【二】賭場で起きた事件
◇◇桜華◇◇
「えっなに? うるさ……」
お昼時。調べ物の為に町を歩いていた私は、とある路地裏近辺が異常なほど騒がしい事に気づいた。酔っ払いが暴れてるのか、悪魔に取り憑かれた人が暴れているのか、真相は分からない。どっちにしても、治安が悪い。
「何かあったんですか?」
近付いて野次馬の一人、殿方に聞いてみた。
「ああ。どうやら、賭場で殺しがあったみたいだぜ」
背伸びして見てみると、確かに賭場があった。看板には大きく「一粒万倍」と書かれている。そういう名前の賭場らしい。
「全員、その場から動かないように!」
突然そう聞こえた。厳めしい男の人の声だ。続いてぞろぞろと大勢の足音が聞こえる。
「うわ、最悪」
彼らの正体は、駆け付けた防人。しかも現場を囲うように立っている。
「今からこの賭場は我々が封鎖します」
先頭の防人が叫んだ。勘弁してよ、ちょっと覗きに来ただけだっての。いつも良い子にしてるのに、どうしてこんなに不運なわけ? 美少女過ぎるのが罪ってこと? それならしょうがないけどさ。
「こりゃ酷い。正面から喉をぶすりといってらぁ」
遺体を確認していた防人が言う。他の防人数人も遺体の所に集まり、やがて封鎖を宣言した彼──きっと偉い人なんだろうね──がまた叫ぶ。
「この中に、犯行を目撃した者は!」
……誰も名乗り出ない。遺体は廊下の隅に転がっているみたいだから、きっと誰も見ていない時と場所を狙ったんだろう。
「居らんか」
そりゃそうでしょ。下手人は誰にも見られないように人を殺している。つまり逃げ果せる気満々ってわけだから、目撃者が居なくても無理はない。
「ううむ……ん?」
その場にいる人たちの顔を見回していた偉い防人と、私の目が合う。あっけらかんとして居れば良かったんだけど、私は思わず目を逸らしてしまった。十六夜や不知火とは共闘した事もあるけど、やっぱり必要以上に関わりたくない……という気持ちがそうさせたのかも。
「君、少しいいかい?」
偉い防人が人混みを掻き分けて私の方へ。顔からつま先までじっくり見てくる。私の美貌に見惚れるのは仕方のない事だけど、あんまり気持ち悪いと防衛本能で刀を抜くよ。
「なに?」
「どうして目を逸らしたのかな? 何か疚しい事でもあるのかい?」
「別に。只、人と長く目を合わせとくのが苦手なだけ」
そんな事ないけど、とりあえずそれらしい言い訳をした。ちょっと待って。私、もしかして容疑者?
「そんな得物を提げて、どうも怪しい」
「いやいや、私はやってないよ」
「下手人はみんなそう言うんだ」
「はあ、分かった。じゃあ刀を調べてよ。防人だったらそれで分かるでしょ?」
そう言い、私はお父さんの刀を帯から抜いて偉い防人に渡した。
「ふむ……」
防人は素直に受け取り、抜刀して刃を見た。これで私への疑いは晴れるはず……と、思ってたんだけど。
「何か小細工をしているかもしれんからな。とりあえず、容疑者の一人として駐屯所まで来てもらおうか」
「はぁ?」
嫌すぎる。捕まったら出身とか家とか答えなきゃだし。何より、暫く小町とお別れしなきゃいけなくなるのが死ぬほど嫌だ。逃げなきゃ捕まる。だけど、逃げたらそれはそれで捕まる。あ、終わったかも。そう絶望していた時──
「ただでさえ、賭場で楽しんでる時に殺人が起きて気分が悪いのに」
──声がした。若い女の人だ。数秒も経たない内に、声の正体が人と人の間から現れる。
「目の前で誤認逮捕事件なんて起こされたら尚、気分が悪い。防人さん、もっとよく調べたらどう?」
青い着物に身を包んだその人は、腰まで伸びる暗い青の髪を風に靡かせる。髪とは対照的に明るい黄色の瞳で、偉い防人を鋭く真っ直ぐに見つめながら彼女は言った。
「君は?」
「その子を見ていた者さ」
彼女の視線が一瞬だけ、私に向いた。
「ああそれと、事件に興を削がれた賭場の一般客でもある」
「見ていた? 犯行の一部始終を、か?」
「違う違う。その子は何もやってない。だって、事件が起きてからここに来たんだから。防人さんたちとほぼ同着だったよ」
偉い防人は私を見て、
「本当かね?」
「うん、本当」
すると彼は、今度は私の近くの人を見て同じ質問をした。
「ああ。確かに、この子はついさっき入ってきた。事件が起きた時は、まだ賭場に居なかったよ」
そう答えてくれた近くの人。あんがとね。でも、もっと早く、最初からそうしてくれるとより嬉しかったかな。
「……そうか。君、悪かったね」
