【七】不審な信仰
翌朝。生明とともに早起きした私と小町は、さっそく彼女のお父さんの元へ。彼は居間で朝ご飯を食べている。
「というわけなので、ご迷惑でなければ、もうしばらく泊めていただけないでしょうか? 可能な限りのお手伝いはさせていただきますので」
少し驚いた顔をする茂雄さん。ああ、生明から聞いたんだけど、お父さんは「茂雄さん」、お母さんは「美里さん」というらしい。
「ええ、構いませんよ。ぜひゆっくりしていってください。あっ、じゃあこれだと他人行儀過ぎるか。桜華ちゃんに小町ちゃんだよね? よろしく。娘と仲良くしてやってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「恩に着ます」
私、小町と順にお礼を言う。そこへ、今度は美里さんが現れた。彼女は朝からにこやかだ。
「あらあら。新しいお友達ができて良かったわね、生明」
「うん!」
「ふふ。お二人にも、我等が神、豊穣神様のご加護がありますように」
手を組んで簡易的な祈祷をした美里さんの表情は、まったき善意であった。昨晩聞いた信仰の話を思い出す。どうやら美里さんは、わりかし熱心な豊穣神信仰者らしい。狼の被害に遭わなきゃいいけど……。
宿泊料の代わりに、私と小町は畑で収穫作業をやらせてもらうことになった。着物を汚さないようにと、農作業用のを貸してくれるという。生明の背格好が私たちと似ているので助かった。
私と小町が畑で採るのは馬鈴薯だ。大きな畑での作業は初めてだけど、私も小町も全く苦戦はしなかった。実を言うと、馬鈴薯の収穫は八岐神社裏の小さな畑でやっていたのだ。久しぶりではあったけど、要領を思い出してからはなかなかの手際でできたんじゃないかな。そりゃ、本業の農家さんには敵わないけどさ……。
「二人とも、お疲れ様!」
太陽が南に登ったころ、生明が私らを呼びに来た。大きな何かを包んだ風呂敷を持っている。
「お昼だから切りあげて、一緒にご飯食べよ」
「ええ、良いの? あんがと!」
遠慮という概念を忘れるほどお腹が空いていた。一般的には食事は朝と夜って事も珍しくないけど、こうやって体を動かす仕事をするとお昼にもほしくなる。この村では、みんな常識的にお昼ご飯を食べるようだ。生明に案内されるがまま進み、畑の隅っこにある均された場所に座って、三人で頂くことにした。
「二人はこの後、御鏡を探すんだよね?」
そう。午前中は畑の手伝いをして、午後は神の御鏡を探す。事前に共有している行動計画だ。もちろん、茂雄さんには「知見を広げるため、村を観光する」って言い訳をしておいたけど。おにぎりを頬張りすぎて喋れない私の代わりに、小町が返事をしてくれた。
「うん、その予定。でも、どこをどう探そうかなって思っててさ。正直、何の手掛かりもないし……」
「それなら、村長さんを訪ねるといいと思うよ。彼の家には、この村の伝承とか、そういうのが保管されてるはずだから」
確かに、それが手っ取り早いか。この村で一番この村に詳しいのも、村長さんだろうしね。
「村長さんの家は、うちの前の道をまっすぐ北上して、三又の路を左に曲がった先だよ」
「ありがと生明。行ってみるよ。桜華、聞いてた?」
「|んん。んんんんん、んんん《うん。あんがとね、あざみ》」
「ふふ、どういたしまして!」
お昼をご馳走になった後、生明の部屋でいつもの着物に着替え、また外に出た。この桜色や刀の重さに、どことなく安心感を抱く。
「北って言ってたよね」
「うん。昨日の夜、あたしらが通ってきた道だね」
生明の言葉を思い出しながら、昨晩と逆向きに流れる景色を見た。あちらこちらに畑、田んぼ、井戸や水流がある。城下町や港町とは似ても似つかないが、なんとなくこういう豊かさの方が私は好きだな。生まれ育った環境がそうだからかもしれないね。
「見て桜華、三又路があった」
