を変えようと、別のことを聞いてみた。だけど今度も、少年は俯いて頭を振る。そして泣きそうな声で続けた。
「……分かんない」
「分かんない?」
「うん。お母さん、一昨日から帰って来なくて。何人かのおじさんと、夜出かけたきり……。うう……僕、棄てられちゃったのかな……?」
だんだん顔が歪んできて、目尻の涙は今にも落っこちそう。お父さんは逮捕、お母さんは行方不明。ちょっと悲惨が過ぎるかもしれない。
「ああ泣かないで。ほら、美人のお姉さんが豆大福あげるから。お腹、空いてるんでしょ?」
ごみを漁るくらいだからね。
「……っ! ありがとう、お姉さん!」
美人のを付けなさい。そんなことは声に出さず、少年が豆大福を食べるのを見守った。すっごい速さで食べるもんだから吃驚。
「ところで君——えっと、お名前は? 美人のお姉さんは桜華っていうの」
「僕、碧斗」
「碧斗くん、防人には相談した?」
「ううん」
碧斗くんはまたしても首を横に振る。
「防人の人たち……怖くて」
「ああ……そういう事ね」
防人——というか高祠之国は、もっと子供を大切にするべきだと思う。あいつらがちゃんとしてくれないから、孤児はお父さんみたいな優しい人に拾ってもらわなきゃいけない。拾って育てる人が居るから良いか、とでも思っているのだろうか。忌々しい。……っと、私怨はここまでにして、とりあえず碧斗くんを何とかしないと。少なくとも、ごみ漁りなんてしなくていい環境においてあげる必要がある。
「碧斗くん。これから、美人のお姉さんが防人に声をかけてあげる。お母さんが見つかるまで、しばらく預かってもらおう」
「……うん。ありがとう、お姉さん」
「だけどその前に、いったん碧斗くんのお家に寄ってもいい? 何か書くものを借りたいの」
「うん、いいよ」
最後の一つになった豆大福を半分こし、美味しくいただいてから碧斗くんの住む長屋へ向かった。
碧斗くんに筆記用具を借りて、一通の手紙を認めた。内容はこう。
「親愛なる不知火様 ちょっと前に賭場一粒万倍で殺しをやって捕まった殿方の息子、碧斗くんを防人で保護してあげて。お母さんが行方不明らしいから、その捜索もね。町でごみを漁るくらいお腹が空いてるみたい。末筆ながら、これくらい防人が自発的にやってよ、うざいんですけどぉ。以上 高祠一の美少女」
最後に名乗っちゃってるけど、まあいいか。この手紙を三つ折りにし、碧斗くんへ。
「保護してもらって落ち着いたら、これを防人に渡してくれる? 不知火おばさんに渡してくださいって、そう伝えてくれれば大丈夫。あと、私の名前はなるべく言わないでね。もし色々と聞かれたら、名前の分からない美人のお姉さんって言えばいいから」
「うん。分かったよ、お姉さん」
元気よく返事する碧斗くんだけど、やっぱり不安やら心配やらが見える。お母さんは何人かのおじさんと夜出かけたきり、って言ってたっけ。勿論、それは碧斗くんがそう思ったってだけで、只のお出かけじゃないはず。なんというか……でっかい闇がありそうな話だね。
「じゃ、行こっか」
「うん」
だけどそれよりも、今は碧斗くんの保護が最優先だ。ゆっくりと空が橙色に染まり始める。廃屋の掃除がまだだ。お菓子屋の手伝いから帰った小町に怒られる……という焦りから、私は速足で少年と共に防人の西部駐屯所へ。
「というわけで、この子の保護を頼める?」
門番の男防人に問う。彼はちょっと嫌そうな顔をした。そんなんも嫌なら防人むいてないよ、辞めてしまえ。
「……畏まりました。彼を保護するよう申し伝えます」
「よろしく。謝礼とか要らないから」
門番に碧斗くんを預け、私は逃げるように去った。すると背後から少年の大きな声が聞こえる。
「ありがとう、優しいお姉さん!」
いや、だから、美人のお姉さんだってば。
「どういたしまして~。元気でね、碧斗くん」
それから互いに手を振り合い、分かれた。やれやれ、これで一件落着か。お母さんのことは防人が何とかするはず。安心するとお腹が空いてくる。それでご飯を作ってくれる小町の顔を思い出し、連想してまた廃屋の掃除を思い出した。あ~あ。雲が懸った美しい夕空を鑑賞する暇も、今の私にはない。




