【二十三】探し求めた秘宝
「桜華抜くな!」
どこからかそう聞こえ、計画は中止。安易な垂直の攻撃を躱し、刀を納めた——次の瞬間。狼君の時のように鈍い閃光が走る。洞窟内が薄暗い分、日光の下よりかは強い光に見えた。そして僅か数刹那直後、鮮血の飛沫とともに、村長は「ぐおお」と絶叫しながら倒れる。からんと、彼は刀を落とした。
「ふう、危ない危ない。もう一歩遅かったら、私は君を捕らえなければならなくなってたな、はは」
「十六夜!」
彼女が笑っている間にも、村長は腕に生じた刀傷を抑えながら地面で悶えている。
「小町、無事?」
「いやあんた、それはこっちの台詞だよ」
一頻り痛がった村長がゆらゆらと立ち上がった。やっと状況を理解したらしい彼は、青ざめた顔で十六夜を見る。
「馬鹿な……向こうには十人も居たはず……」
「村長殿まで私を見縊るか」
「ま、まさか……たった二人で全員?!」
「いいや、一人だよ。はは、彼女の手を煩わせるまでもなく十人とも拘束させてもらった。公務執行妨害というやつさ」
村長は下がり、最初に居た祠の方に戻る。
「桜華よ、彼から情報は聞けたか?」
十六夜は依然として村長を警戒したまま、私に問うた。
「ちょっとね。簡単に言うと、悪魔崇拝の勢力は想像してるより大きい。巫女を……実稲を殺して反転攻勢に打って出ようとしてたみたい。幸い、そうはならなかったけど。それからもう一つ、彼らは豊穣神側に復讐しようとしてる」
「復讐?」
「そう。動機は、彼が持ってる巻物を読めば分かるっぽい」
「ほう。では村長よ、その巻物とやらを渡してくれ」
彼は抵抗し、傷を気にしながら小さく「ふん」と鼻で笑った。
「これもまた我等の希望だ。邪神信仰の優位を一挙に覆す、言わば奥義。そう簡単に——」
村長の言葉が途切れた。十六夜の隣に居た私でさえ、彼女が何をしたのかは分からない。ただ十六夜は一瞬にして村長の元へ移動し、抜刀して頸に刀を突き付けた……と、今の状態を理解することしかできていない。
「な、何を——!」
「私の報告一つで、君たちを危険宗教として処理することができる……とだけ伝えておこう」
「お、おのれ……」
村長は苦虫と激辛唐辛子を同時に噛み潰したような顔になった後、大人しく十六夜に巻物を渡した。まあ、自分たちの信仰が公的な邪教になるなんて嫌だろうからね。
「はは、ありがとう。預かっておくよ」
「……中身を読めば分かることだが」
いつの間にか腕を後ろに回された村長が、さっきまでの険のある話し方から一変し、今にも消えてしまうんじゃないかってくらい弱々しく語る。
「我々は、本当に被害者なのだ。突如として悪魔と呼ばれ、突如として迫害を受けた……だから——復讐が失敗した今、やり方はもはや何でもいい。この真実の歴史を公にしてほしい。我等とてかつては共に豊穣神を崇めた同胞なのだと……!」
村長の弱い声には、しかし、強い想いが乗っかっているように感じられた。十六夜は片手で紐を取り出し、彼を抵抗できないように縛りながら言う。
「内容次第だ。……だが、書かれている内容を邪慳に扱うことはしないと、十六夜の名をもって約束しよう」
村長は何も言わなかったけど、言葉の代わりに涙を流した。大きな大きな粒の、桶を反したかのような涙を……。
「とりあえずここを出よう。ああそうだ、ここへの道中で倒れている老婆を見たが」
あからさまに私の方を見て、十六夜は暗に説明を求めてきた。
「えっと、あれは……」
「彼女は悪魔に憑かれていました」
困っていると、牧師さんが助け舟を出してくれた。おかげで十六夜の視線は彼へ移る。
