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【十一】傀儡の末路

◇◇◇


 女は下品に胡坐を掻き、上品な所作で能面を研いていた。たった一つの埃も許すまじとするその姿は、まさしく偏執狂である。月明かりさえも遮られた部屋で、女は行灯によってのみもたらされる灯りを頼っていた。


「姐さん、狐でございます。ご報告に参りました」


 そこへ、一人の男の声がした。彼の接近に数刹那前から気付いていた女は能面を机上に置き、「いいわよ」と入室を許可する。直後、襖が開き、宣言通り狐面の男が敷居を越えた。後ろ手で襖を閉じ、声を外に漏らさんとする。彼は畳に膝をつけた。


「例の探し物についてですが」

「——見つけたの?」


 女は彼の言葉を遮り、食い気味に問うた。


「発見はしました。しかし、派遣した部下は全滅です」

「全滅? 狐ちゃんの部下が?」


 何事だと興味を引かれた女。部下を失った狐面は尚も冷静に——だから冷酷に、報告を続ける。


「ええ。彼女は防人——それも司令を仲間にしているようです。こうなっては、迂闊に手出しできませんが……」


 命令を破棄するか、続行か。それを問うように狐面は女を見る。一方で女は再び能面を手に取り、今しがた見つけた汚れを拭きとった。


「そう。なら、もっと慎重に動かないとね。いいわ。急ぎの仕事じゃないから、ゆっくりやってちょうだい。細かい事は引き続き、あなたに任せるわ」


 そう言い、唇を尖らせたかと思うと、能面にふっと息を吹きかけた。埃は舞わない。


「承知いたしました。失礼」


 立ち上がり、狐面は女の部屋を出る。一礼して襖を閉じ、部屋から離れたところでついに()()した。笑いを堪えられなくなったのである。


「ふふ、あはははは」


 慌てて両手で口を覆い、周囲を警戒する。


「いいもの見つけちゃったな……あれ程の腕前、磨けば間違いなく光るぞ……くふふ。どんな宝を盗むより、ボクは君に興味がある……!」


 狐面は、闇に紛れ見ていた光景を回想した。刀を抜く彼女の姿。友を守りながら彼の部下を相手取る彼女の姿。防人の司令と見比べても遜色ない戦いぶりを披露した彼女。その姿は、狐面の彼には宝石よりも——それこそ神器などより余程、輝いて見えたのだ。


「ボクの()を叶えるのに……役立つかもしれないな…………」


 彼はまた笑った。その声は誰にも届くことなく、ただ暗い廊下に霧散していくばかりであった。




◇◇桜華◇◇


 翌朝、小町はすっかり元気になっていた。昨日までしおらしかった彼女は——


「で、不知火が人影を斬り伏せたの。正体は泥棒集団で、その林を拠点にしてたんだって」

「そうだったんだ……。ま、まあ、幽霊なんか居るわけないし?!」


 とか言って強がっている。かわいいね。


 お菓子屋に向かう小町を見送り、私は日課の素振りを始めた。こうやって刀を振っていると、不知火との共闘を思い出す。あの出来事は一件落着したはずなんだけど、無心になろうとすればするほど、影の少女が私の心に甦る。


「君は、誰なの?」


 思わず呟いた。私をそうさせたのは、言葉通りの疑問じゃないと思う。実を言うと、あの子が誰なのかなんて大した問題じゃない。私が抱いているのは、そのうち、あの子の声に逆らえなくなるんじゃないか……っていう不安だ。


「私……どうなっちゃうんだろう」


 あの子の傀儡に——木偶に成り下がったら、もう自分では止められないかもしれない。火事と同じだ。一度火が付いたら終わり。そうなったらもう、()()しかない。恋の為に暴走した七火は心の木偶となり、火を放った。その結果、()()()()


 ——私は?


 内なる声の……影に好き放題される木偶に堕ちた時、私は何をしてしまうのだろう。仕舞いにどうなるんだろう。そんな不安——ううん、恐怖を壊すため、私は無我夢中で、必死に、只管、素振りを続けるのであった——。


【漆話 木偶の仕舞い 〜完〜】

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