【四】燃やし燃やされる
病は気からって言うよね。その言葉の通り、私は数日間、気分が悪くて布団から出られなくなった。出たくなかったっていう方が、より正直かもしれない。とにかく体調を崩しちゃっていた。でもそれもすっかり良くなったよ、小町の看病のおかげでね。
「さて、どうなったかな……」
快復した私は、無論港町に足を運んだ。あの子と約束したんだもん、野菜を買いに行くって。町に到着すると、人だかりができていた。一瞬「また?」と不安になったけど、煙が出ていないから、まさか火事ではない。人々を引き付けているのは、防人の掲示だった。
「火事の原因が判明したため、港町の皆様にお知らせいたします……。一、第一の火事は火の不始末によるものでありました」
食事処が出火元らしい。その人には多額の罰金が科せられるそうだ。わざとじゃない分ちょっと可哀想な気もするけど、被害が出てるわけだし、こればっかりは仕方ないよね。
「当火災が発生したのが日中であり、かつ現場が住宅ではなかったこともあり、死者は出なかった」
民衆に揉みくちゃにされながら続きを読む。
「二、続いて第二の火事は、放火犯である少女『七火』によるものである……」
私の想いとは対極に淡々と書かれた文章。私は得も言われぬ不快感を覚えた。ちゃんと調べたのかと。そんな訳ないじゃないかと。
「当火災は夜中に発生し、七名の死者を出した……」
——有り得ない
「彼女は犯行を認めており……」
——有り得ない、有り得ない
「なお、下手人は現在牢にて……火刑、執行待機中……」
——有り得ない、有り得ない、有り得ない!
——七火は、そんなことするような子じゃない!
せっかく快復したのに、また少し気分が悪くなってきた。頭がくらくらする。廃屋に帰って少し眠ろう。
そっとしておこうかと思って薬屋には顔を出さなかった。だけどその帰り際、音を聞いてしまった。何度も何度も繰り返される、水切りの音を。川辺に下りると案の定、薬袋が石を投げていた。相変わらず上手くて、彼女の投げた石は百発百中で向こう岸まで渡っている。私は何も声を掛けず、水切りに参加。やっぱり、真ん中くらいまで跳ねてぽちゃんと沈む。それを見たか見てないか分からないけど、薬袋が呟くように言う。
「防人さんの掲示、見た?」
「……うん」
それは最悪なことに、先日の防人が正しかったのだという報せ。それは無惨にも、七火を信じていた私たちの負けを宣言する文言。
「あのね桜華ちゃん、これ」
これといって彼女は、懐から何やら丁寧に折り畳まれた紙を出す。表に「薬袋へ」と書かれている。それが私に差し出された。
「これって、お手紙?」
裏を見ると、差出人の名前が記されている。それは無論、「七火より」と。
「薬袋宛てだけど、私が読んでもいいの?」
「うん。むしろ、読んでほしい」
「……分かった」
なんだか怖いと感じて、私は躊躇いつつ手紙を開く。蛇腹状に折られた紙に、綺麗な字でびっしりと想いが綴られていた。
『薬袋へ。突然こんなことになって驚いてるよね、本当にごめん』
親友宛ての手紙で真っ先に謝罪。こんなに悲しいことがあるだろうか。少し読み進めると、話題は動機になっていく。
『最初の火事で乾神社に避難して、吉三と出逢った。出逢ってしまった。私はそこで狂っちゃったみたい。彼に会いたくて会いたくて、夜中に忍び出て密会して。新居に移ってもその想いは消えなくて、憧れた。あの避難生活に、ずっと吉三と居られるあの生活に、憧れた。だから——』
私は思わず左手で口を覆った。その後で目を擦った。言葉にできない感情が、声とか涙とかになって出ようとしたからだ。
『だから私は、新居に火を点けた。そうすればまた避難生活ができると思ったから。吉三のところに行って、ずっと一緒に居られると思ったから。でも失敗。七人もの命を奪い、やがて私も刑に処される。本当にごめんね。さようなら、私の親友』
