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【十七】閃光と共に現れた剣士

「……狼?」


 声のした方に振り向いた。村の人が数人、農具を振り上げてこっちに走ってきている。彼らの目が捉えているのは、その前を走っている獣だ。


「狼君?!」


 実稲と小町を庇うように彼と対峙した。体の大きさも、傷の具合も、もう見慣れた姿。ついさっきまで、神社で療養中だった彼だ。目は虚ろで、こっちを見ているのに見られていないという奇怪な感覚に陥る。見たことがないくらい息が荒く、とてもじゃないけど見ていられない。


「二人とも、ちょっと離れてて。……ごめんよ、狼くん」


 もう覚悟を決めるしかない。こんな姿になっても、魔女は彼を酷使する。……これ以上苦しませないためにも、私はここで彼を——


「ここで、君を終わりにする……!」


 狼君が威嚇している間に抜刀し、構えた。走っていた村の人たちは、少し離れたところで様子を窺っている。まるで化け物を見るような顔だ。ああ、そっか。私たちは狼君の本当の姿を知っているから愛着があるけど、他の人からすれば、只の人喰い狼だもんね。


 ——跳んだ!


 彼の攻撃は、相変わらず跳躍からの噛みつきが主力だ。今までは傘を噛ませたり避けたりしてたけど、今は——


「ごめん、ごめん、狼君……!」


 刃を以て止める。大きく開いた口を目掛けて、水平に刀を振った。上顎と下顎の間に刀が入り、このまま振りきれば終わる。だげど刀は、がちんという鈍い音と共に止まった。


「そう来るのね」


 彼は刀身を噛んで止めたのだ。憚られたけど、左足で彼の右脇腹を蹴った。この前の傷が開き、僅かに出血する。白い体毛が赤く染められ始めた。勢いそのまま蹴った方向に吹っ飛んで胴体で着地。くうん、くうんと()()ながら立ち上がった。四肢が震えている。もう、立つので精一杯といった様子だ。


「痛かったよね。今度は、ちゃんと斬るから!」


 がるるると数秒威嚇したのち、私の方に走りこんできた。横っ腹を私にぶつけようと体勢を変える。突進だ。私は刀を左下に構え——


「はああっ!」


斜めに斬り上げた。肉を断つ感覚が手に伝わってくる。そのまま振り抜いた。地面が真赤に濡れる。だけど突進の勢いは殺しきれず、彼の身体が私の足に衝突。私は思わず、前につんのめってしまった。地面に手をつき、狼よろしく四つん這いに。立ち上がるよりも先に狼君の状態を確認した。


「なっ、まだ動けるの……?!」


 傷は深い。感覚からして、身体の半分以上が裂けているはず。それでも彼は跳んでいた。——私ではなく、実稲を狙って。ああ、やばい。間に合わない。今から立ち上がって振り向き、狼君が実稲を噛む前に止めるなんて不可能だ。


「実稲!」


 小町は叫びながら短刀を抜いている。駄目だ、それでも間に合わないものは間に合わない。実稲は足が竦んで逃げられないみたいだ。どうしよう、どうしよう、どうしよう。脳裏に、上半身の着物も赤くなった彼女の姿が浮かぶ。そんなもの見せるなと幻覚を払ったけど、その幻覚は今まさに目の前で現実になろうとしていた。


——その時の事。


「全員動かないでくれ!」


 どこか聞き覚えがある女の声がした。刹那、白昼に一閃。私と実稲の間を何かが高速で通り過ぎた。今にも実稲の頸に噛みつこうとしていた狼君は地面に。赤い獣かと錯覚するほど無残な姿で転がっており、もう、うんともすんともがるるるとも言わない。


