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【一】防人蔓延る城下町

◇◇桜華◇◇


「ってわけで、お菓子屋は改装のため一か月休業するって」


 小町の報告を聞いた私は、天と地がひっくり返ったような気分になった。私たちの食い扶持(ぶち)が、血となり肉となり間接的に絶世の美少女(わたし)を作り維持していた収入が、しばらく途絶えるとのことだ。嗚呼なんということだろう、嘆かわしい。絶望しかない。


「お米はしばらく分あるけど、おかずが梅干ししか無いよ、うちには」

「となると、あとはお湯ご飯とか」

「私の()()()()じゃん。ってやめてよ、しつこいな」


 廃屋での生活が始まったころに逆戻りするしかないのかな。すなわち安いお小遣いしかくれない、お菓子屋以外での労働を指すけど。二人でそれをやれば間に合うだろうけど、調査が一か月も足止めを食らうのは避けたい。最近、やっと手ごたえを感じ始めたところだし。


「どうしよう。お肉やお魚、お野菜も満遍なく食べないと美少女の麗しいお肌が……!」

「我儘言うんじゃないよ。一か月くらいだから我慢……いや、方法なら——」

「おお、いいこと思いついた!」


 意図せず遮った私を、小町は半開きの目で見た。まだ何も言ってないのに「ろくでもない」と言いたげなのはなんで?


「小町を食べちゃおう」


 まあ、ろくでもないんですけどね。


「あんたって悪魔の末裔なの?」

「いや違うわ。あれ待って、出生が分からないから、明確に否定できないんだけど」


 ごちゃごちゃと与太話を展開する私に、小町は目を開いてあきれたような口調で言う。


「処理が面倒だから避けてきたけど、狩りだの釣りだのを解禁するしかないね」

「ああ、その手があったか」

「まじで忘れてたのかよ」


 いやだな、それくらいのこと忘れるわけないじゃん。普通の思考回路をしていればすぐに思いつくことだよ。え、私って普通の思考回路してるよね……?


「まあ一回お父さんに教わってるし、小鹿くらいなら何とかなるんじゃないかな」

「じゃあ、あたしは釣りをやってみようかな。狩りは任せたよ、美少女狩人さん」


 なに、こんな時ばっかり素直に事実を言うなんて。

 

 午前中に八咫鏡(やたのかがみ)を探して回り、午後は食料の確保に奔走する。狩猟という選択肢を取りやすい点は、森の中の廃屋に住んでてよかったこと一位かもしれない。そんな生活が、もう数日続いている。


 最初は、小町が釣ってくる一匹の魚をちょっとのお米とともに山分けするしかなかった。動物なんて、素人が簡単に仕留められるものじゃない。そもそも、警戒されて刀の間合いに入れないし。対して小町の釣りは上達が早く、昨日なんて二匹ずつ食べることができた。だけどそろそろ、お肉を頂きたい。そう思っていた矢先のこと。


「よ~し、ようやっと捕まえたぞこんにゃろう」


 この寒い中を悠々と歩いていた鹿を捕らえることに成功した。久しぶりのお肉にありつける。まだだ、まだ荒れるなよ私のお肌。


「さあ小町、あとはよろしく」


 それを自信満々で小町に見せて依頼した。私がやると、新しい()()()()が増えそうだからね。う~ん、鹿()()とでも命名しようか。だけど小町は、「おお」とだけ賞賛してあとは冷たく言う。


「血抜きは?」

「え?」

「内臓は?」

「え?」

「早めにやんないと蛆が湧くよ」

「え、やってくれないの?」

「あたしはほら、調理担当だから」


 血抜きも内臓取りも毛皮剥ぎも、調理担当の業務に含まれるんじゃないの、と聞きたい。口振りからして含まれないらしいけどね、少なくとも小町の判断では。


「そこをなんとか!」

「じゃあご飯作ってあげな~い」

「うっ! わ、分かったよ……」


 私とて、空想上の創作料理「鹿炭」なんぞこの世に生み出したくはない。せっかく捕まえた鹿が勿体ないし、そもそも、そんなの生命に対する冒涜だ。悪魔の所業だ。


 廃屋から離れたところで、作業にとりかかる。無心だ桜華、無心になれ。そう自分に言い聞かせながら、半泣きで鹿を処理する。そういえば、神社の隅でお父さんがやってるのを毎回半泣きで見てたっけ。辛い記憶ではあるけど、今は脳裏に刻まれた作業手順だけが頼りだ。


「鹿さん、ごめんね。頂きます、頂きます……」


 捕まえた時の私と今の私は、本当に同一人物なのだろうか。自分自身でもそう疑いたくなるほどの、言動の変化が生じた。人はこうやって倫理観を身に着け、成長するのかもしれない。