最後にもう一言の謝罪と、私や小町にも伝えてほしいという懇願が書かれていた。何という事だろう。家族を無惨に殺された経験のある私だけど、この別れ方は、この死別は、それとはまた違った絶望と言える。どうしようもない。彼女が本当に放火をしていた以上、そして本人がそれを認めて刑の執行を受け入れている以上、私らにできることは何もない。こちらも受け入れるしかない。どういう感情で、どの立場に居るのが正解か、私には全く以て微塵ほども分からなかった。それともう一つ、気にしなきゃいけない事がある。
「……薬袋。明日さ、時間があったら一緒に吉三さんのところに行かない?」
私には、七火の気持ちが一方的だったとは思えない。何故と言って、彼らはどう見ても一組の男女だったから。
「そうだね、行ってあげたほうがいいかも」
「じゃあ明日の今頃、小町と一緒に薬屋に寄るよ」
「うん、待ってるね」
それからもうしばらく水切りをやって、私たちはそれぞれの帰る場所へと解散した。
約束通り小町を連れて薬袋と合流し、乾神社へ。いつもは境内の掃除をしている吉三さんだけど、今日はその姿が無い。いつかの私のように、寝込んでいるのかもしれない。
「宮司さん、こんにちは」
散りかけの桜の下で、彼はお酒を呑んでいた。顔は赤いけど気持ちよくはなさそうだ。どちらかというと、自棄酒ってやつだろう。
「ああ、貴女方ですか。どうも、こんにちは」
「あの……」
声をかけるのが、なんとなく憚られた。
「吉三さんは、如何されていますか?」
「……七火お嬢さんの件、でしょうか?」
彼は茣蓙に御猪口と徳利を置いて言う。
「はい……。二人仲が良かったので、ちょっと心配になって」
「そうですか……。気にしていただいて、あれも喜んでいると思います」
「えっと……?」
宮司さんは目に涙を浮かべていた。酔っぱらって涙目なわけじゃない。感情の為だ。彼は何とも言えない顔をしながら、懐から昨日の薬袋よろしく紙を取り出し、私へ。
『吉三へ』
見覚えのある綺麗な字でそう書かれていた。宮司さんの顔を見ると、彼は何も言わずに頷いた。開封の許可だと判断した私は、小町や薬袋にも見えるようにそれを開く。中には、極めて感情的な言葉遣いと文字。恋の認め。ただし、同時に別れの認めでもあった。
「昨日の昼、吉三にそれが届きました。中を見たあれは発狂して神社を飛び出し……走り去ったのです」
彼の言葉には後悔の念が見える。
「恋人を亡くせば、まあそうもなろう。やがて気持ちを整理して戻ってくる。私はそう、あれの心情を楽観していました。しかし、吉三は——」
宮司さんは堪らなくなったのか、両手で顔を覆ってしまった。
「——昨夜、防人様方から連絡を受けました。吉三が、川で見つかったと。袖や懐に石を詰め込んであったことから、身投げであろうと」
誰も、何も返事をしなかった。空気が重すぎる。重すぎて、抵抗することもかなわずに圧し潰されたんだ。重すぎて、喉を震わすこともできないんだ。
「どうして、こんなことに……」
やっと薬袋がそう呟けたのは、もう港町に戻ってきた頃だった。
「……燃えすぎたんだね」
友の嘆きに、私はそれだけ返した。恋心を激しく燃やした七火はやがてその炎を町へと移し、己をも燃やすことになった。果てには最愛の人をも死に至らしめる。なんて皮肉な話だろう。胸が、心が、締め付けられるような気分だ。
「強すぎる想いは暴走を招く、か……」
恋慕とは違えど、私にも心当たりがあった。それに前科もある。気を付けないとな……と思いつつ、それしきの決心で抑えられるなら、こうはならなかっただろうとも思う。せめて、川の向こうで七火と吉三が抱き合えていればいいなと、そう願うばかりだ。




