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【二十五】人と人とを繋ぐもの

 翌朝、私たちはまた神馬神社にお邪魔した。今日は昼過ぎから、茂雄さんの儀式がある。その前に、実稲含めて四人で狼君を追悼するためだ。


「それでは~、御頭(みぐし)をお下げくださ~い」


 境内で焚かれた大きな炎。日輪の下でも煌々と輝いているそれは、今まさに狼君を灰に変えている。その周囲四つ角に細い竹が立ち、それらを柱として炎を囲うように細い注連縄(しめなわ)が掛けられている。注連縄に括られた真っ白い紙垂しでが、ひらひらと風に舞う。実稲の言葉に従って、私、小町、生明は頭を下げた。目を瞑ると、ばさばさと大幣(おおぬさ)を振る音が聞こえる。


「祓え給い~、清め給え~、(かむ)ながら守り給え~、(さきわ)え給え~」


 大幣の音が止まる。


「お戻りくださ~い」


 目を開けると、気のせいか、さっきまでより炎が大きくなったような感覚を抱いた。


「こちらをお一口ずつ~」


 いつの間にか大幣を置いた実稲は、三人と自分自身にちっちゃいお皿を配った。ほんの少量の透明な液体が注がれていて、独特な臭いがする。


「御清めの清酒でございます~」


 これがお酒ってやつか。初めて飲むから勝手がわからず、「お水みたいなもんでしょ、透明だし」とぐっと飲み干した。瞬間、口の奥というか喉というか、とにかくその辺が焼けるような感じになる。思わず顔を歪めてしまった。


「御清めはこれにて終了です~。お疲れさまでした~」

「立派な儀式をやってくれてあんがと、実稲。狼君も、きっと喜んでくれると思う」


 改めてお礼を言うと、実稲は「うふふ」と優しく笑った。


「御二方はこの後、どうされる予定ですか〜?」


 実稲が私と小町を見て言う。目配せし、互いの意図を察し合って頷いた。


「午後の儀式に顔を出したら、村を出るつもり。いつまでも居候してらんないし。生明、私からもお礼を言わせて。私らを助けてくれて、あんがとね。もちろん実稲もだよ」

「うん。二人が居なきゃ、あたしら何もできなかったと思う。ほんとにありがとう」


 生明が涙目になっている。もう余計なことは言わないでおこうかな。……彼女の泣き顔は、もう飽きるほど見たからさ。


 茂雄さんの儀式には、数多くの村人が参加していた。生明と美里さんは当然として、一緒に畑をやっている人や、ご近所さんまで、無数とも思えるくらいだ。その誰もが涙を流し、彼の他界を悲しんでいる。その中には、豊穣神信仰者も居れば悪魔崇拝者も居るはず。信仰の形も対象も違うし、憎しみの歴史だってある。それでもみんな、共通の不幸に対して同じ感情でそこに居るんだ。


「私、姉妹仲直りの希望はあるかもって思うよ」

「だね。ここの人らを繋いでるのは、信仰じゃない」


 美里さんは結構熱心な豊穣神信仰者だし、それを隠す素振りもない。それでも彼——茂雄さんは、彼女と結婚している。奥さんが異教徒だと知っていても縁を結び、仲良く夫婦をやっていた。それはつまり、小町が言った通り、人の関係と信仰が無関係だって言っているようなものだ。永きに(わた)って睨み合ってるとか何とか言ってるけど、結局、そんなの二の次だ。少し遅れているだけで、信仰が廃れた高祠之国と同じ歴史をたどっているのかも。もちろん、中には村長みたいに過激な人もいるだろうね。だけど、ほとんどの人はそこまで深刻に考えていないように見える。


「私と小町を繋いでるのは、何だろうね」

「利害、目的の一致」

「えっ本気で言ってる? 泣きそうなんだけど」

「……本気なわけないでしょ」

「良かった、普通に病むところだった。私と小町を繋ぐもの、私は明確な答えを持ってるよ」


 私がそう言うと、小町は目を細めた。


「……一応、聞かせてもらえる?」

「ずばり、()だね」

「……ど、どの意味? 捉えようによって、肯定も否定も出来るんだけど」


 例えば家族愛。私らは八岐神社で一緒に育った家族だもんね。姉妹愛ってのもある。実家を飛び出してからもずっと、孤児姉妹として仲良くやってるわけだし。それから、今小町がちょっと顔を赤くしている理由の愛もあるね。


「さあ、どれでしょう?」

「もも、黙秘!」

「じゃあ、私は都合よく解釈するけど」

「か、勝手にすれば?!」


 神社を出て帰路に就いた。もうすっかり見慣れた田園風景に別れを告げ、足を西に向けた。そこへ——


「あ、居た居た! 桜華ちゃん、小町ちゃん!」


 私たちの名前を叫びながら夕日に向かって走って来たのは、生明だ。眩しいだろうに、真っすぐ私たちの方を見ている。


「もう、急に居なくなっちゃうんだから!」

「ごめんごめん」


 彼女は拗ねたように頬を膨らませた。ちなみに、美里さんと生明には今朝の時点で「お世話になりました。今日帰ります」って伝えてあった。


「ほんとに行っちゃうんだ」


 そう言う生明の声は寂しげだった。


「うん。でもほら、永遠に会えなくなるわけじゃないから。実は私、まだ生明に()()()()()()()()があるの」

「え? なになに? わたし、なんでもやるよ!」


 生明の力を借りれば、他の誰も知り得ない情報が得られる。そう知った時、私はあることを思い立った。


「ううん、今じゃないの。村の事が落ち着いてからでいいよ」

「……分かった。二人とも、たまに遊びに来てくれる?」

「もちろん」


 小町も頷いた。


「良かった! 次はいつ来る? 明後日とか? 頻度は? 週に三回くらいは来る?」

「そ、そんなには無理だけどさ……。でも、そう遠くない内に会おう」

「うん、約束だよ。実稲にも言っておくからね、巫女様に嘘を吐くなんてだめだよ?」

「はいはい、約束ね」


 新たな親友と指切りを交わし、今度こそ本当に帰路に就く。生明は、見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。すんごい懐かれよう……。


 西へ向かう。太陽は既に隠れ始め、世界を橙色に染め上げている。暗くなってくると、未だに狼君を思い出す。そういえば、茂雄さんの動機は結局分からなかったな……。あの村長に脅されたとか、そんな想像は出来るけど。まあいいか、その辺は十六夜たちの領分だし。私は八咫鏡候補を見つけたうえ友達ができたってだけで、大大大満足。


 夜になり、私と小町は貧相な廃屋(わがや)へと帰還した。諸々済ませて横になると、どっと疲れが出た。久々に畑仕事なんてしたからかな……。でも明日からは——途端、明日からは狩猟を再開する必要があると思い出し、絶望。駄目だ今は忘れよう。


 ——冷える。


 温もりを求め、私は孤児姉妹の眠る布団に手足を伸ばした。




【陸話 悪魔の爪弾き ~完~】

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