「私が祓いましたが……消耗していたのでしょう、その場で倒れてしまいました。お年寄りですから、無理もないことです」
「……そうか。そういう事にしておこう」
十六夜は不敵に笑い、一応彼の説明に納得している風だった。彼女は再び前を向き、拘束した村長を押しながら洞窟の出口方面へ。
「小町」
時期を見計らい、私は小さな声で小町を呼んだ。静かにして欲しいことを察してくれたのだろう、彼女は目線だけで返事をした。
「ん」
彼女に目配せをし、祠を顎で示した。私たちが探し求めた、神の御鏡を祀る祠をだ。鏡を確認した小町は目を見開き、そこへ近寄る。一礼してから祠の戸を開け、裏に「豊」と書かれた御鏡を回収。小町はそれを自分の着物の中——お腹の辺りへ入れたが、違和感があってどうも目立つ。
「……あたしじゃ無理。あんたがしまって」
それだけ言い、御鏡を渡してきた。そんな変わらないと思うけど……。とりあえず受け取り、小町と同じ場所に入れてみた。
「どう?」
「まあ、あたしよりは」
苦悶の表情を浮かべる小町。確かに小町の時ほど違和感は無いけど、それはともかく、一体なんでそんな怖い顔してるんだろう……?
外に出ると、真っ暗だった。でも急ぐ必要はない。もう人喰い狼は出ないからね。
「桜華と小町はとりあえず、生明の家に泊めてもらうと良い。私は村長を南部の防人に差し出し、応援を呼んで拠点の暴徒も回収してもらう。ついでに牧師を城下町に送り届けるとしよう」
「巻物はどうするの?」
村長の言う歴史が載っている巻物。それは今、十六夜の懐にある。
「このまま回収し、内容を防人で精査するつもりだが……君たちも中身を知りたいのか?」
「当然。ここまで首を突っ込んだんだから」
「そうか……ふむ、どうしたものかな」
私と小町は、本質的には無関係だ。だからこの情報を知るべきかそうでないか、十六夜は迷っているんだと思う。ふん、だったらこっちにも考えがあるもんね。よかった、隠しといて。
「巻物は明日の昼頃に集まって、神馬神社の巫女立ち合いのもと、開封。それじゃ駄目?」
「駄目かどうか以前にだな——」
「神の御鏡、あんた結構気にしてたよね?」
悪魔崇拝者の拠点探しを手伝ってくれって依頼したとき、十六夜が一番食いついたのはそれだ。だからここで、さっき回収した秘宝を餌に使おうってわけ。「ほらこれ」と言いながら、私はお腹のところにしまった鏡をちょっとだけ十六夜に見せる。
「実稲に預けて、永劫に封印してもらってもいいんだけどなぁこれ」
「ふざけるな、それは我等が女神の物だぞ!」
十六夜を釣ろうとしてたのに、別のが釣れた。でも邪魔ってわけじゃない。むしろ餌が増えた。
「巻物を読めば、鏡とあんたたちの女神のことも分かるわけ?」
「……ああ、分かるだろう」
「だってよ十六夜。どうする?」
「……はは、あははは。良いね、実に面白い。見事な交渉だと言っておこう。確かに私——いや、防人として鏡には興味がある。良いだろう、桜華。君の提案に乗るよ。ただし、約束を違えた場合は」
「分かってる」
十六夜を騙せば、何らかの罪を着せられて指名手配とかにされるかもしれない。私は私の人相書なんて見たくないから、ここでこいつを裏切るつもりはない。それに、せっかく色々と分かってきたのに、こんなところで復讐劇の幕を閉じるわけにはいかないもん。
「じゃあ、そういう事でよろしくね。行くよ小町」
「はいよ」
十六夜と牧師さんに別れを告げ、生明の家へと向かう。狼を警戒して地面ばかり見てたけど、こうしてみると月が綺麗だ。背の高い草と雲と月輪が生み出す景色は、何よりも——無論私は殿堂入りだから除くよ——美しい。




