【二十二】彼等の目的
◇◇桜華◇◇
小町や十六夜と別れて右の道を進んだけど、景色は変わり映えしない。相変わらず暗く冷たく、そんで狭苦しい道が続くだけ。牧師さんとは然したる会話もなく、ただただ無言で歩いていた。そんな時間が十分ほど続いた時のこと。
「……前から声が聞こえますね」
牧師さんが呟いた。前の方に意識を向けると、確かに聞こえる。
「左の道と繋がってたんですかね?」
小町との再会を喜んだ私は少し早足になり、声のする方へ向かった。ぴちゃぴちゃと音を立てながら牧師さんも追ってきている。湾曲した道を進んだ先で、私は人の姿を見た。
「……小町、ずいぶん老けたね」
そんな冗談を言ったけど、そこに居たのは無論、小町じゃない。目の下に濃いくまがあるお婆さんだ。若干腰が曲がっていて、全白髪の頭部を私たちの方に突き出した格好になっている。それでいて顔はこっちを向いている奇妙な状態ので、どことなく妖怪感があった。
「祭壇……。祭壇……!」
お婆さんは私を見るなり、右手に持った太めの木の棒を私に向けそう叫んだ。彼女の嗄れ声が岩壁に反響し、幾重にも重なって聞こえる。
「桜華様、お気を付けください。その者は悪魔に取り憑かれています!」
言われてみれば、城下町の男と雰囲気が似ている。まさか目を血走らせて涎を垂らしてはいない。呪いの儀式とやらをやり続けたからか、はたまた、こんな洞窟に籠っていたからか……何にせよ、精神がおかしくなっているだけだろうね。
「祭壇、祭壇!」
彼女はそう言いながら、棒と左手に持った箒を振り回し始める。へえ、なるほど。ここで戦おうってわけね。差し詰め、村長が嗾けた刺客と言ったところかな。
「牧師さん、ちょっと離れてて」
言うと、彼は素直に従った。彼は城下町で私が男を無力化したところを見てるから、問題ないと分かっているんだろう。
「祭壇!」
それしか言わないお婆さんが棒を振り下ろしてきた。抜刀して払うと、棒が刃にめり込む。衝撃に耐えかねたのか、彼女は棒から手を離した。
「祭壇、祭壇になれ……!」
怯んだかと思いきや、今度は箒の柄で私のお腹を突いてくる。私はそれを左手で受け止め、箒の柄を掴んでやった。刃物ならまだしも、そんなものじゃ何の痛痒も感じない。まして、お婆の力くらいじゃね。箒の制御を支配し、ぐっと左に体ごと押してやる。
「ぎゃあ!」
すると彼女は壁に激突。短い悲鳴を上げて動かなくなった。
「え、えっと、彼女は……」
お婆さんの無事を心配する牧師さん。私は箒を道の先に放り、倒れた彼女に近づいた。脈はある。息もしているし、苦しんでいる感じはしない。
「大丈夫、気絶しただけみたいですよ」
「そうでしたか……よかった」
彼もお婆さんの方に寄ってきて、どこからか取り出した掌大の十字を彼女の額に当てて何か私には理解できない言葉を放った。悪魔祓いってやつかな?
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫ですよ、これくらい。それよりお婆さん、祭壇祭壇って言ってましたけど、どういう意味か分かります?」
「……魔女は女体を祭壇にしたと、そういう言い伝えを聞いたことがあります。その類でしょうな」
「へえ」
祭壇にしたいくらい美しい肢体ってことね。拠点はこんなだけど、存外、彼らにはしっかりした審美眼があるらしい。
「じゃ、引き続き先へ——」
お婆さんを横に寝かせ、私はそう言いながら立ち上がって数歩進んだ。私がさっき投げた箒が、柄の先端は右の壁、掃く方は左の壁に当たるような格好で道に倒れているから、それを跨ごうとした刹那——
「止まってください!」
突然、牧師さんが大きな声を出した。反射的に周囲を警戒したけど、敵らしい敵は見当たらない。不思議に思って牧師さんを見ると、彼は安堵したような顔をしていた。どうしても確実に私を止めたかったのか、彼の右手が私の肩に迫っていて、今にも掴みかけていた。
「何かありました?」
「それです」
それといって彼が指さしたのは、たった今私が跨ごうとした箒。より正確にはその柄の部分だ。それが何なんだと首を傾げると、彼は極めて言い難そうに話した。
「何と申しましょう……とにかくその、箒の柄を跨ぐべきではありません。桜華様や小町様、十六夜様のような若く未来ある女性は、特に」
「え~っと、どういう意味?」
「色々とよろしくない言い伝えがありましてね……。と、とにかく、跨ぐべきでないのです!」
「わ、分かりましたよ……」
結局意味は分からなかったけど、彼の必死さに負けた私は箒を跨がす、壁に立てかけてから通った。
それから少し歩いたところで、広い空間に出た。と言っても、今までが狭いから比較的広いって感じるだけかもだけど。だけど広さなんてどうでも良くて、私が本当に気にしているのは、一段高い場所に立つその男だ。
「ふん、二手に分かれたか」
