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【十八】号哭せし友との再会

 全員で北に向かって歩き、家も畑も少なくなる場所まで来た。背の高い草に囲まれている。道の周りはお尻くらいの高さで刈られているけど、離れたところでは見上げるほど高く茂っている。


「ん? 待て、みんな止まってくれ」


 何かに気が付いたのか、十六夜が言った。何かと思って彼女を見ると、何やら目を瞑ってくんくんと鼻を鳴らしている。やがて目を開き、静かながら力強く言った。


「——()()()()だ。そう遠くないぞ。この辺りで手分けして血痕を探そう」


 十六夜に言われ、五人で各方面に散る。と言っても、私は小町と一緒だけど。少し離れ、久しぶりに二人きりで話す。


「桜華。あいつのこと、どう思う?」

「ん? 生明のこと?」

「ううん。あいつ、十六夜」

「ああ……」


 初めてお役所で会った時は、かなり警戒した。不知火や五月雨のように、捕まえようとしてくるんじゃないかってね。そもそも私たちは孤児。親も家も無い。だから調べられたくない。そういう想いで、防人との接触は最小限にしたいと思ってる。


「私らを認知してたみたいだけど、捕まえる気は無さそうだよね、今のところ」

「ね。でもあたしは、あんまり慣れ親しむべきじゃないと思う。何考えてるか分かんないし。情報を聞ける窓口程度に考えた方が良いんじゃない?」

「それは私も同感。不知火や五月雨よりかは話の通じる奴っぽいけど、それでも防人に違いはないしね」


 私たちの大いなる目標。お父さんたちの仇討ちを果たすこと。この復讐は、もはや私たちの生きる意味だ。それを防人なんかに邪魔されてたまるかっての。


「それにあいつ、私のこと偉くお気に入りみたいだから。気を付けないと、小町の大切な大切な(たからもの)が奪われちゃうかも」

「だから慣れ親しむなって言ってんの」


 え~っと、小町さん……? 


 恥ずかしげもなく言う彼女。揶揄うつもりで言ったのに、そうまじな反応をされるとこっちが照れくさくなっちゃう。少し黙っていると、小町は一瞬遅れて自分の発言に気づいたらしい。耳を赤くして声を荒らげた。


「い、いや違うから! 別に変な意味じゃないから! 前にも言った通り、あたし一人だけじゃ目的は果たせないって意味だから!」

「ねぇそんなに否定しなくても良くない? 傷つくなぁ」

「え? あ、ああ……ごめん…………」

「桜は傷に弱いんだから、大切にしてよね」


 痴話喧嘩をして怠けてるわけじゃない。与太話をしながらも、十六夜が感じた血の臭いの発生源を探すべく目を凝らしている。草を掻き分け、周りをよく見ながら少しずつ進む。これだけ生い茂ってるなら、どこから出た血でも草に付くはず——あ、あった——ほらね。


「十六夜、こっち!」


 呼ぶと、彼女は速足で私たちのところへ。気のせいか、小町は私を十六夜から離そうとしているような気がする。


「ああ、間違いない。これは血液だな」

「人間の?」

「いやあ、はは。さすがにそこまでは分からないさ」


 話しているうちに、実稲と牧師さんも合流した。いましたが見つけた痕跡を追いかけるように、十六夜を先頭にして進む。前進するにつれて血痕は濃く多くなっていく。同時に不安も大きくなる。それに、私は聞き逃さなかった。がさがさ、ざっざっという草の音や足音の中に、少女の啜り泣きが混じり始めたのを——


「おっと、これは凄まじいな……」


 血の()()を見つけた十六夜は呟く。私と小町そして実稲はそれよりも、()()の傍で三角座りをして泣く少女に駆け寄った。しゃがんで彼女と目線の高さを合わせ、声をかける。


「生明、生明! 私、桜華だよ。分かる?」

「生明、大丈夫?」

「心配したのよ~!」


 三人の呼びかけに応じて、彼女は震えながら涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。袖に大きな染みを作っている。その横では、十六夜が血の()()——即ち倒れた茂雄さんの身体を調べていた。私と目が合うと、彼女は(かぶり)を振った。さらにその横では、牧師さんが謎の動きをする。右手を額、胸、左肩、右肩の順番に動かして合掌。知らないけど、状況からして追悼か何かなのかも。


「桜華ちゃん、小町ちゃん、実稲……!」


 生明は震えた声で言いながら、ばっと私に抱き着いてきた。私は彼女の身体に腕をまわし、頭を撫でた。生明は何度も吃りながら言葉を紡いでいく。


「ごめんね。わ、わたし、本当は……最初に襲われた夜から……ひ、人喰い狼はお父さんがやってるんだって、わ、分かってたの……。でも、し、信じたくなくて……だから、きちんと、調べたくて……!」