今歩いているところを含めて全部、人が二人横並びに歩くのが限界の道幅。外側には背の高い草——私の腰まであるから、だいたい二尺五寸とかそんなもん——が生えている。即座に計算できたんじゃなくて、私は美少女の体格を把握してるってだけ。顔が良いだじゃないんだよ、えへへ。
「ああ、ここか。まっすぐ行くと、城下町の方だよね」
私らは昨日、このまっすぐの路から生明の家の方に行ったはず。薄暗くて見えなかったけど、こんな風に分かれてたんだ。右は多分、東の方に繋がっている。因幡神社がある方向だね。
「ああ、あれかな、村長さんの家って」
左に折れてすぐ、私は大きな家を指さして言った。生明の家も結構大きいし、そもそもこの村の家は全体的に大きい。村長さんの家は、その中にあっても目立つような豪邸だ。
「ごめんください」
戸を数回叩いて呼びかけた。数秒待っていると、中から「はいはい」と殿方の声が聞こえてきた。やがて戸が横に開く。
「おや、珍しいお客人だ」
いかにもおじいちゃんといった感じの人だ。だけど足腰は健康そうで、まっすぐとなんの不自由も無さそうに立っている。白い顎髭が特徴的だ。
「私たち、昨晩から村に滞在させてもらっている旅の者です。村長さん……で、お間違いないですか?」
「ええ。私が、この村の長をやらせてもらっている者ですよ」
人違いではないらしい。
「突然のお願いで申し訳ないんですけど、私たち、行く先々で知見を広めたいと思っていまして」
いいね、知見を広めたいっていう言い訳。知的だし。逢引きに次いで引き出しが増えた。
「はあ」
「ご迷惑でなければ、村の伝承など保管されているものを拝見したいのですが……」
そうお願いすると、彼はほんの一刹那だけ顔をしかめたような気がする。やっぱり、突然押しかけて迷惑だったかな……?
「ああ、そういう事ですか。構いませんよ。奥の部屋にありますから、どうぞ」
村長さんは、不承不承といった感じで承諾してくれた。
「恐れ入ります」
村長の邸宅にお邪魔し、彼の背中を追う。薄暗い廊下の先に襖があり、「こちらです」と案内された。
「たまに掃除はしていますが、埃が舞うのでご注意くださいね。襖は開けておいて、換気しながら御覧になったほうがよいでしょう」
「ありがとうございます」
村長が襖を開けると、すぐ壁があった。道中で攫ってきた鍵の束から一つ選んで壁の穴に挿して回すと、観音扉が開いた。中には無数の巻物や書物が積まれてある。忠告の通り、だいぶ埃臭い。
「では、ご自由にご覧ください。何かあったら声をかけてくださいね、家の中にいますから。それと、ここ以外に資料はありませんので」
村長は来た道を引き返していった。最後の一言はつまり、勝手に歩き回って冒険するなっていう釘刺しだろうね。
「この中から御鏡の情報を探すんだよね? 有り得ないくらい絶望なんだけど」
小町が嘆いた。
「分かる。でもほら、やるっきゃないじゃん?」
「そりゃそうだけどさ……」
覚悟を決めて敷居を跨いだ。棚に目を向けると、若干の希望が見えた。どうやら、どこに何の資料があるのか分類されているらしい。庫内をぐるっと一周するように棚が設置されていて、左から奥側にかけては農業関係みたいだ。
「野菜の植える時期、収穫時期の見極め、収穫物ごとの保管方法……なるほど、この村の財産だねこれは」
農村にとって一番の宝と言っても過言じゃない資料。それが、倉庫の過半数を占めている。これはこれで超有益な情報だけど、今の私たちが求めているのはこれじゃない。
「桜華、文化関係はこっちみたい」
「おっ本当だ。この辺を重点的に調べてみようか」
「だね」
倉庫の右側に目的の情報がある。そう予想し、資料を手に取って一冊ずつ目を通していく。埃にむせて、二人してごほごほ言いながら……。
そんな作業を、もう何時間したか分からない。外が橙色に輝いている。もう夕方だ、日が沈む。
「小町、そうっちはどう? 良さげな情報は見つかった?」
「まあ、全くの無収穫ではないよ。桜華は?」
「同じく、って感じ。ただ、神の御鏡に直接たどり着けるような情報は無いね」
