【二】骨董屋の奇人
「小町、あれじゃない?」
しばらく城下町を歩いていると、鴨脚が言っていたものであろう骨董品店があった。混雑していないことを幸運に思いながら駆け寄る。
「……これ、店やってるの?」
「ね」
小町の疑問も尤もだ。道理にかなっている。薄暗く、なんだか近寄りがたい雰囲気。櫛さんの店とは、また一風変わった怪しさがあった。
「でもほら、『商い中』って」
お店が開いていることを示す看板を指さして言うと、小町は眉をひそめ、営業中であることに納得せざるを得ないといった顔をした。
「ごめんくださ~い」
入り口は開いている。入口の上枠から私のお尻くらいまである、長い不親切設計の珠暖簾をかき分けて店内に入った。
「いらっしゃいなのよぉ~」
店の奥から眩しい殿方が出てきた。霊気が凄いとか後光が差してるとかじゃなくて、只管に眩しい着物を着ているってだけなんだけど。あまりにも奇抜だ。鴨脚の命名といい勝負かもしれない。目が慣れてきた。彼の着物は全身が黄金の鱗に覆われたような見た目をしている。近づいてきた彼を見ると、それは模様じゃなくて、本当に鱗状のものが生地を覆いつくしているのだと分かった。
「おやおや若者たちぃ、何か御用なのよぉ?」
この寒いのに紅一色の扇子で扇ぎ、片眼鏡を輝かせ、一尺弱ありそうな天に向かう丁髷を揺らしながら変な語尾で問うてきた。いやあの、この人、情報が多すぎるんですけど。これが鴨脚の言ってたやばい奴なのだとしたら、納得の限りを尽くそう。
「あの、ここでは貴重な骨董品を扱っていると——」
「あ~らあらあら、お目が高いのよぉ!」
体をくねくねさせながら、私の話を遮ってきた。そもそもだけど、この人は何歳くらいなんだろう。全く想像がつかず、何歳といわれても納得できる自信がない。もしや、年齢という概念を超えた上位種とか?
「仰る通り、うちでは他じゃお目にかかれない貴重な品を扱っているのよぉ。探しているものがあれば、なんでも言ってほしいのよぉ」
気は進まないけど、せっかく来たんだし聞いてみよう。
「八咫鏡ってご存——」
「八咫鏡ぃ?! お、驚いたのよぉ!」
やたら高く大きな声で叫んだ。私の耳が無事か心配になる。小町は肩をすくめて不愉快そうな顔をしていた。それでも店主はお構いなしに自分の話を進めやがる。
「なんとなんと、君たちのような若者から八咫鏡という言葉が飛び出すとは思わなかったのよぉ」
「えっと……はい。私らの道楽なんです、貴重なものを鑑賞するのが」
よかった、私の玲瓏たる美声は普段と変わりなく聞こえる。耳は無事だったらしい。いや待って、耳に気を取られてたけど、台詞から察するに店主は八咫鏡を知ってる風だった。大大大収穫かもしれない。
「知っているんですか? 八咫鏡!」
「知っているも何も、八咫鏡は私が追い続けている秘宝なのよぉ」
じゃあ、情報もたくさん持っていそうだね。勇気を出して城下町に来てよかった。お手柄鴨脚!
「いや吃驚、こんな短期間で二組も八咫鏡の名前を出してくるとは思わなかったのよぉ。残念ながら店には置いてないけど、有力な情報なら二つあるのよぉ」
「お、教えてくだ——」
「嫌なのよぉ」
「へえそうなん——え?」
彼は意地悪そうに「にしし」と笑った。
「い、嫌って……な、なんで」
「私が長年かけて手に入れた情報なのよぉ。それをあんた、只で渡すなんて嫌に決まってるじゃないか。あ、のよぉ」
語尾つけ忘れたからって、わざわざ注釈みたいに後付けしなくても。いやそんなことはどうでもいいとして、確かに図々しいお願いだったかもしれない。もう、こうなったら仕方ない、最終手段だ。あ~あ、最強過ぎるからあんま使いたくなかったんだけどな。
「お、おねが~い!」
口に立てた人差し指を持っていき、体をうねうねさせながら、とびっきり蠱惑的な表情でお願いした。ふん、完璧。私が店主の立場だったら何でも許しちゃうね。ところが——
「……はい?」
まるで別人のように、消え入るほどの低い声で疑問を呈された。この人は審美眼が絶無なのだろうか。
「ちぇ、色仕掛けは駄目か」
「い、色仕掛け? 無色透明だったのよぉ……」
数秒ほど無の時間が流れた。気まずいったらありゃしないし、小町は何の助け舟も出してくれない。やがて店主が咳ばらいをして話し始めた。
「別に、金を要求しようというわけじゃないのよぉ。ちょっとした仕事をやってくれれば、その対価として情報を渡すのよぉ」
「仕事?」
「ちょっと待つのよぉ」
店主が店の奥に消えた。その間に、私は小町に手拭いを差し出して「ごめん」と謝った。彼女は意味が分からないと言いたげに、「なに?」と首を傾げる。
「私のさっきの色仕掛けで鼻血出ちゃったでしょ?」
「あ、ごめん、全然見てなかった」
こいつ。
小町はすぐに私から視線を外し、店内に陳列された骨董品たちに目を向ける。溜息を吐いてから、私も同じように売り物を見回した。店主はあんな感じだけど、品は良い。ここなら八咫鏡が陳列してあっても不思議じゃないと思える。まあ、現実はそう甘くないんだけど。
「お待たせなのよぉ」
店主が戻ってきた。何やら紙の束を持っている。そう厚くはない。
「この書類を役所に提出して、承認印を貰って持ち帰ってきてほしいのよぉ」
「えっ」
思わず声が漏れてしまった。もしかしたら濁点がついていたかもしれない。
「嫌ならいいのよぉ」
正直言うと嫌だ。役所なんて言っても、結局そこで仕事をしているのは防人だ。その防人に遭遇したくないから城下町に来ることを避けていたというのに、ここへ来て自ら飛び込まなきゃいけないなんて……。
「どど、どうする……?」
小町にも判断を仰いだ。彼女もまた、嫌そうな顔をしている。
「……でもまあ、仕方ないんじゃない? 現状、藁にもすがりたいって感じだし」
「……だよね」
そう、仕方ないってやつだ。城下町に来たのと同じく、今回も背に腹は代えられない。
「分かりました、持っていきます」
「助かるのよぉ。防人は怖いから行きたくなかったのよぉ」
紙の束を渡され、私らは不承不承、店主に背を向けた。あっ、一応聞いておこうかな。
「念のため、店主さんのお名前を聞いても?」
「店主なのよぉ」
……?
「えっと、お名前を——」
「店主は、店主なのよぉ」
「あっはい」
店主っていう名前ってこと……? 話が通じなさそうだから大人しく諦め、役所へ向かった。もし何か聞かれたら「店主なのよぉ」って答えとこ。
……いや、やっぱやめよ。変な事して捕まりたくないし。




