【十九】少女らの真の目的
私と小町、それから生明は部屋で休ませてもらうことにした。実稲はというと、いったん神馬神社に戻って御清めの準備にかかるらしい。彼女曰く血が流れ過ぎた、と。
「……泣き疲れたのかね」
部屋で、生明はすうすうと寝息を立てている。私は小町に向かってそう言ったけど、彼女の返事は「うん」だけで随分と適当だった。見ると、小町も舟を漕いでいた。まあ、かく言う私も微睡んでるんだけど。
暫くそうしていると、一階から十六夜と美里さんの話し声が聞こえてきた。
「行くよ、小町」
「……はいよ」
まだ眠そうな小町を強引に起こし、生明だけ残して一階へ降りた。「ちょっと出てきます」とだけ美里さんに告げ、玄関から出て十六夜のもとへ駆ける。
「待って」
「おや? まさか、君から私を訪ねてくれるなんてね」
十六夜の隣には、げっそりした牧師さんも居る。どうやら遺体の運搬を手伝わされたらしい。
「もう、城下町やら北部やらに帰るの?」
「いや、もう少し滞在するつもりだが」
「そう。なら良かった」
さっき眠る生明を見守りながら、私と小町はちょっとした会議をした。そもそも、私たちがこの村に滞在すると決めたのは、神の御鏡——八咫鏡を見つけるためだった。そこに狼事件とか信仰とかが色々と絡んで厄介なことになってたけど……要するに、私たちの目的は未だ何一つ果たされていない。今のところ、神の御鏡は悪魔崇拝者が持っていると考えるのが妥当。隠すとしたら彼らの拠点。つまり、私たちは悪魔崇拝の拠点を探す必要がある。でも、余所者が二人調べ回ったところでどうにもならないのは明白。そこで——
「十六夜。あんたに、頼みたいことがあるんだけど」
彼女に、協力を仰ぐことにしたのだ。十六夜とて余所者だけど、私たちには無い防人であるという武器を持っている。その権力を味方に出来れば、かなり調べ物が進むんじゃないかという算段だ。……防人に頼むなんて、本当に本当の苦肉の策だけどね。
「ほう、何だい?」
「悪魔崇拝者の拠点を、一緒に探してほしい」
「なぜだ? 狼事件は終わった。これにて一件落着じゃないのかい?」
「狼事件は確かにね。でも、この村にはまだ謎がある」
「謎? 君から誘ってくれるのは嬉しい限りだが、生憎今は遊んでいる暇など——」
「分かった。じゃあ言い方を変える。過去に窃盗があったから、それを調べてほしい」
十六夜の眉が一瞬だけ上がった。防人である以上、窃盗という言葉には反応してしまうらしい。
「……話を聞こう。誰の何が盗まれたんだ?」
「窃盗被害に遭ったのは、神馬神社——豊穣神を信仰するみんなとも換言できる。で、肝心の盗まれた物っていうのが——」
私は大きく深呼吸をした。
「豊穣神の秘宝、神の御鏡」
そう言うと、十六夜の表情が大きく変わった。目を見開き、面倒そうにしていたのが一気に興味を持った感じになっている。
「豊穣神の秘宝……御鏡? 君は今、御鏡と言ったか?」
十六夜は気持ち前のめりになり、私に話の続きを促してきた。
「そう、御鏡。即ち鏡。神の御鏡は豊穣神の持ち物で、昔は神馬神社で祀られてたんだって。でも、それを悪魔崇拝者が『返せ』って言いながら盗んだの。ね、立派な窃盗でしょ?」
「なるほど。それで悪魔崇拝の拠点を探したいわけか」
「そういうこと」
十六夜は腕を組んで考え込み、「ううむ」と唸った。鏡という言葉に食いついたみたいだけど、まさか防人も神器を、八咫鏡を探してるとか……?
