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【二十】悪魔崇拝の拠点

 それからしばらく、牧師さんが挙げたような条件の場所を探した。岩陰に拠点が無いのは勿論、何処にも見当たらない。倉庫の床下には糠味噌しか無かったし、井戸の底には水しか認められなかった。更に北上し、茂雄さんを発見した場所を越えた頃、ふと小町が呟く。


「ねえ桜華。さっきは周章狼狽(どぎまぎ)してて気づかなかったけど、この通りって村長さんの家とか城下町とかに出る道だよね? ほら、三又路の」


 そう言われ、私は数日前の記憶を辿る。ここを通ったのは確か、村に来た翌日だったけ。それと、牧師さんに会いに行った時も通ったはず。何処もかしこも似た景色が続いてるから、全然意識してなかったな……。


「あっ言われてみれば。生明の家の前から真っすぐ北上したから……。そっか、そりゃそうだよね」

「村長と言えば、そういえば彼は妙だったな」


 不意に十六夜が言った。牧師さんもそれに頷いている。その意味が気になって、十六夜に視線を送った。


「村に来た時、私と牧師で挨拶に伺ったんだ。人喰い狼の被害が続いていると聞いたので調べに来た防人だ、とね。そうしたら彼……はは、一瞬だが、物凄く嫌そうな顔をしたよ。まるで、調べられたくないかのようだった」

「それ、私たちが村の伝承を聞きに行った時もそうだったよ」


 確かにあの日、彼は資料を見せてくれはしたけど、不承不承って感じだった。いきなりの訪問で迷惑だったかなとか、私らが余所者だからかなと思ったけど、十六夜の体験談からして変だ。だって、村を恐怖に陥れていた狼事件を防人が調べてくれるとなれば、普通は有難いと思うよね? 生明の話によれば、猟師さんは気味悪がって来てくれないみたいだし。それなのに、彼が十六夜の訪問を不快に感じたってことは……。


「なるほど。あの男、調べてみる価値はありそうだな」


 次の目標を村長さんへの聞き込みに絞り、私たちは()()した先の三又路を()に折れた。大きな邸宅が見え始める。私たち四人——特に私と十六夜は簡単な計画を立て、彼から情報を強引に引き出す手筈を整えた——。


 ——邸宅前。村長さんは庭の手入れをしている。


「ごめんください」


 私一人で彼に声をかけた。小町たち三人は、門の外で私の様子を見守っている。村長さんは作業を中断し、斯くも美しき来客(わたし)のもとへ歩んで来た。


「おや、あなたは先日の」

「この前はありがとうございました」

「本日はまたどのようなご用件で?」

「今日は——この村の信仰について教えてよ。知ってること、ぜ~んぶ」


 私は突然口調を変え、村長さんを挑発するかのように言い放つ。あんま気は進まないけどね。


「——っ!」


 思った通り、村長さんは嫌そうな顔をした。


「わ、私とて……皆が知っているようなことしか知らないよ」

「……本当に?」

「ああ」

「本当に、何も知らないの?」

「知らないさ。くどい御方だ」


 声を低くして、睨みながら聞いても駄目。駄目だけど、作戦は恙無く進行中だ。


「……ふうん」


 少し間をおいて、話題を変える。


「ところで、村長さんはどっちなの?」

「どっち、とは?」

「豊穣神か、悪魔かってこと」

「ど、どちらでも良いでしょう? し、信仰は人の……自由だ」


 信仰を聞くと、彼は何やら吃り始めた。目が泳いでいる。農村の長なんだから、豊穣神を信仰しているはず。今こそ、そんな前提——思い込みが崩れる時かもしれない。


「教えてよ、どっちなのか。安心して、私なんてただの余所者なんだから。どっちだから何かするってわけじゃないし」

「話す道理は無い!」


 村長さんが声を荒らげた。よしよし、良い感じ。


「何がそんなに嫌なの? あ~っもしかして、村長さんが信じてるのは、信じてると公言するのが恥ずかし~い存在ってこと~?」


 我ながら小憎たらしい言い方をした。実稲のかわいい伸ばし方ではなく、()()()()って感じの印象でね。


「なに! この小娘、言わせておけば——!」


 村長が右手を振り上げた。こんな攻撃避けようと思えば簡単に避けられるけど、私はその場に立ち尽くす。


「おっと」


 拳が半分くらい振り下ろされたところで、村長さんによる攻撃は止まった。十六夜が止めたんだ。


「暴力はいけないな、防人として見過ごすことはできない。まあ……はは、君も言い過ぎだがな」


 私は数歩下がった。確かに演技に熱が入り過ぎたかも。ちなみに私がこんな嫌われ役を担当した——させられた——のは、十六夜の推薦に依るものだった。こいつ曰く「桜華の峻烈な物言いは実に魅力的だ。逆に問うが、君以上の適任がここに居ると思うかい?」との事らしい。私ってそんなに口悪いのかな……。まあ何はともあれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()は、見事大成功だね。


