【二十四】彼女は爪弾かれ悪魔へと
翌朝……と言っても昼前だけど、多少元気になった生明と一緒に神馬神社にお邪魔した。もちろん、神の御鏡を持って。
「これが、神の御鏡ですか~」
相変わらずふわふわした口調で、実稲は鏡を珍しそうに見た。豊穣神の化粧道具入れを持ってきて当ててみると、ぴったり素敵に収まった。
「ところで桜華様、小町様~? 彼らの拠点はどちらにあったのですか~? 昨日お別れして以降の情報は持ち合わせていませんので~」
「わたしも気になる! 長年何処にあるか分からなかったのに、どうやって見つけたの?」
「拠点があったのは、村長の家の地下だよ。あの人、悪魔崇拝者だったんだよね」
場所と村長の信仰を言うと、生明と実稲は目を丸くし、声も出ない様子だった。まあ分かるよ、吃驚だよね。
「詳しいことは、後々十六夜——昨日の防人から話があると思う」
暫く待っていると、神社に新たな来客があった。実稲が拝殿の祭壇前に案内する。黒と青の短髪と腰に携えた刀をを揺らしながら、あの女が現れた。
「おや、もう集まっていたのか。待たせて悪いね」
そう言った後、十六夜は懐から昨日の巻物を出して実稲に差し出した。
「こちらは~?」
「村長から頂いた巻物だよ。彼曰く、これを読めば村の真実の歴史が分かるらしい」
「真実の歴史、ですか~。では、読んでみましょ~う」
五人で車座になり、実稲が読みやすいように巻物を広げた。
「豊穣神について書かれていますね~。ふむふむ~?」
私の方からじゃ読みにくいから、解読は実稲に任せよう。そう思って彼女の様子を窺いながら待っていると、時間とともに大きく目を見開いていく。実稲のいつもの優しい顔は、一気に衝撃に塗りつぶされてしまった。
「実稲、なんて書いてあったの?」
生明が問うと、実稲はゆっくりと顔を上げた。
「村の豊穣神は~、双子の姉妹神であると~……」
「姉妹神だと?」
十六夜が確認のために問い、実稲は頷いてそれを肯定する。「もう少し読み進めますね~」と呟き、実稲はもう一度紙面に目をやった。
「姉神と妹神は言わば陰と陽~。どちらにも優れた面とそうでない面とがあり~、姉妹で補い合い、完全なる一柱の豊穣神として存在していた~。驚きです、豊穣神様が姉妹であられたなんて~」
神馬神社の巫女である実稲でも、姉妹神だったっていうのは知らない事実らしい。これが真実の歴史? でも、姉妹だから何だっていうんだろう……。
「農村の民は姉妹神を愛し~、豊穣を祈っていた~。だが何時からか~、愛は派閥を生んだ~。姉神をより深く愛するか、妹神をより深く愛するか~。やがて信仰は二つに分かれ~、別々に崇拝するようになった~……」
誰も何も言わない。いや、言えないんだ。お披露目された歴史が驚愕過ぎて、どんな反応をするのが正解か全くわからないって感じ。少なくとも、私はそう。
「二つと言っても~、姉神信仰が圧倒的大多数で~妹神信仰は時間と共に……追いやられ……」
読み上げる実稲の声が震え始めた。内容や立場的に、実稲に音読させるべきではないかもね……。
「巫女様、無理はするな。私が代わろう」
「え、ええ……。恐れ、入ります~……」
「お疲れ、実稲」
十六夜と位置を交換した実稲を、生明が宥める。親友に背中をさすってもらった彼女は、どうやら落ち着きを取り戻したらしい。
「では続けるぞ」
十六夜が前のめりになって言った。
「時が経ち、姉神信仰者は己が女神に劣った要素——つまり妹に補ってもらっていた部分の存在が許せなくなった。そういった要素を邪や穢れと称し、妹神信仰迫害の意味を込め、それら劣ったものは妹神の要素であると書き換えて伝承した。またその逆に、妹神が持つ優れた部分を奪いもしたのである。かくして、姉神は完全善の豊穣神、妹神は完全悪の悪魔とされた」
村長の家で見た資料を思い出した。農村で発生した豊穣神信仰。そこに突如として現れた悪魔崇拝。なるほど、文化の混合や侵略の痕跡が無かったのも頷ける。だって、悪魔崇拝は豊穣神信仰から生まれたんだから。まさか原初の豊穣神が双子だとは思わなかったな……。
「姉神信仰者はやがて、豊穣神と悪魔が姉妹であることさえも嫌うようになった。姉神妹神という呼称を破棄、あらゆる妹神の痕跡を排除し、最初から真に一柱であったかのように歴史を書き換えようとしている」
この巻物はつまり、歴史が改ざんされようとしているちょうどその時期に、妹神信仰者たちが書いた物なんだろうね。じゃあ、私が読んだ村の資料は全部書き換えられたものだったってわけか……。
「やがて、書き換えられた事さえ誰も知らない時代となるだろう。我等が妹神様は真に悪魔となり、姉神は真に唯一神となる。だが我等は決して忘れない。豊穣神は双子であることを。妹神様は悪魔などではないことを」
十六夜は顔を上げ、視線を紙面から天井へと移した。実稲は袖を濡らし、生明が彼女を宥める。私と小町は、何をどうすればいいのか分からず、とりあえず巻物の先を読むことにした。床の上で巻物を回してこっちに向ける。
「村長が言ってたのはこれじゃない?」
小町が指さした場所には、「神の御鏡」の文字が。
「御鏡を含む種々の道具は、化粧事に強く関心を持たれていた妹神様の持ち物である。彼らはこれを豊穣神の持ち物という広義な言葉を用い、己らのものとした……。なるほどね」
