【六】神の御鏡
ご飯の後は行水までさせてくれて、本当に感謝しかない。夜が更けてきた。私と小町は生明の部屋に敷かれた追加の布団に入り、眠くなるまでお喋りをする。生明は普段どんな生活をしていて、友達がどうこう……。楽しい話を沢山して、そろそろ話題が尽きてきたころ、私は空気の読めない質問をした。どうしても、気になって仕方がないから。
「ねえ生明。さっき、人喰い狼って話をしてたよね?」
「え? うん、したよ」
「その狼について、ちょっと教えてほしいんだよね」
「いいけど……。気になるの?」
「まあ、ちょっとね。私の記憶だと、狼が人を襲うなんて珍しいことだったはずだし、基本的に温厚な動物って印象だからさ」
「よく知ってるね。そうなの。実際、この辺にいる狼は、人喰い狼以外は温厚なんだ。村人を襲ったっていう話は聞いたことが無い」
ふと、すうすうと寝息が聞こえた。小町は限界を迎えたらしい。
「そうでしょ? だから私、物語とかに出てくる人喰い狼は、山賊とか荒くれものとかを比喩したものだって思ってたんだけど……。その人喰い狼は違うんでしょ?」
「うん。わたしは出遭った事ないんだけど、実際に見た人がいるんだよね。ある夜悲鳴が聞こえて、提灯を持って外に出たら血塗れの狼が走ってたんだって。それで近くを調べてみると……その、悲惨なことになってたって」
なかなかに恐ろしい話だね。小町は寝ていて正解かもしれない。聞いてたらあの子、寒さとは無関係に震えちゃうかも。
「その狼って、昔から出るの?」
「ううん。もちろん狼自体は昔から居たけど、人喰い狼が出るようになったのは、比較的最近だよ。そうだなぁ……ここ一年と少しくらいだと思う」
「そうなんだ……。そういう場合って、駆除するんじゃないの? ちょっとかわいそうな感じはするけど」
「それがね……」
生明は少し声の調子を落とし、怪談話でも始めるのかという雰囲気を出した。
「不思議なことに、猟師さんを呼ぶと絶対に出ないの」
「……へえ、賢いんだ」
そんな単純な話じゃないと思うけど。
「で、猟師さんが帰るとまた現れる。それを繰り返しているうちにみんな気味悪がって、来てくれなくなっちゃったんだ」
「そうなんだ……。なんか、奇妙」
「でしょ? まるで分かってるみたいだよね」
何とも言えない空気感になった。怪談と禅問答を同時にやったみたいな、怖いし理解もできないという、気持ちの悪いやつだ。それを祓おうとしてくれたのか、生明が思い切り話題を変えた。
「そういえば、二人は城下町の帰りなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「お買い物とか?」
「えっとね……まあ、探し物をしててさ。城下町の骨董屋に行って情報を得ようと思ったんだけど、あんまり上手くいかなくて。その帰りだよ」
店主の語尾や一挙手一投足を思い出し、なんか腹が立ってきたのよぉ。やべ、真似しすぎると伝染っちゃうからやめよう。
「へえ、探し物か。ちなみに、どんな物を探してるの? 手伝えることがあるかもしれないし、もし嫌じゃなければ教えてほしいな」
話すかどうか迷った。助けてくれた恩人を面倒事に巻き込みたくないという想いと、情報源は多いほうがいいという想いとが、葛藤を生み出した。せっかく眠くなってきたのに、睡魔をすべて祓ってしまうほど考え、私なりの答えを出した。話そう、私らの探し物について。どこに情報が転がってるかわからないしね。そんな、自分勝手な答えを。
「私ら、高祠の三神器ってお宝を探してんの。聞いたことある?」
「三神器? ううん、分からないや。どういう宝物なの? 宝石とか、小判とか?」
「剣と勾玉、それから鏡だよ。私たちは今、そのうちの鏡をさがしてるんだよね~」
「鏡……?」
神器について話すと、生明の声色が変わった。「う~ん」と、何か考えている様子だ。
「神器ってことは、やっぱり高貴な鏡って事だよね?」