「防人様が、何故このような場所にまた?」

「仕事さ。そのためにも、村の信仰に関する情報が不可欠なんだ。私からも頼むよ」

「私の知った事ではありません!」


 相手が十六夜だから言葉を選んでいるが、彼の腸はかなり煮えてそうだ。ほとんど——いや主に、私のせいなんだけど。


「それに、小娘には先日、全ての資料を好きなように確認させました。これ以上、何があるというのです?」

「その、()()()()とやらが在るか無いかを聞きたいのさ」

「ですから、もう何も無いと——」

「狼事件を捜査されたくないのは!」


 十六夜が強い口調で村長さんを遮った。


「……どうしてだい?」


 その問いに、彼は何も答えない。ただ歯を食いしばって両の拳を強張らせ、体側(たいそく)で震わせるのみ。


「はあ、だんまりか。これじゃ埒が明かない」


 十六夜は視線を私に移した。


「桜華。小町らと共に、門の前で待っていてくれ。用が済んだら呼ぶよ」

「……分かった」


 聞いたことがないくらい、どすの効いた声だった。おそらくは彼女の()()()()だろうね。分からないけど分かったと返事をして、小町たちのもとへ。


「どうだった?」

「村長様は、口を割られましたか?」


 私は(かぶり)を振る。結果を察した二人が溜息を吐いた。


「でも大丈夫だと思うよ。あの感じなら——」

「桜華、もういいぞ~」


 話していると、十六夜の呼び声が聞こえた。小町たちと合流してからまだ一言ずつしか交わしてないのに、早過ぎじゃない?


「——ほらね」


 再び村長邸宅の玄関前に行くと、笑顔の十六夜と顔面蒼白の村長さんが居た。


「……あんた、何を言ったの?」

「はは、内緒だ」


 おお怖。あの一瞬で何があったのかは、考えたくもない。まったく誰が悪魔なんだか。


「それより、彼は優~しく話してくれたよ。はは、()()()()()()()()だと。ああそれから、悪魔崇拝の拠点についてもね。さあ、案内してくれ」


 村長さんは何も言わず、震えながら家の中へ向かう。私らは十六夜を先頭にして、彼の背中を追いかけた。居間にて彼は畳を上げ、床下から小箱を取り出す。畳を戻し、掛け軸を捲って壁に隠していた鍵を用いて箱の施錠を解除した。その中から更に箱が出てきて、今度は紐で首から提げていたらしい鍵でそれを解錠する。緊張か恐怖か、とにかく手が震えているので苦戦している様子だった。中からは鍵数個の束が出てきた。


「……こっちです」


 やっと喋った村長は、その束を持って廊下に出る。ここは一階のはずだけど、奥には()へ向かう階段があった。なるほど、()()()()()()()ね。降りると案の定扉があり、彼は鍵を開けた。鍵を使わなくても、桜散火を使えば簡単に開扉(はかい)できそうなほど朽ちている。いや、五月雨の時は緊急事態だからやっただけだよ。普段からあの選択肢を選ぶような野蛮な女じゃないから、私。


「ほう、ここが……なんとおぞましい」


 何かそういう雰囲気を感じたのか、牧師さんが肩を震わせながら呟いた。扉の枠を越えるとそこはもはや自然洞窟で、壁も天井も床も岩だった。灯りは不定期に並ぶ松明だけ。薄暗く肌寒い。道幅は狭く、細身である私と小町でさえ、並列で歩くことは諦めたほどだ。記憶を巡らすまでもなく、私は河童の巣窟を思い出して不快になる。


「君たちは、ここで自らの信仰対象へ拝んでいるのか?」


 十六夜が村長に聞いた。


「……ええ」

「それからもう一つ。歴代村長はみな、君のような悪魔崇拝者なのか?」


 彼の家からここに入れるとなると、十六夜と同じように考えるのが自然だよね。だけど村長さんは首を横に振った。


「そういう訳ではありません。現に、祖父は豊穣神を信仰していました。ここはかつて、我が家の巨大な貯蔵庫でしたが……私と同じ存在を信仰していた父が、秘密裏に()()の拠点としたのです。それまでの同胞は拠点を持たず、古の迫害の結果である隠し崇拝を続けていたのです」


 それからもう少し歩いた。未だに同じような景色が続いている。牛歩だから長く感じるのか、本当に長い通路なのかは、ちょっと判断がつかない。


「ねえ、なんか聞こえない?」


 小町が私に身を寄せてきて、小声で言う。寒さには強い彼女だから、震えている理由は恐怖心一択だね。


「なんかって何?」

「……声」


 耳を澄ましてみると、確かに五人の足音に混じって聞こえなくもない。


「私らの声が反響してるだけじゃない?」

「ほ、ほんと……?」


 彼女は尚も怯えながら、私の袖を引っ張る。だから、着物が開けるからやめてってば。こういうときだけ小動物みたいだね、小町は。


「……いや、反響ではなさそうだな」


 やがて十六夜の耳朶にも届いたのか、彼女もまた声を気にしている。


「これは……悪魔崇拝の儀式、でしょうか?」


 牧師さんが呟く。すると、黙っていた村長が答えた。


「ご明察。お忘れのようですが、ここは()()の拠点ですからね」


 誰が忘れるもんか。


「ほう。こうして、地下に隠れて祈っているわけか」

「防人さん、それは違います」

「違う?」

「ええ」


 村長が足を止めた。無意識に、小町を庇うように身構えた。


「彼らは祈っているのではありません。呪っているのです」

「呪って、いる……? いったい何をだ?」

「ふふ、気になりますか?」


 彼は右手で、壁に括ってあった松明を外す。持ったまま私たちの方に振り返り——


()()が神に(よこしま)を押し付け、善なる神になったつもりで居る」


 松明を振り上げ——


「かの邪神とその信奉者共をだ!」


 こっちに投げた。

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