だから悪魔崇拝者——ううん、妹神信仰者たちは「返せ、返せ」って言いながら鏡を奪い返したんだね。だけど、それにしても気になる点があった。誰宛てともなく、私は疑問を呟く。
「ちょっと妙じゃない? 現代の妹神信仰は、牧師さんの知識が通用するほど、本当に悪魔崇拝みたいになってたよね? 姉神信仰者が、勝手に悪魔だって言っただけなんじゃないの?」
一瞬だけ静かになった後、十六夜が口を開いた。
「言ってしまえば神とは、人が創るものだ。同時に、人によって変貌するものでもある。迫害された妹神信仰者たちの憎悪が膨らみ、継承され、今のような悪の権化たる悪魔と同じ存在に堕ちたのだろう」
「……そっか」
俯いていると、今度は十六夜から私に話しかけてきた。
「それはそうと桜華。神の御鏡はどうした? 約束はしっかり守ってもらうぞ」
「はいはい、分かってますよ」
実稲を見ると目が合い、お互いゆっくりと頷いた。巫女様から了解を得たので、私はやおら立ち上がり、さっきまで見ていた豊穣神の持ち物——妹神の化粧箱を持って十六夜の前へ。箱を開けると、鏡は私と十六夜の顔を半分くらいずつ映した。
「なるほど、これが……」
十六夜はそれを手に取り、じっくりと観察している。気分が落ち着いたらしい実稲も一緒に見始めた。
「巫女様に聞きたいのだが、この鏡に別名は無いか?」
「別名、ですか~?」
「ああ。実は今、防人は高祠之国に伝わる秘宝を探していてな。それもまた鏡なのだが、神の御鏡ではなく、八咫鏡という名前なんだ」
思わず「えっ」と声が出そうになった。喉まで出かかったそれを何とか飲み込む。防人は私たちと同じく、八咫鏡を探しているんだ。目的は何だろう。やっぱり、保護なのかな? 少なくとも三神器のうち二つ——天叢雲剣と八尺瓊勾玉は既に盗まれたと言っていい。故にまだ被害が判明していない八咫鏡に集中しよう……っていう、全く同じ発想なのかも。
「さあ~伺ったことはありませんね~」
「分かった、ありがとう。状況が落ち着いたらまた調べさせてもらうから、その時は頼むよ」
「かしこまりました~」
最後に改めて神社の壁画を見せてもらった。豊穣神を描いた壁画の不自然な傷跡の理由も、真の歴史を知った今ならそういう事かと分かる。
それから神社を出て解散した。十六夜は城下町に戻り、実稲は昨日に続いて御清め儀式の準備にかかるという。私と小町と生明はいったん生明の家に帰り、気分的な日常の奪還を目指して中断していた畑仕事を再開した。その夜、今や懐かしいとさえ感じる女子会を開催することに。
「桜華ちゃん小町ちゃん、改めて、お礼を言わせて」
「生明、お礼ならもう散々言ってくれたじゃん。私もうお腹いっぱいだよ」
「ご、ごめん。でもわたし、もう一個お礼を言いたいことができたから」
「もう一個?」
何のことか分からず、生明の目を見る。小町も私と同じようなことをしていた。
「……なんていうか、わたし、この村が漠然と怖かったの。大切な故郷なのに、ずっと怖かった」
大きく鼻をすすり、生明は言葉を続ける。
「二つの信仰がいがみ合って、いつ大規模な衝突が起きるか分からない。そこに人喰い狼まで現れてさ。正直、生まれ育ったこの村が……そんなに好きじゃなかったんだ。もちろん悪い事ばっかりじゃないよ。畑仕事は私の誇りだし、周りの人は優しいし、親友の実稲も居る。それに、この村に居たからこそ二人にも出会えた。それでもやっぱり、怖かったんだよね」
実際、生明の不安は現実になろうとしていた。あのまま村長たちが実稲を殺していたら、永きに渡って睨み合っていた二つの派閥はどんぱちやり始めただろう。そうなれば、何の罪もない人だって血を流す。そんなことはあっちゃいけない。絶対に、いけない。……ちょっと話が逸れたけど、最終的に村長が姉神信仰への報復を諦めたことが不幸中の幸いだったのかも。とりわけ生明にとっては、その不幸があまりにも大きすぎるけど……。
「でも、もう怖くないよ。不安は殆どなくなって、畑とか友達とか、楽しいもの嬉しいものばっかりが残った」
生明は数日ぶりに、とびっきりの笑顔を見せてくれた。
「二人が村に来て、行動を起こしてくれたおかげだよ。だから、ありがとう」
「生明……」
私たちが動いたのは——辻斬りの時も鬼の時もそうだけど——、私たちの個人的な理由だ。今回で言えば、八咫鏡を探したかっただけ。さらにその理由は、家族の仇を討つため。その相手を探すため。そんな理由に他ならない。でもまあ、それが誰かの為になったなら、それで誰かが喜ぶなら、動機なんか何でもいいかって思えちゃう。結果的に八咫鏡候補を見つけ、友達も助けた。一石二鳥ってやつじゃん。
「えへへ、どういたしまして」
見ると、小町はいつの間にやら夢の中。せっかくいい感じなのに、この子は……。
「ふふ。わたしたちも、もう寝ようか。明日も予定あるし」
「……だね。それに、夜更かしはお肌によくない」
美少女のお肌を荒らすわけにはいかない。
「うん。じゃあ、おやすみなさい桜華ちゃん」
「おやすみ、生明」
部屋の行灯が消え、視界は一瞬にしてまったき闇。瞼を閉じて暗さに追い打ちをかけた。虫たちの歌も、風の音も、狼の遠吠えさえも、今の私には、そして今のこの村では、全て心地いい子守歌に聞こえる。