「ふう。はは、危ないところだったな」


 そう言い、ぱちんと刀を納めた女剣士。背が高い。髪は黒で短く、内側だけ海のように蒼い。


「た、助かりました~。感謝申し上げます~」


 お礼を言う実稲に手を振り、女は()()、私にぐっと顔を寄せてきた。


「やあ、桜のお嬢ちゃん。やはり、また会えたね」

「十六夜……」


 防人北部司令、十六夜。北とは真逆の地でこいつに()()とは思わなかった。


「なんであんたがここに居るの?」

「南部の司令から依頼を受けたんだ。ここでの不穏な動きが活発になっているが、手が回らない。代わりに調査へ向かってくれ、とね」


 なるほど。それで北部の司令なのにここに居るってわけね。


「おっと、忘れるところだった。おおい、もう出てきて大丈夫だぞ」


 十六夜は虚空に向かって叫んだ。すると、少し離れたところの草むらから、これまた見覚えのある人物がひょこっと現れる。


「ぼ、牧師さん? どうしてここに?」

「おや、あなた方は。ご無沙汰しております」

「彼は私の調査の協力者さ。悪魔だのなんだのに詳しいというから、防人の権限を以て連れてきたんだ」


 豪快過ぎるでしょ。


「それで、君たちこそなぜここに?」

「しばらく友達のところに泊まってんの。って、そうだ、おしゃべりしてる場合じゃない!」

「おや、またお花かい?」

「お花じゃない。その友達が居なくなっちゃったから、探してる途中なの」


 十六夜が目を見開いた。


「私から、詳しくお話しいたします~」


 実稲がほぼ全部話した。この村の信仰から人喰い狼、そしてそれを操る魔女に関する推理と、居なくなった生明について。十六夜は暫く考え込み、やがて言った。


「それで、君たちはお友達を探していたわけか。それならその捜索、私も同行しよう。私の仕事も進むし、一石二鳥だ」

「ちょっと勘弁願いたいんだけど」


 防人と一緒なんて願い下げ。だからそう伝えたんだけど、十六夜は頑固だった。


「そういう訳にはいかないよ。行方不明者が出たのなら、防人として対応する義務があるからな」


 小町と目配せをした。彼女は黙って頷く。そうだね、こうなったら我儘も言ってられない。ここは大人しく、十六夜の力を借りるとしよう。


「分かった、じゃあよろしく」

「はは。君と行動を共にできて嬉しいよ。嗚呼、私は何という幸せ者だろう!」

「……あんた、やっぱ帰ってくんない?」


 狼君の亡骸は、実稲の指示で彼を追いかけていた村人たちが()()()回収、神社へ運ぶことになったらしい。


 気を取り直し、私と小町、実稲、それに十六夜と牧師さんの五人で生明と茂雄さんを探し始めた。十六夜の提案で、差し当たって茂雄さんの部屋を調べることに。部屋は家の一番北側、廊下突き当りの左にある。お邪魔してしばらく調べたけど、特に異常な点はない。


「おや、布団の中に手拭いが」


 そう言う十六夜が何処からか拾い上げたのは、茂雄さん愛用の手拭いだった。黒地に赤と緑の模様が入ったあれだ。


「それ、茂雄さんが腕に巻いてたやつじゃない?」


 小町が言う。


「と言うと、刃物で切ったという右腕の——狼と共通の傷のことかい?」

「そう。傷薬を塗ってたから、保護の為なんじゃないかな」

「ちょ、ちょっと見せてください」


 そこへ、手拭いに興味を示した牧師さんが駆け寄って来た。十六夜からそれを受取り、まじまじと見ている。


「黒、赤、緑。それに、この部屋の立地……。うむ。もしかしたら、貴女方の推理は当たっているかもしれません」

「どういうことだ?」


 十六夜が首を傾げる。すると牧師さんは、極めて端的に説明した。


「悪魔の好む要素がてんこ盛り、ということです」


 外に出て、いよいよ生明を追いかける。と言っても、何処を如何探すべきか見当もつかないんだけど。


「その生明という子の目的は何なのか分からないのか?」

「おそらく、失踪した茂雄様——お父様を探しに出たのではないかと~」

「だとするとそもそも、生明はどうしてあたしらを置いて一人で行ったんだろう?」


 小町の問いには誰も答えない。ううん、答えられなかった。これまで散々、三人ないし四人で行動してきた。それが突然、私らはともかくとして、古い友人の実稲にさえ何も言わずに出て行くなんて。しかも、茂雄さんの捜索には村の人が協力してくれている。それなのに、わざわざ美里さんに嘘を吐いてまで飛び出した理由なんて、想像できるわけがない。……私以外にはね。その場の沈黙を破壊するように、私は呟いた。


「そもそも狼事件を本格的に調べ始めたのは、襲撃の後、生明が提案したからだった」


 あの日、(くずお)れた彼女がね。


「でもあの子、事件を調べたい動機については話さなかった。誰にだって秘密の一つや二つあるもんだから聞かなかったんだけど……。もしかしたら生明は、あの夜の時点でお父さんを疑ってたのかも」

「どうしてそう思うんだい? 私からすると、話がいまいち繋がらないのだが」


 十六夜が鋭い目を向けてきた。


「まだ話してなかったっけ。生明には、動植物と心を通わせる能力があるの」

「つまり、初めて遭遇した人喰い狼の心を覗いた時に、父親を疑うに足る何かを感じたという訳か?」

「確かに、翌朝の生明は異様なほど暗かったけど……。でもあの力、人には使えないんじゃなかった?」


 そう。小町が言った通り、生明の力は人間に使えない。少なくとも彼女はそう説明してくれた。


「茂雄さんの意識が入った狼は……人間? それとも狼?」

「おっと、これは難解な哲学の領域だな」


 話が逸れそうなところで、十六夜が私を遮る。


「要するに君は、生明はお父さんが魔女だと知っていたと言いたいわけだ」

「そう。それこそが、私たちにも明かさなかった秘密だと思う」

「そこからどう、彼女が一人で行った理由につなげるつもりだ?」

「……あの子は、終わらせる方法を考えてた」

「終わらせる、方法?」


 月明かりに照らされた彼女の台詞が、私の頭の中で響き続ける。何度も何度も、無作為に反射して何往復もする。


 ——人喰い狼事件が人の仕業だったらさ。どうやって、終わらせればいいんだろうね。


「人——それも自分の父親——の仕業だった狼事件を終わらせる方法。それも、友達を騙してまで一人でやるべき方法。私が思うに——」


 亡きお菓子屋の友人と同じ。防人が極悪人を斬り捨てるのと同じ。止めることの出来ない人災を止める方法は、一つしかないよね。


「生明は、お父さんを手にかけようとしているんじゃないかな?」

「……なるほど、それなら友人にも話せないだろうな。そうだとすると、一刻も早く彼女を見つけて止めなければなるまい」

「でもやっぱり、あの子が何処に居るかなんてわからないし……」

「茂雄殿は生明と同じく、誰にも何も言わずに失踪したのだろう? であれば、行先は悪魔崇拝の拠点と考えるのが自然ではないか? 己の信仰を隠していたのなら、尚更黙って出かけるだろう」

「しかし~、我々は彼らの拠点が何処にあるのか、把握出来ていませんよ~」

「候補を絞ることは可能です」


 牧師さんが言う。


「悪魔が好む方角は北ですから、そちらを優先して捜索すべきでしょう。それに、南では魔除けの煙を焚いていると伺いました」


 牧師さんは実稲に問うように目線を送った。


「はい~。神馬神社では、魚の心臓と肝臓、それから胆嚢(たんのう)をお香の煙で燻した魔除けが常にされています~」


 ああ、あの臭いか。それなら確かに、南と真逆に拠点を置くかもね。私だったらそうする。



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