「たぶんね。私らも、実物は見たことないからわかんないけど……もしかして、何か知ってるの?」
頭の中で話がまとまったのか、生明は「実はね」という前置きから話を始めた。
「この村に伝わる秘宝で、神の御鏡っていうのがあるの」
「神の、御鏡……?」
御鏡、それすなわち鏡。そんな物々しい名前なら、神器である八咫鏡の別名だとしても不思議じゃない。
「その御鏡のこと、詳しく教えてくれる?」
「うん、いいよ。だけどそれにはまず、村のしんこうについて話さないといけないかも。しんこうっていうのはあれ、神様を信じるとか信じないとかの信仰ね」
「信仰?」
うんと頷き、生明は今度もまた暫く考え込んだ。
「この村の信仰は、二つの派閥に分かれてるの。豊穣神信仰と、悪魔崇拝の二派にね。まあ、今じゃ悪魔側は圧倒的に少数派らしいんだけど」
「あ、悪魔……」
悪魔への恐怖ではなく「また悪魔かよ」と、うんざりだという想いからの慨嘆をした。
「何百年も昔から二派は睨み合ってるんだ」
「お互いに嫌いなの?」
「嫌いかどうかは分からないけど、悪魔崇拝者は、迫害された歴史を持っているみたい。その憎しみもあって、彼らは豊穣神を嘘つき神って言うんだ」
「嘘つき?」
「そう、嘘つき。彼らが言うには、豊穣神が本物の神なら、不作の年が存在するのはおかしい。だから嘘つきだ、って事らしいよ」
まあ、確かに一理あるかも。豊穣を齎す神様がいるなら、どうして豊穣の逆の時があるんだって話だもんね。
「対して豊穣神を信じる人たちは、悪魔崇拝者が不作を祈るからだと言ってるみたい」
「でも、悪魔崇拝者もここの人なんでしょ? だったら、彼らが不作を願う理由が分からないけど……」
「そうなの。悪魔崇拝者たちは、今桜華ちゃんがしたのと同じ反論をした。自分たちは不作の祈願などしていない。だから豊穣神は嘘つきだ、ってね」
なるほどね。そうやって、何百年も睨み合ってるのか。
「余談だけど」
生明が言う。
「さっき話してた人喰い狼の件、豊穣神信仰者は、悪魔崇拝者の仕業だって考えてるみたい」
「人喰い狼が? それまたどうして?」
「実は……人喰い狼に襲われて亡くなるのは、どうしてか熱心な豊穣神信仰者ばかりなの。ああ、ごめん。話を広げすぎちゃった。それで、神の御鏡はね、悪魔崇拝者が隠し持っているって噂なんだ。彼らの本拠地が分かれば御鏡も見つかるだろうけど、本人たち以外は誰も知らないから」
そういえば鏡の話だったね。新しい情報が多すぎて忘れるところだった。ていうか、普通に忘れてた。
「悪魔崇拝者が、神と名の付くものを持つの?」
「そうみたい。これも奇妙だよね……理由は、全くわからないらしいよ」
「つまるところ、神の御鏡を見つけるには、この村の信仰争いに足を踏み入れなきゃって事だよね」
「……そうなるね」
「かなり大変そうだね」
「「うわっ!」」
突然聞こえた私と生明以外の声。私たちは同時に全く同じ反応をした。
「小町、起きてたの?」
「あんたの声で起きた」
「えっ? やだもう。寝てても私のこと感じ取れちゃうわけ? あんたどんだけ私のこと——」
「単純にうるさいって意味だけど」
「は?」
「あはは……。仲が良いんだね、二人とも」
伊達に人生を共にしてないからね。
「と、とにかく。明日からのやることは決まりだね」
そう言いながら小町に目配せすると、彼女はうんと頷いた。
「というわけで生明。迷惑じゃなければ、もうしばらく泊めてくれない? もちろん只でとは言わない。農作業とか家のこととか、手伝えることがあったらやるから」
「うん、良いよ。じゃあ明日、お父さんに言ってみる。二人の目的は……伏せたほうがいい?」
「そうかもね。じゃあ……旅の疲れを癒すために、しばらく村に滞在するってことにしようか」
「分かった。じゃあ、今日はもう寝ようか。農作業は、寝不足じゃ大変だからね」
小さな行灯の灯りを消し、目を瞑った。神の御鏡、か。なんだか一筋縄ではいかなそうだな……。