偉い防人が刀を返してきた。
「分かってくれたなら良いけど」
もう少し誠意を持って謝ってよ。
「ではこれより、事件の捜査を開始する。全員、確認が済むまで賭場から出ないように」
私から離れ、彼は何事も無かったかのように大きな声でその場の人らに指示した。だけどその彼に、さっきの女の人がまた声をかける。
「ああちょっと待って、まだ私の話は終わってないの」
「なに? まだ何かあるのか?」
女の人はぴょんと跳ぶようにその場から離れ、防人たちの方に寄った。そしてさっきまで自分が居た方を向く。
「ここは賭場だよ? 殺しをやるとしたら、大負けした人……。そうは思わない?」
「確かに、動機は負けた腹癒せと考えることも出来るな」
「そうでしょ? 私もそう思う。ねえ──」
彼女は一人の客、彼女が動くまではその背後にいたおじさんに向かって言う。
「あなたはどう思う?」
「は、はぁ? なんで俺に聞くんだよ」
突然の問いに、おじさんは狼狽。
「おじさん、だいぶ大負けしてたよね?」
「だ、だったら何だよ!」
「今の子よりは調べてみる価値があるって事」
なるほど。告発で恨みを買って刺されないよう、彼女は事前に避難したわけか。
「どれ、少し調べさせてもらおう」
偉い防人がおじさんの元へ歩く。何もしていないなら大人しく調べてもらえば良いのに──私が言えた事じゃないけど──彼は後退る。そして──
「畜生!」
そう叫び、突然走り出した!
「待て!」
だけど残念、防人の瞬発力に敗北を喫し、彼はすぐに捕らえられた。簡単な身体検査の結果、懐から短刀が見つかってしまう。
「調べさせてもらうぞ」
おじさんを部下に任せ、偉い彼が短刀を抜く。よおく見るまでもなく、刀身に血が付いていた。
「どれどれ」
彼は遺体の傷を確認した。短刀の寸法と傷の寸法を見比べて言う。
「うむ、間違いないな。これが凶器だ」
それが分かるなら、私の刀が凶器じゃないってことはすぐに分かったはずなのに……と不貞腐れている間に、おじさんはもう縄で縛られていた。
「くそ、離せ! 離しやがれ!」
おじさんはそのまま、防人に引っ張られて外へ連れ出されていく。
「皆さん」
偉い彼が言う。
「下手人と思しい人物は捕らえたが、念の為、皆様の事も調べさせて頂く。何方さんも、まだ賭場を出ないように」
……めっちゃ帰りたい。
結局、賭場一粒万倍から解放されたのは一時間くらいした後だった。お腹空いたし眠いし疲れたし、色々と重なって最悪な気分。
「……お団子食べてお昼寝でもしようかな」
不摂生の鬼みたいな事を思いつて呟いた。たまにはいいじゃん、それくらいしたって。
「ん? あの人……」
賭場から出てすぐ目の前、向かい側の建物の壁に寄りかかって腕を組んだ女の人が居る。長い髪に青い着物。あの人──さっき助けてくれた人だ。お礼の一言くらい言っておこうかなと、彼女の元へ。
「あの、さっきはありがとうございました」
「ん? ああ、真っ先に疑われた不運な子か。大変だったね、ただ何の騒ぎか気になって見に来ただけなのに」
本当にね。
「助かりました。あのままじゃ私、間違いなく連れて行かれてましたよ」
「おっと、そんな固くならないで。十個も二十個も歳が離れてるわけじゃないだろうし。私は十九。どう? 同じくらいでしょ?」
固くなるなと言われたし、恩人だからって敬語でもう話すのはやめよう。
「うん。私は十──」
「ちょっと待った、やっぱ私に当てさせて?」
「えっ?」
私の返事も聞かず、彼女は「う〜ん」と考え始める。考えて分かる事じゃないと思うけど……。
「十七! ずばり、十七でしょ?」
「……正解。よく分かったね?」
「あはは。まあ、一か八か賭けただけだよ」
なんとも賭場の客らしい発言。私生活にまで賭けが浸透しているのかもね。
「あっやばい」
笑い合っていた私たちだったけど、未の刻を知らせる鐘が鳴った瞬間、彼女は何やら焦ったような顔に変わる。
「もうすぐ富籤の当選発表だ、行かなきゃ。じゃあね」
そう言い、彼女は立ち去ろうとする。
「待って、せめて名前を教えてよ。恩人の名前は心に刻んでおきたいからさ。私は桜華。桜の華って書くの」
「見た目に合った可愛い名前だね。私は神酒。酒屋の娘だから、神の酒って書くんだ。じゃあ、また会えるよう祈っておくよ!」
それだけ言い残して、神酒は全力疾走で行ってしまった。落ち着いた女性かと思いきや、腕白な面もある。なんだか面白い人だったな……。