「それが、生明の確かめたかったこと?」

「うん。本当にごめんね。最低だよね、皆に黙ってて、こ、こんなことに巻き込んで……」


 生明の抱き着く力が増した。


「いいんだよ生明。気にしないで」


 泣きじゃくる生明。そんな彼女に、遺体を調べていた十六夜が声をかける。


「初めまして、生明。私は防人の十六夜という。気乗りしないかもしれないが、簡単に状況を教えてくれると助かる」


 こいつ空気読めないにも程があるでしょ。ちょっとした怒りと呆れを同時に感じていると、胸がすっと涼しくなった。生明が離れたからだ。


「防人さんだったんですね……分かりました」


 生明は袖で涙を拭ってから話し始める。


「今朝三人が神社に向かう前、わたしは知らせを待つと嘘を吐いて……。みんなを見送ってから、家を出ました」


 やっぱり、最初から一人でお父さんを探しに行くつもりだったんだ。


「それはまたどうして? 皆で探しに出ればよかったものを」

「これ以上、巻き込みたくなかったんです。狼騒動の犯人が自分の父だと確信してしまった以上、友達の手を煩わせるわけにはいかない。ましてや、()()()()()……。そう思ってわたしは……」


 話ながら、生明は懐から短刀を取り出した。有無も言わさず十六夜がそれを没収。生明は抵抗せず、素直に渡した。元々、そのつもりで取り出したみたいだね。


「お父さんを探して歩いたけど、やっぱり簡単には見つからなくて……。椿()たちに聞いてみたけど、駄目で……」


 首を傾げる十六夜。合点がいかないようだから、私は十六夜に「さっき話したでしょ、生明の能力」と補足した。「ああ」と頷いたところを見ると、どうやら話が繋がったらしい。


「それで……諦めて家に戻ろうとしたら、急に茂みの中から血飛沫があがったんです……。葉っぱたちに聞くと、昨晩、辛そうな顔をした千鳥足の男が茂みに入っていったと……」

「そして、来てみたらこの状況だったと言うわけか」

「はい……」


 十六夜は生明から取り上げた短刀を抜き、刀身を観察している。やがて生明がお父さんを手にかけたのではないと確信したのか、納めて自身の懐にしまった。彼女じゃないとすると、例の血飛沫は十六夜が狼を一刀両断したことによるものかもしれない。仕方ない事だしそもそも事情を知らなかった……とはいえ、さすがの十六夜も言葉が出ない様子。ここは、生明が親殺しの罪を背負わずに済んだのだと、素直に喜ぶべきだろうか……。


「お父さんの最期は、看取れたかい?」

「はい……」

「お父さんは何と?」

「『狼事件の犯人は俺だ、騙していてごめんな』と、何度も謝られました……。それから、悪魔崇拝者であることも。でもわたし、それどころじゃなくて」


 私たちの考えすぎ、揣摩臆測であって欲しかったことが肯定された。憎たらしいくらい明確に、吃驚するくらいの確度で。何とも言い難い気持ちを発散するため——いや、共有したかったのかも——とにかく、私は小町の手を握った。彼女もまた、同じくらいの力で握り返してくる。


「そうか、話してくれてありがとう。あとのことは防人で処理する。辛かっただろう、ゆっくり休むといい」


 十六夜が私に目配せしてきた。生明を家に帰してやってくれという意図だと察した私は、何も言わずに頷く。


「さ、帰ろう生明」

「……うん。ねえ、三人とも」


 私が差し出した手を頼って立ち上がった彼女は、順番に友人たちの顔を見た。


「わたしのこと、見損なったよね……? 嘘吐いて騙して、その上こんな迷惑かけて。でも、でもね——」


 生明はこれまでで一番大きく顔を歪め、力強く言った。


「わたし、まだみんなと友達でいたいの……! 嫌、かもしれないけど……どうか、お願い……!」

「ああなんだ、そんなこと?」


 事も無げに言った私を、生明は「え?」と不思議そうな表情(かお)で見る。だけどね、えへへ。彼女の予想に反してあっけらかんとしているのは、私だけじゃない。


「まったく、仰々しく前置きして何を言うかと思ったら」


 小町もそう。


「生明、そう悲観することはないわよ~」


 実稲もそう。


「みんな……」


 ここには一人たりとも、生明を見限った者は居ない。


「生明が一人で行ったのは~、御二方や私のことを考えての行動だったのでしょ~?」

「それは、そうだけど……」


 生明は少し照れくさそうにした。


「それなら、気に病むことはないわよ~」

「私なんて、生明のこと寧ろ見直しちゃったもん。私らのために決心して行動してくれるなんて、最高の友達じゃん?」

「そういうこと」

「実稲……桜華ちゃん小町ちゃん! わたし、わたし……ううっ!」


 彼女はまたも私に抱き着いてきて、(せん)を切ったように泣き始めた。私は決して「泣くな」とは言わず、彼女の気が済むまで泣かせてやることにした。


 家に帰り、待機していた美里さんに実稲から事態を説明。事の顛末や狼の真相を知った彼女、そして茂雄さんの友人たちは膝から崩れて涙を流した。


「あの人が……茂雄さんが…………亡くなったなんて、そんな……!」


 美里さんにとっては、三重の衝撃かもしれない。夫が亡くなったこと、人喰い狼事件を起こしていたこと、そして悪魔崇拝者だったこと。見たところ美里さんはそれなりに熱心な豊穣神信仰者だから、彼女が抱くであろうやるせない気持ちの程度は私たちには計り知れない。


「以上が、茂雄様に関するご報告です~。彼のご遺体は、いったん防人様に任せておりますが~、後ほど、村の方法で埋葬させていただけるよう、お願いして参ります~」


 あまりに大きな衝撃だったんだろうね、美里さんは半分気絶したみたいになっている。……それと実稲なりの計らいか、彼女は生明がしようとしていたことについては一切触れなかった。

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