「どうして逃げるの? 袋小路なのに。しかも今更抵抗したって無駄じゃない? 白状した後なんだから」
「黙れ小娘! もうすぐ我等の悲願が叶ったというのに! 貴様ら余所者のせいで、計画は全て水泡に帰した。絶対に許さんぞ!」
意味の分からない事を喚き、彼は刀を抜いた。一段降り、私らと同じ高さに。そうしたことによって、彼の体で隠れていたものが見えるようになった。
「……祠?」
この場に似つかわしくない、小さな小さな祠。神馬神社と全く同じ雰囲気のそれが、なんで悪魔崇拝の拠点にあるのかは謎でしかない。
「ちょ、そこにあるのって……!」
祠の中に、それは見えた。古いものだが、その絢爛さは一寸たりとも失われていない。一瞥しただけで分かる、この世の物ならざる美しい神品。——鏡だ。
「ああ、そうさ。神の御鏡はここにある」
そう言いながら、彼は刀を握った手に力を籠める。いつ斬りかかってきてもおかしくない。牧師さんを守るように立って村長と対峙する。
「で、悲願って何? 何を企んでたわけ?」
「……復讐だよ。貴様には解るまい。この、永劫に等しく迫害されてきた我等が女神の憎悪など!」
「復、讐……?」
——復讐
——憎悪
たった二つの単語だけど、私の思考を崩壊させるには十分だった。私は一気に、彼を悪人と言えなくなってしまったのだ。何故といって、彼の行動原理は私と寸分違わず同じだったから。
「……教えてよ。この村で何があったのか。それと、茂雄さんの事も知ってるんでしょ?」
「くくく。まあ、ここまで来てしまったら隠す道理も無い。いいだろう、そんなに知りたければ教えてやる」
そう叫ぶと、彼はさらに拳を強ばらせた。そのせいで腕が震えていて、刀がかたかたと音を鳴らす。
「あの男は、我等の希望だった。動物——就中狼に憑依できる力のなんと素晴らしいことか。その力があれば、邪神を信じてやまない愚か者どもを容易に消すことができる。石もて追われた少数派の我等が、彼奴等の勢力を削ぐ希望を得たのだ」
話を続ける彼の顔は憎しみに歪んでいて、まさに鬼——いや、悪魔そのもののよう。
「しかし、状況が変わった。邪魔な余所者が現れ、村の歴史はおろか狼について探り始めたのだ」
「……それが、私たちってわけ?」
「ああそうだ。だから私は彼に命じた。面倒な余所者を殺せとな」
だから茂雄さんは、執拗に私と小町を襲ったんだ。悪魔崇拝者による復讐の邪魔になるから。ついでに言うと、豊穣神信仰をしていない私たちが狼に消されれば、悪魔崇拝者側にかけられた疑いを晴らせるって考えたのかも。
「ああ、忌々しい。忌々しい!」
柄を握る彼の手からは、僅かに血が滴っている。一体どれほどの力で握っているのだろう。復讐相手と対峙したとき、私もああなるのかな……?
「なら、どうして彼は最後に実稲を——巫女を狙ったの? 消したいのは私たちだったんでしょ?」
「奴さえ殺せば、王手だったからさ」
「……王、手?」
「ははは。知らなかったか? この村に人喰い狼が出るようになって、豊穣神信仰者が無差別に殺され始めた。その恐怖感情は、村人の多くを我等の仲間に引き入れたのだよ。今や我等は、貴様らが思っているほど少なくも劣勢でもない」
悪魔崇拝者——または狼——が巫女を殺せば、豊穣神信仰者は悪魔を討つ大義名分を得る。そうなれば、少数派である悪魔崇拝は容易に潰されちゃうだろう。そう考えていたけど、彼の話が本当なら、勢力は既に少なくとも半々ということになるよね。なんなら、要人を喪った豊穣神側が不利まである。
「いよいよ邪神教徒共を滅ぼせる。そう思っていたのに!」
「さっきから気になってたんだけど、その邪神って何?」
「豊穣神を名乗る嘘つき神、真の悪魔のことさ」
せっかく教えてくれたのに申し訳ないけど、私には何一つ理解できなかった。豊穣神が真の悪魔? じゃあ、私たちが悪魔だと思っている存在は何?
「知りたいか、この村の本当の歴史を。隠され、いつしか忘れ去られた真の姿を! そのすべてが、ここに書かれている」
そう言いながら、村長は懐から巻物を出した。
「ふん!」
それを私に……と思っていた私は、彼が地面から何かを蹴り上げるのを見た。宙に舞ったそれは、瞬く間に私に迫る。水だ。洞窟の地面に溜まっていたそれが、一種の目潰しに利用されたんだ。
「ちょっ、何を——」
反射的に腕で目を守った。だけどその行動は、私に大きな隙が生じるきっかけとなる。
「うおおおおお!」
前を見た時には、村長がすでに眼前に。刀を振り上げ、獣の如く雄叫びを上げながら走りこんできている。
「あんた、卑怯すぎ……!」
私も柄を握る。少し抜くと、私の身体が淡い光を帯びた。このまま桜散火を発動し、彼に反撃をしよう。一瞬の内にそう計画し、心を落ち着かせる。身体の光は強まり、刃の三割ほどが鞘から出た。あとは勢いそのまま抜き放ち、斬撃と火花で痛い目見てもらうだけ。
だけど——




