【一】煙の立つ港町
◇◇桜華◇◇
朝、私は小町と一緒に廃屋を出た。何処で何の調査をすればいいか目星はついてないけど、とりあえず、うだうだ考えてるよりは情報を探しに出たほうがいいだろうからね。南の村で出会った友達の生明にお願いしたいことはあるんだけど、まだ村内部のごたごたが残ってるだろうから、もう少し時間を置く。悪魔云々の事件から、たった半月しか経ってないしね。
「は? みたらし団子より美味しい物なんかこの世に無いから」
そう主張する小町。はあ、分かってないなお団子ってものを。
「いや、至高は餡団子ね」
「そうやって甘いのばっかり食べてると、自称美少女にあるまじき体型になるよ」
「何言ってんの。お団子食べてる時点で、もはやほぼ一緒だから」
なにくだらないことを言い合ってるんだって。そんなつっこみはお呼びじゃないよ。当事者の私たちが一番分かってるもん。
「ちょっとの差が響いてくるんだよ。塵も積もれば何とやらって——」
屁理屈をこねていた小町の言葉が、不意に変なところで切れた。とうとう認めたか、餡団子の方が美味しいって。しかし小町の顔は極めて真面目であり、さらに言えば慄いているようだった。
「どしたの?」
「桜華。あれ、煙だよね?」
小町は西の方を指さして言った。
「ん? ああ、ほんとだ。真っ黒だね……」
確かに煙が天に上っている。焼き畑か何かじゃないのって思ったけど、そうでもなさそうだ。何故と言って、明らかに港町の方角だからだ。あの辺はすごく栄えていて、畑や田んぼなんかとは無縁の場所。無い畑を焼くことなんてできやしない。
「ちょっと様子見てこようかな。薬袋が心配だし」
「無事だといいけど……。じゃあ、そっちは頼んだよ」
私は西、小町は東に足を向けた。彼女の行く先はお菓子屋だ。お仕事の時間ってわけ。
——人の叫び声と煙の臭いに支配された港町。普段は忙しなく往来を行き来している人たちが、今はその足を止めて一か所に向け、大きな野次馬の群れとなって煙の発生源を眺めている。火消しの人たちが必死になって建物を破壊し、延焼を防いでいるのが見えた。幸い、港町は碁盤の目みたいに区画整理されているから、そこらの町よりは燃え広がる危険も少ない……というのは私の勝手な想像だけど。それは結局、火消しの仕事次第ってところだね。
「ん? あれって……」
ふと、野次馬の中に見覚えのある背中を見つけた。淡緑の髪をぴょこぴょこと跳ねさせながら背伸びをし、火事を見ようと頑張っている。
「やっほ、薬袋」
「あ、桜華ちゃん!」
「随分とえらいことになってるね、お店は無事?」
「うん、うちの店は大丈夫。ただ、煙の臭いが凄まじいけど」
まあ、これだけ燃えていれば仕方ない。薬に煙の臭いがついてしまわないか心配だね。
「それはそうと桜華ちゃん、最近はどう? 探し物は順調?」
「ぼちぼちって感じかな。私ら今、八咫鏡っていう鏡の秘宝を探してるんだけど、何か知らない?」
「鏡か……。あっ、そういえば豪華な鏡を見たことがあるかも!」
さすが人の荒波の中で生活している港町の住人。なんだかんだ、いろんな情報を持ってるね。
「港町の真北に、乾神社ってところがあるの。そこの御神体が鏡で、確かすっごい威圧感のある鏡だったと思う」
「乾神社の御神体か……。うん、早速行ってみるよ」
八咫鏡がそうやすやすと見つかるとは思えないけど、とりあえず行ってみよう。何か参考になる情報があるかもしれないし。
「良く言えば自然豊かで、入口がちょっと分かりにくいんだけど……案内板が立ってるはずだから、もし迷ったら探してみてね」
「はいよ。あんがとね、薬袋」
よし。今日の目標は乾神社に辿り着き、巫女さんなり宮司さんなりに御神体の話を聞くことに決まりだね。
薬袋の警告通り、入り口は滅茶苦茶分かりにくかった。途中で泣きそうになったけど、めげずに探してよかった。看板に従順になった結果、やっとの思いで到着できた。鳥居を潜り、一安心。境内を見渡し、掃除中の殿方を発見。簡単にお参りしてから、その人に声をかけた。
「こんにちは」
すると彼は掃除の手を止め、こっちを見た。想像の万倍若い人だ。多分だけど、私とそう変わらないかも。
「こんにちは。如何なさいましたか?」
丁寧だが、どこかぎこちない感じで彼は言った。