 そんな狩猟生活にも慣れてきたころ。久しぶりに鍛造の町に行き、鴨脚を訪ねることにした。調査の進捗如何ですかってね。鍛冶屋へ行くと、ちょうど門でお客さんを見送っているところだった。


「おお来たか。待ってたぜ、お二人さん」


 やたら明るい笑顔で迎えられた。何か良いことでもあったのだろうか、彼はご機嫌麗しい。


「調査はどう?」

「良い知らせと、良い知らせがある。どっちから聞きてぇ?」


 一言一句違わず同じじゃん。私はその二択を、何を以て区別すればいいのだろう。


「じゃあ良い知らせから」


 鴨脚のお戯れを無視し、小町が答えた。可哀想に。


「親父の怪我がほぼ治った。まだ違和感はあるみたいだが、そろそろ鍛冶屋の仕事に復帰できそうだとよ」

「へえ、おめでとう。これでちょっとは落ち着けるね」

「ほんとに良い知らせだった……。あたしてっきり、また変——奇抜な名前の刀ができたのかと思った」


 あのね小町。慌てて言い直したみたいだけど、貴女もう全部言っちゃってるからね。ほら、鴨脚がちょっと()()()としちゃったじゃん!


「泣かないで鴨脚。小町のうっかり失言は私が謝るから。ほら、もう一つ良い知らせがあるんでしょ?」

「いや泣いてはいねぇよ。あれ、なんだっけ」


え?


「ああ、そうそう。思い出した、八咫鏡だ」


 良かった。事に依ったら小町の口撃で記憶喪失になっちゃったのかも……なんて思った。


「城下町に骨董屋があるらしい。鍛冶屋の客から聞いたんだが、かなり古いもんとか、価値の高いもんも置いてあるみたいだ。八咫鏡が置いてあるかは分かんねぇけど、店主が何か情報を持ってるかもしれないぜ」


 有力な情報ありがとうと言いたいところだけど、城下町と聞いた私は素直に喜べなかった。活気ある良い場所だとは思う。知らない情報が沢山転がっているだろうなとも思う。だけど、決して行きたいとは思わない。実際、私は調査で一度も城下町には足を踏み入れなかった。意図的に避けていたんだ。


「……どうしたんだ? そんなに呆けて」

「ううん、なんでもない」


 というのも、城下町は言わば防人の本拠地でもあるからだ。この辺で一人、二人にも会いたくないのに、城下町に入れば蟻の如く居ると容易に想像できる。いや、それこそ蛆かも。


「城下町の骨董屋ね。分かった、ありがとう」


 でもまあ、背に腹は代えられないか。こうなったら覚悟を決めて行くしかない。せっかく鴨脚が情報をくれたんだしね。


「ああ。だが、城下町にはやばい奴も多い。もし行くなら気をつけろよ、お前ら」


 鴨脚は毎回、最後にちょっと怖くなる一言を添えないと死ぬ病気か何かなの?


 半ば怯えながら城下町へやってきた。港町に匹敵する——ううん、それをも優に超える活気だ。ただし、港町とは感じるものが違う。潮風が無いってのもそうだけど、様子が大きく異なっている気がする。例えば我が物顔で闊歩する防人。他の場所より絶対に多いし、どこか誇らかそうだ。また例えば、高貴な格好をした明らかなお金持ちの女性。まあ容姿の良さは私の圧勝だし、そもそも比べるまでもないんだけど。それはともかくとして、一番目を引くのは高祠之国の文化を反映していない大きな——高祠城(こしじょう)よりは遥かに小さい——建物だ。


「何あれ。あんなの見たことない」


 小町が指さした異文化の建物は、そう、彼女の言葉通り見たこともない様式だ。高い塔みたいなものがあって、その中腹辺りから左右に斜めの屋根が生えている。見たところ、屋根は奥にも伸びているらしい。全体的に尖っている印象だけど、塔のてっぺんだけは丸みがある。何というか……そう、枇杷(びわ)を横半分に切り、断面を下にして塔に乗せたみたいな感じ。さらに枇杷の頭頂に、大きな十字の構造がある。「十」と表現するには横棒が上過ぎるかもだけど、とにかくそんな物が私たちを見下(みくだ)すように御座(おわ)している。そんで色はほぼ全部が白。


「確か、外国の宗教施設じゃなかったかな」

「へえ。じゃあ、高祠之国でいう神社みたいなこと?」

「うん、まあ似たようなもんじゃない? 知らないけどね」

「あんな物々しいんだ。あたしは神社の方が好きかな、神聖だけど控えめって感じでさ。それに、なんか温かいし」

「同感」


 あの白い建築物は石造りと見える。対して神社は木造であることががほとんど。私らの実家も、大黒神社も、拝殿にお邪魔した因幡神社もそうだ。その違いが、小町の言ったような感想を抱かせるんだと思う。

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