「よし、桜華に小町よ。君たちの依頼、この十六夜が承った。報酬は——」
「貧乏人だからお金は無いよ」
「はは、そんなものは要らないさ。可憐な美少女を同時に二人も侍らせて歩けるんだ。それだけで十分だよ」
「は?」
小町は不快そうにした。まあまあ、落ち着きなって。誰の目にも明らかな事実なんだから仕方ないよ。
「へえ、分かってんじゃん」
十六夜の審美眼を褒めていると、牧師さんが一歩下がった。彼は丁寧にお辞儀をしてから、
「それでは、私はここで失礼いたします」
と挨拶して去ろうとする。だけど無慈悲にも、十六夜は彼を呼び止めた。
「おっと牧師よ。君にも調査を手伝ってもらうぞ」
「しかし、両手に花の邪魔をするわけには」
「はは。邪魔などではないさ、決して」
「ですが——」
「先日、城下町で男の暴走事件があったな。あれを理由にすれば、教会は城下町にとって危険な施設だと捉えることもできる。そう思わないか?」
「な、なんて事を……。分かりました、喜んでお供します」
「はは。だそうだぞ二人とも、助かったな」
わざとらしい笑顔で、私と小町に言う十六夜。それ普通に脅迫じゃないの? こいつが本当に防人なのか、私いよいよ分からなくなってきたんだけど……。かくして、四人で悪魔崇拝の拠点を探すことになった。
「手がかりは無いけどさ、こういう時、防人はどうするの?」
聞いてみると、十六夜は腕を組んで唸った。
「無難に、情報を持っていそうな人物に聞き込みをするな。ただ、信仰が関係しているとなると厄介だ。無理な尋問は防人の悪評や不信に繋がりかねん」
それなら、ここに防人不信の人間が二人いるけど。ともあれ、悪魔崇拝者という一種の組織から向けられる批判は避けたいって理屈は理解に難くない。
「ちょっと話が逸れるんだけどさ」
小町が言う。
「情報を持ってる人が真に皆無だったら?」
「その時は、そうだな……。防人で詳しく調べはするが、やはり限界はある。あまりに何も分からなければ、防人の長——今なら天舞音様の判断で捜査を打ち切り、事実上……まあ言ってしまえば、降参することになるな」
「……ふうん」
私には小町の言葉の意図がはっきりと分かった。彼女はお父さんたちの事件——だから八岐神社の虐殺事件に対する防人の状況を、暗に聞こうとしたんだ。残念ながら、防人はおそらくあの事件に関して降参している。唯一の希望は、十六夜が「鏡」という言葉に惹かれたことだね。
「話し変えてごめん。これからどうする?」
「人には聞けない。生明の力に頼ったとしても、拠点を見つけるのは現実的じゃない。はは、詰みだな——」
何が可笑しいんだと怒鳴り散らかしたくなるほど、十六夜は笑いながら言った。かと言って、全くの無策ではないみたい。じゃあ詰みじゃないじゃんって話。
「そのために貴方を留めたんだ、牧師よ」
「……はい。そう仰ると思って、既に考えをまとめてあります」
優秀過ぎる。防人の上層部に採用してあげれば?