「突然なんですけど……もしご迷惑でなければ、御神体を拝見させて頂きたくて」
「御神体ですか? 少々お待ちください、宮司に確認してみます」
「すみません」
彼は一礼し、駆け足で社務所に向かった。暇を持て余した私は、改めて境内を流し見る。早咲きだろうか、もうほぼ満開の桜が景色を華やかにしている。思わず見惚れてしまうような美しさで、その中にこの美少女が居るというのは正に、鬼に金棒の最たる例だ。そんなことを考えていると、砂利をじゃっじゃっと踏む音が聞こえた。二人分の足音だ。さっきの殿方ともう一人、ご老人がこっちに歩いてきている。
「初めまして、乾神社の宮司でございます」
私も一言「初めまして」と返し、軽く頭を下げた。
「御神体をご覧になりたいと」
「はい。友人から、それはそれは美しい鏡だと聞いたものですから、ぜひとも一目見ようと思いまして」
「ほう」
宮司さんは「かっかっか」と笑う。
「そうでしたか。それはなんとも、ははは、随分と酔狂なお嬢さんですなぁ」
私に感心しているのか、彼は満面の笑みで数回うんうんと頷く。
「さあさあ、こちらです。拝殿へご案内いたします」
「突然の訪問にもかかわらず、ありがとうございます」
お礼を言うと、宮司さんはまた笑った。
三人でじゃっじゃっと鳴らし、やがてさっきお参りしたばかりの拝殿に到着。履物を脱いでぎいぎいと軋む三段だけの階段を上り、中へお邪魔した。私の実家よろしく椅子が綺麗に並べられている。ぶつかって乱してしまわないよう、細心の注意を払いながら二人の背中を追って祭壇の前へ。
「これが……」
祭壇を見ると、確かに絢爛な鏡があった。薬袋が口にした威圧感という表現も、強ち過度な誇張ではない。
「吉三よ、説明して差し上げなさい。お嬢さん、この吉三は十六の若い宮司見習いでしてね。勉強の為、これに説明させます事、ご容赦ください」
宮司さんが言うと、吉三さんが「んんっ」と咳払いを一つ。そして音吐朗々と、透き通るような声で話し始めた。
「ご説明いたします。こちらは、乾の鏡。乾神社は結界を成す高祠六神社の一つであり」
結界を成す六神社。ああ、生明が教えてくれたやつか。
「その名の通り乾の方角——即ち北西の要であります。そのような大切な場所であるが故、太古の時代に神より賜ったのが、こちらの乾の鏡であるとされております」
「なるほど、神様が……」
さすがこんなに豪華絢爛な鏡ってだけあって、神云々っていう領域の話なんだね。私はそう勝手に納得した。説明が終わったようだから、ちょっと質問してみよう。
「ちなみに乾の鏡というのは、八咫鏡とは異なるものなんですか?」
「え、えっと、やたの……?」
吉三さんは狼狽した様子で、ちらちらと宮司さんの顔を見ている。どうやら、八咫鏡を知らないようだ。
「これはこれは、いやはや驚きました」
彼に代わって宮司さんが言う。
「八咫鏡を御存知なのですか?」
「はい。まあ、噂を聞いたことがあるという程度ですけど」
宮司さんはふむふむと頷き、言う。
「乾の鏡は確かに尊い存在ですが、ははは、八咫鏡と比べてしまうと格下と言わざるを得ませんね」
ああ、やっぱ別物なんだ。
「それはつまり、八咫鏡が神器と呼ばれる存在だから、ですか?」
「ほう、お詳しいですね。仰る通りです。乾の鏡は八咫鏡の模造品の模造品の、そのまた模造品の……と、いくつ言えばいいか分かりかねますが、ともあれ、八咫鏡とは別物です」
残酷な断言。乾の鏡は八咫鏡ではない。となると、やっぱりあの村にある神の御鏡がそうなのかな……。
「ちなみになんですけど、八咫鏡の所在って判明しているんですか?」
「さあ、分かりません。何しろ仰る通り、神器とまで呼ばれるものですからね」
だめか。
宮司さんと吉三さんにお礼を言い、拝殿から失礼した。履物を履き、外の空気を思い切り吸って深呼吸。歩き出す前に、もう一度境内の桜を見遣った。すると背後から、見送りに来てくれたらしい吉三さんの声がした。
「早咲きの桜なんです。美しいですよね。間もなく満開となりますよ」
「満開になったら、より綺麗なんでしょうね」
私には到底及ばないけど。
「またお邪魔してもいいですか? 友達にも、この景色を見せてあげたいので」
「ええ、もちろん構いませんよ。何時でもお待ちしております」
最後にもう一度お礼を言い、私は境内側から鳥居を潜った。