「あたしもそう。そろそろ帰る? また、生明を心配させると悪いし」
「だね」
出していた資料を元に戻し、観音扉を閉めた。袖やお尻を叩くと埃が舞う。居間でお茶を飲んでいた家主に再三のお礼を言い、私らは生明の家へ急いだ。帰ろう、狼が出る前に。
来た道を早足で引き返しながら、資料で得た情報を二人で共有することに。
「まず、さっきも言ったけど、神の御鏡に直接たどり着けそうな情報は無かった」
「うん、それはあたしも見つけらんなかった」
やっぱそう簡単にはいかないよね。
「でも、この村の二つの信仰に関して不思議な点が見つかった——」
というのも、この村の信仰は、伝承を見た限りでは突然湧いて出ている。豊穣神信仰も悪魔崇拝も、急に現れていた。それ以前の伝承を見ても、信仰の影も形も、その卵さえも書かれていない。本当に突然、ぽっと湧き出たかのように豊穣神と悪魔が村に、ないし、人々の思想の中に現れている。それ以前は無宗教と寸分違わない状態だね。これはあまりにも不自然だ。
「ほら、私一瞬抜けたでしょ? あの時、その点について村長に質問してみたの」
「へえ。彼はなんて?」
「『知らない』だってさ。その辺に関する情報は伝えられてなくて、口伝も無いらしいよ。あっ、ついでに神の御鏡についても聞いてみたんだ。けどやっぱり、『知らない』って」
小町は眉を顰め、訝しげな顔をした。どうやら、私たちは同じ疑問を抱いているみたいだ。
「信仰の話だけど、言い伝えられていないっていうか、意図的に隠されてるように感じるな、あたしは。いやまあ、言い伝えられてないも隠されてるも、結果的には同じことだけどさ……。とにかく、あたしが言いたいのは、この違和感は自然発生じゃないかもってこと」
小町の意見に、私は全面的に賛成。一見すると長閑で平和な村だけど、狼と言い信仰と言い、なんだか裏に何か大きな闇がありそうだね。なんか、きな臭くなってきたな……。
「小町の方はどう? 何か見つかった?」
「うん。あたしが調べた限りじゃ、この村は成り立った時から農村だったみたい。土の質が良いみたいで、それを知った農家が各々田畑を作り始めた。そのうち家を建てて住む人が現れ始め、時間とともに増えて増えて……その末裔が、生明たち今の村人みたい」
「最初から農村だった……ってことは!」
「そう。最初に現れたのは、豊穣神信仰かもしれない。証拠は一寸たりとも無いけどね」
農家が集まってできた農村なら、そこで豊穣神信仰が興ることに違和感はない。極めて自然な流れと言ってもいい。仮にそうだと仮定して話を進めると、じゃあ悪魔崇拝はどこから現れたんだという疑問が浮かぶ。
「これもあたしが調べられた限りだけど、外部からの侵略があったとか、別の文化が入り込んだとか、そんな形跡は無かった」
つまりこの村の文化は、生まれてから今に至るまで、どこの何とも混ざっていない。そりゃあ細かい変化はあるだろうけど、もう一つ別の信仰が出てくるような出来事は見た感じ無い、ということになる。
「……なんか、謎が増えただけだったね」
嘆いた私に、小町は「ね」と同意してくれた。
「そういえばあの村長さん、なんか険しい顔してたよね」
「確かに。あたしらが要件を伝えた時も、微妙に嫌そうな顔してたし」
最初、邸宅の玄関でね。あと、質問しに行った時もそんな感じがした。
「やっぱ思った? こんな美少女が二人も訪ねてきたら、にやにやしながら鼻息荒くして悦ぶと思うけどね、普通は」
「えっ美少女二人ってそれ、あたしも含まれてる? ——って、真面目な話してんのに茶化すなし」
「えへへ、ごめんごめん」
「と、とにかく! 御鏡のことは分からなかったけど、信仰周りが異様に不自然だって話」
「だね。顔火照らせながらまとめてくれてありがとう」
「は、はあっ?! 火照ってないが?! 夕日が当たってるだけだが?!」
「はいはい」
間もなく夕日が沈む。橙色の空には、狼の遠吠えとともに、ぎゃあぎゃあとうるさい二人の声も響き渡っている。