「第一に」
牧師さんは右手の親指を立てて言った。
「茂雄様を悪魔崇拝者の代表的な姿として考えますと、彼らのこだわりは相当なものです。色、方向、方位などですね。手拭いや部屋の立地に、如実に表れています」
黒緑赤の手拭い。家の最北左側の部屋。なるほど、悪魔の好む要素がてんこ盛りっていうのは、そう言うことね。
「第二に」
牧師さんは次に人差し指を立てた。えっと、なんか変わった数え方だね。
「これまた茂雄様ですが、彼は村の北側へ移動していました。その目的は何だったのでしょう。私が思うに、己の死を悟った彼は最後の礼拝に向かったのではないでしょうか?」
「つまり、悪魔崇拝の拠点は北の方に在るってことですか?」
聞くと、彼は私の目を見て「あくまで予想ですが」と頷いた。
「第三に」
今度は中指を立てた。
「必ずそうという訳ではありませんが、優先して探すべきは暗くて寒い場所です。これも悪魔が好む要素ですから」
「となると」
十六夜が口を開く。
「洞窟や地下なんてものが思い浮かぶな」
「まさしく。拠点が在るとすれば、そのような場所でしょう」
「じゃあ、茂雄さんが見つかった辺りでそういう場所を見つければ良いってわけか」
私の言葉に、十六夜が「ああ、そうしよう」とだけ言って北を向いた。彼女を先頭にして、生明の家の前の道を真っすぐに進むことに。道すがら、私はふと気になったことを呟いた。
「茂雄さんは何で、最期の時にまで狼君を操ったんだろう。何もそこまでしなくたっていいのに。しかも日中になんて。村人の話からして、人喰い狼が出るのは夜だし」
誰に向けられたわけでもない投げっ放しのぼやきは、牧師さんに拾われた。
「先ほど、茂雄様が死を悟っていたという説を申しましたが……その死期はもう間近だったのかもしれませんよ。それこそ、今夜までもたないくらいに」
「……そういえばあの時」
何か思い出したかのような感じで、小町は探り探り話し始めた。
「桜華を突破した狼は、真っ先に実稲を狙ったよね」
「確かに、最後は私を無視したね。相当深く斬ったつもりだったんだけど……何と言うか、物凄い執念を感じたよ。一か八かの賭けって感じでもあったけど」
茂雄さんが悪魔崇拝者だと確定した今だから分かる。彼は最期に、実稲を殺そうとした。神馬神社の巫女にして、豊穣神信仰の要人である実稲を。
「あたしも予想だにしてなかったけど、まさか防人が乱入するとは思わなかっただろうね」
「はは。彼は運悪く賭けに負けたというわけか」
十六夜は不謹慎にも笑う。いったい何処の何者なら、こんな変数を予想できただろうか。
「何にせよ。悪魔や死神などといった類の力を行使したものは、碌な死に方をしない。そう、相場が決まっています」
牧師さんが恐ろしくも悲しいことを言った。それに続いて十六夜は、「ところで」と新たな疑問を切り出す。
「彼はなぜ、今まで巫女を狙わなかったのだろうな。これまでに、いくらでも機会はあったと思うのだが」
「茂雄さんは、豊穣神信仰者ばかり狙ってた」
彼女の疑問に答えるべく、私は言葉を紡いでいく。
「仮に実稲が真っ先に不審死したら、まず疑われるのは悪魔崇拝者。かと言って、熱心な豊穣神信仰者を何人も殺めてから実稲を殺しても、疑われるのはやっぱり悪魔崇拝者。でも豊穣神側の勢いを削るには、そのどっちかを選択しなくちゃいけない。だったらまずは実稲を泳がせておいて、実稲の死に際して起こり得る暴動の戦力——だから熱心な信者の数を事前に削っておく。そういう魂胆だったんじゃない?」
我ながら惨い理屈を思いつくものだね。何だか嘆かわしい。少し考え込んだ後、十六夜は言った。
「桜華の仮説から少々飛躍するが……巫女が死ねば、豊穣神側は悪魔崇拝者を討ち滅ぼす大義名分を得ることになるな。故に、今まで手を下せずにいたとも考えられる」
「それじゃあ、なんだか豊穣神側が悪者っていうか、そんな感じにも捉えられちゃうけど」
そう言うと、十六夜はいつもみたいに「はは」と笑った。それで歩きながら私の顔を見て言う。
「豊穣神が善で悪魔が悪などと、いつから錯覚していた?」
「いや、そういうつもりは無いけど……」
でも実際のところ、私は確かに豊穣神側の視点で考えていたのかもしれない。この村に来て畑の手伝いをし、実稲と友達になり、悪魔崇拝者が起こした狼事件を追った。
——錯覚、か。
その可能性を考えた途端、悪魔崇拝者がかつて、豊穣神側によって迫害されていたという歴史を思い出した。ついでに、彼らが化け物として書かれた神社の壁画もね。こういう偏った見方を捨てないと、見えてこないこともあるのかも……。




