【六】七人御先
翌朝になっても、小町の熱は下がる様子が無かった。薬を買いに、何よりも優先して港町へ。すっかり見慣れてしまった薬袋の店に入り、「小町が熱出しちゃって」と説明。心配そうにする薬袋に風邪薬の代金を払った。
「ねえ薬袋」
そのついでと言ってはなんだけど、友にちょっとした雑談を持ち掛ける。昨晩から感じている漠然とした不安を、一緒に否定してほしかったから。
「幽霊を見たって言ったら、どうする?」
「え~っと……?」
突然の質問に、薬袋は困惑している様子だ。そりゃそうだよね、我が問いながら変の域を超えてるもん。桜華めついに狂ったのか……と思われないように、私は慌てて注釈を入れる。
「小町が見たんだってよ。昨日、大雨の中でね」
「幽霊か……。白装束で髪の長い女の人、みたいな?」
「ううん。小町曰く、七人の黒い人影だったらしいの」
すると薬袋は顎に手を当て、「ああ~」と何か思い出したかのように唸る。
「小町ちゃんが見たのって、七人御先じゃないかな」
「……七人御先? そういうお化けが居るの?」
「居るかどうかは分からないけど、でも、怪談で聞いた事があるよ。七体の幽霊が並んでゆっくり歩いてて、それを見た人は高熱を出すの。あくまで怪談ではだけど、その発熱した人はやがて死んじゃって、御先の先頭が成仏。死んじゃった人が最後尾に加わってまた七人になる……とかなんとか」
なんて迷惑な幽霊だろう。しかも最悪な事に、話だけ聞くと今の状況——薬袋が話してたことと、小町が発熱してるって現状とがぴったり合致してる。
「へえ、怖いっちゃ怖いね。……でもさ、小町が熱を出したのは、普通に雨に打たれたからじゃないかな? いくらなんでも幽霊のせいってのはねえ?」
「そうだね。私も、それはそうだと思う」
「ねえ薬袋。その七人御先とかいうのって、この辺で実際に見た人は居るのかな?」
「少なくとも、私はそんな話聞いたことないよ。そもそも七人御先の怪談だって、かなり前にこの辺とは全然違う場所で聞いただけ。小町ちゃんの事でやっとうっすら思い出したくらいだし……」
ちょっと前までお菓子屋の店員だった私も、そんな噂は聞いたことがない。神隠しだの何だのはあったけど、七人御先なんて言葉は今日ここで初めて耳にした。腕を組み、う~んと二人して唸る。
「ごめんくださ~い」
そうしていると、中年男性のお客さんが来た。邪魔にならないよう、私は端っこに避けて商品を見ているふりしながら思考に耽る。だけど耳はついているから、当然声は聞こえてくる。
「いらっしゃいませ」
「火傷の薬あります? 妻が料理中に、何て言うんですかね、その、火を触ってしまいまして」
「火を……! はい、それでしたら……神仙太乙膏という塗り薬がおすすめです」
火を触っちゃった、か。私もやったことあるけど、治るまでずっとじわじわ痛いのが嫌なんだよね。お大事にと、全く知らない相手を勝手に心配した。
「ありがとうございました」
薬袋が言う。薬を買った彼は足早に店を出た。がらがらと店の引き戸が閉まり、私たちはまた二人きりに。今貰ったばかりのお金をがちゃがちゃやり終えた薬袋。彼女は急に神妙な顔になり、聞こえるか聞こえないか微妙な声で話し始めた。
「火で思い出したんだけど」
私は跳ねるようにして薬袋に寄り、「うん」と相槌をうつ。
「この前の……二回目の火事で亡くなったの、ちょうど七人だったよね」
二回目の火事。即ち八百屋の娘、七火による火事では薬袋の言った通り七人が亡くなっている。これは防人から正式に発表されていることだ。えっとつまり、薬袋が言いたいのは——
「その七人が、七人御先として化けて出た……ってこと?」
