【三】防人と不審者を兼ねる女
重い足を引き摺りながら防人の巣にやってきた。いや目方が重いってわけじゃないよ、失礼な。城下町でお城の次に絢爛な門構えの建物があり、左右二人の門番が往来を舐めるように監視している。
「止まってください」
門を潜ろうとしたら呼び止められた。いやな予感はしてたけど。「なに?」と門番の顔を見遣ると、彼は道を扼してから口を開いた。
「要件をお聞かせ願います」
「骨董屋の店主から、提出する書類を預かってんの」
「確認します」
私から書類を受け取った門番は、穴が開くんじゃないかというほどそれをよく見ている。やがて「ふむふむ」と頷いたかと思うと、門の先を指さした。
「問題ありませんね。右奥の建物で提出なさってください」
「ども」
「ああそれと、刀はこちらで預かります。お帰りの際に返却しますので」
うわ、やっぱそうなるよね。渋々帯から抜き、彼に預けた。その行方を目で追うと、他にも大量の刀が預けられていた。私のは絶対大丈夫だけど、他のはどれが誰のだか分からなくならないのかね。ふと見ると、小町も懐刀を預けている。
「うわ、めっちゃ混んでるし」
小町の恨み言が聞こえた。ぼやきたくなるのも無理はない。窓口があってその前の空間が待合室のようになっているが、その待合室は満員だ。立錐の余地も無い、とまでは言えないけど。とにかく人混みを掻き分けて窓口まで進んだ。どうやら番号札を取って順番待ちをしないといけないらしい。
「拾参だって」
意外と早くて驚いたが、ちょうど今呼ばれたのは「壱」だった。もう本日何周目かの拾参なんだね。いったん引き下がり、火鉢に群れた人たちから少し離れたところで待機。こうしてみると、世の中には色んな人がいるんだなと分かって面白い。例えば、今窓口で大きな声を出しているおじいさん。
「ええ、なんだって? もっと聞こえるように言ってくれ!」
「ですから! 書類が一枚足りないので、揃えてからまたお越しください!」
「なんだって?」
「書類が一枚足りません!」
うん。耳が遠いのは仕方ないが、私だったらあんな仕事耐えられないと思う。しびれを切らした防人は、おじいさんとの会話を筆談に変えたらしい。「見えない!」なんてことにならなきゃいいけど。
あとは泣きわめく赤ん坊とか、走り回る子供とか。ここでたまたま会ったのか一緒に来たのかはわからないけど、楽しそうに談笑する奥様方が多い。私の連れはというと、壁に背中を預けて腕を組み、目をつぶって「拾参」が呼ばれるのをじっと待っている。やだ、かっこいい。小町ってこんなに凛々しかったっけ。でも、今ようやっと「弐」が呼ばれたところだ。ずっとその感じじゃ寝ちゃうよ。
それからしばらく——私も目をつぶって——待っていると、「陸」が呼ばれた。もうそろそろ折り返しってところか。
「ううっ」
不意に身体がぶるっと震えた。寒さのせいだ。同時にとある感覚が強くなり始めたため、小町に声をかける。寝てたら最悪だけど。
「小町」
「ん?」
起きてた。
「番号札と書類持ってて。ちょっとお花」
「……花? ああ、そういうことね。行ってらっしゃい」
察しの悪い小町をその場に残し、矢印付きの案内板に従って歩いた。目的地はどこなのかというと……そんなお下品な言葉は、とてもじゃないけど美少女の口からは発せられない。
一分も経たないうちに人気のない通路に出た。この場は不思議なもので、さっきまでの騒がしい空間が極めて遠く感じられるほどの静寂であった。お花畑はすぐ目の前だ。
「こんにちは、お嬢さん」
そんな折柄、背後から低い女の声がした。知らない声だ。私と声の主以外は誰もいない。だから、「お嬢さん」と声をかけられているのは、必然的に私でしかありえない。
「誰……って、あれ?」
振り向いたが、そこには誰もいない。聞き間違いか、それとも辻斬りと戦った時のあの声か。少なくとも後者ではなさそうだ。なぜかって、その声は頭の中に響いたのではなく、確実に顔の横の耳朶に刺激を感じさせたからだ。
——気配っ!