「そう仮定すれば、今までこの辺で聞いたことがなかった七人御先が、突然現れたことの説明がつく……と思うんだよね」
なおも小さな声で考察を口にする薬袋。確かに一理ある気がしちゃう。でも待ってほしい。今の話はあくまでも、幽霊がこの世に存在していて、それを小町が見たのだとしたら……という仮定の話に過ぎない。
「……ないない」
あってたまるかと、私は頭を振って否定した。お菓子屋で聞いた河童と同じで、幽霊なんて居やしない。存在しかけた悪魔だって、結局は人間や人間の作った概念でしかなかったし。
「ごめんね、変な話して。薬も買ったし、もう帰らないと」
「うん。またね……って、薬屋への用事なんて無い方が良いんだけど」
薬袋の冗談に微笑み、手を振って薬屋を出た。曇天で、不愉快な天気だ。これから雨が降りますよ、と言われたら納得できる。……急ごう。
◇◇◇
「そういう訳だから、鏡に関する情報が手に入ったら報告を頂戴」
女はそう、薄暗い部屋で自分に向かって正座する手下どもに指示を出した。彼らは口々に「うす」やら「承知」やら返事する。女は数秒だけ沈黙し、手下からの質疑を待った。手下どもは何も言わない。やがて彼らが疑問に思うようなことは無いのだと理解し、全員に解散を命じる。
「狐ちゃん、ちょっといいかしら」
散っていく手下ども。女はその中の一人、狐の面で常時顔を隠している男を呼び止めた。
「はい、姐さん」
彼は鼠のものと同じ装飾のある外套を翻し、女と共に廊下へ。手下が完全に散ったのを確認した二人は、忍び声で話し始めた。
「この前お願いした件、上手くいっているかしら?」
「ええ。ちょうど昨日、ボクの手下を派遣して探させ始めたところですぜ」
男は片脚体重であり、自身が姐さんと呼ぶ目上の女と話しているとは思えない姿勢だ。だが彼女はそれを咎めるなどせず、さらには気にする様子も一切なく言う。
「そう。ちなみに、どんな計画なのかしら?」
「差し当たって、姐さんが仰った通り西の方を重点的に探すよう指示しやした。まあ、そう時間はかからないと思いますよ。桜色の女の子なんて、神器に比べりゃ簡単すぎて欠伸が出るってもんです」
狐面の意気込みを聞き、女は「ふふ」と笑った。それと同時に、かつて自分自身は計画が狂ってそれを始末できなかった事を思い出す。慎重になり過ぎて、機会はあったのに情報を聞き出さなかったこともまた、女は悔んだ。
「油断は禁物よ。どこの何者かも分からないから、十二分に気を付けること。特に、私たちに関する情報漏洩にはね」
「はい。どんな手段を用いてでも、それは徹底させますからご安心ください」
「分かったわ。じゃあ引き続き頼むわね。ああそれと、見つけた後の処分方法だけど……」
女は少し考える素振りを見せた後、にやりと笑いながら狐面に命じる。
「いいわ、あなたの自由になさい」
「ボクの自由に?」
「ええ。煮るなり焼くなり、売るなり遊ぶなり、好きにすると良いわ」
「はい、承知しやした」
狐面の返事を聞いた女は「お願いね」とだけ呟き、彼に背を向けて歩き始める。狐面はそんな彼女に頭を下げた。忠誠心の顕れかのように見えるが、しかし、面の下ではほくそ笑む。
「ボクの好きなように……遊ぶね。ふふふ、あははは。これは楽しくなってきたなあ」
溢れる高揚感を抑えきれず、彼はそう声に出した。だが幸いなことに、その呟きは雨音に消されて誰にも届かない。
「まずは、お手並み拝見といこうか」
左手で腰に携えた剣の柄を触り、舌なめずりをする。嗚呼早く夢を叶えたいと。嗚呼早く剣を交えたいと。その第一歩になることを期待し、狐は女の命令を遂行しに向かった——。