声ではないが、左後ろに何かの存在を感じた。それは吐息だったり、足音だったりを、本能的に気配と称して捉えたものかもしれない。とにかくそっちに振り向いた。
「あ——」
見えたのは両脚、腰、胴体、腰に提がった刀……そして、迫り来る手刀打ちだった。私はそれを反射的に左腕で受け止め、一歩下がり、辻斬りよろしくいきなり攻撃してきた女を見遣る。嫌な予感がした。
「ほう。今のを止めるとは、なかなかやる」
気付いた時には、その女はもう腕組みをしていた。肩に届かない黒髪。ただし内側だけが海を想起させるような深い蒼色をしている。右目の斜め上に月を思わせる髪飾り。容姿はともかくとして、気になる点が二つ。一つは、この場において帯刀していること。
「あんた、まさか……」
そしてもう一つは、不知火や五月雨と同じ制服を着ていることだ。
「防人のお偉いさん?」
「はは。偉いか否かはさておき……そう、私は防人の北部司令、十六夜だ。以後、よろしく頼むよ」
十六夜の立ち居振る舞いは、私が想像する防人の像に当てはまらない。どことなく毅然としていて、柔らかさを抱かせつつも芯がある。そんな感じだ。こういう人ばかりなら、防人もちょっとはましな組織だったかもしれないのに。
「防人さん、何か用?」
「いや、特に用というわけじゃないんだ。ただ私好みの女子だったものでね。桜色のなんと可憐な事か。おっと、些か失礼だったな。いやはや、それにしても——」
「はあ?」
人に声をかけておいて、一方的にぶつぶつと言い続ける十六夜。私は思わず、険のある「はあ?」を放ってしまった。それで我に返ったのか、十六夜は「あっはは」と笑う。
「すまないすまない。これじゃあ、まるで不審者のようだな」
まるで不審者のようというか、今の言動はまるっきり完璧に不審者のそれだったけど……。刀があったら柄を握ってしまうくらいには不気味だった。まあ美少女の容姿に対する賛辞なら、いつでも大歓迎だけどね。
「用が無いなら行くけど。私今、お花摘みで忙しいから」
「おやそうかい、それは悪かった。では一つだけ。会えて嬉しいよ。同僚から度々君の話を聞くから、気になっていたんだ。五月雨に不知火。聞き覚えがあるだろう?」
「……っ!」
一つだけって言わなかったっけ? という文句をぶつけていられるほどの精神的な余裕は無かった。防人——少なくとも司令たちに認知されていることが確定してしまったからだ。想像はしてたけどね。
「どうやら私の勘は正解だったようだ。不知火の追跡から逃れ、五月雨と対峙してなお負けなかった桜色の少女……君だね? 君しかいない」
「だったら何? 捕まえて牢屋にでもぶち込むつもり?」
「あはは、そう警戒しないでくれ。君に何か逮捕するほどの罪状があるわけじゃない。冤罪で追跡され、冤罪で祠に監禁された。むしろ、防人を代表して謝りたいくらいだよ」
——じゃあ謝ってよ。
「それはそうと、先ほどの反射神経は見事だったよ」
一つだけと言ってから何個目の話題だろう。
「本気に近いくらいの速度で仕掛けたのだが」
「あの程度で本気? 防人の腕前も、たかが知れてるんだね」
そう煽った私だけど、無論、虚勢を張ったに過ぎない。間一髪で気配を察知し、それがたまたま正解だっただけだ。もう一度やれと言われたら厳しいかもしれない。それくらいの偶然だった。
「そうだな。私に限らず、防人もまだまだ精進が必要だ。ふふふ。その峻烈な物言い、ますます気に入った。どうだい、よければ一杯ご馳走しよう」
そういい、十六夜は右手で御猪口を傾ける動作をした。微笑みながらそうした彼女だったが、数瞬だけ私を見て「ああ」と何かに気付いた様子。
「もしや、酒を吞む歳じゃないか?」
「十七、だけど」
「あっはっはっは、そうかそうか。であれば、まだ吞まない方が賢明だな。呑みの誘いも、あまり褒められたことではないか」
「うわ——」
突然、十六夜の顔が私の方にぐいっと寄ってきた。気のせいか、さっきの手刀打ちよりも速く感じられる。
「この艶やかな髪、綺麗な肌。ああ、間違いなく十代の若い女子のものだな、はは、羨ましい」
こいつ、本当に犯罪者なんじゃないの? 触ってきたら防人に突き出そうかと思ったけど、さすがにそこまではしてこなかった。顔が離れる。
「おっと、君も多忙だったね。では、もう仕事に戻るとするよ」
また微笑みながら言い、十六夜は私と逆の方向に進む。そもそもあいつ、どこから現れたんだろう。まあ、どこからでも現れそうな奇妙さがあるんだけど。
「君ほどの腕の持ち主——」
そう聞こえて振り返るが、向こうはこっちを見ていない。
「いや、なんでもない。さらばだ。君とはまた、どこかで会えそうな気がするよ」
私は返事をせず、十六夜の足音が離れていくのを聞いていた。それと入れ替わるように、すたすたと焦りを感じる足音が近づいてくる。
「桜華、まだしてないの?」
今度は聞きなれた声。十七年毎日聞き続けている、小町の声だ。ていうか、もうちょっと言葉を選びなよ。
「ああごめん、不審者に絡まれてた」
「不審者……?」
「大丈夫、なにもされてないから」
「ならいいけど……。って、お喋りしてる場合じゃない。さっき『拾』が呼ばれてたから、急いだほうがいいよ」
私らは「拾参」だったね。なるほど、確かに急がないとまずいかも。おかしいな、余裕は充分あったはずなのに。十六夜め、絶対に赦さない。
「やべ、決壊寸前。なるべく急ぐから」
「きったね」
はあお前この私が汚いわけないだろ、なんて言い返す余裕もなく、私は目の前の目的地へ駆けた。
窓口の方に戻ってすぐ「拾参」が呼ばれた。骨董屋の書類に不備はなく、円滑に承認と合格を貰うことができたのが唯一の幸いだった。




