【九】心と真逆の空
◇◇桜華◇◇
日食の数日後、私はまた港町に足を運んだ。山道を逃げたせいで体に細かい傷が沢山できてしまい、薬袋に貰った紫色の傷薬を一気に消費しちゃったからだ。
「ごめんくださ~い」
「あっ桜華ちゃんだ、いらっしゃい!」
薬屋の暖簾をくぐると、相変わらず溌剌とした薬袋が迎えてくれた。
「やっほ、薬袋。そうそう、櫛さんの事、教えてくれてあんがとね。おかげで調べ物が進展したよ」
「本当? えへへ。良かった、桜華ちゃんの役に立てて嬉しい!」
会話をしながら店内を巡り、紫雲膏と書かれた小瓶を勘定場に持って行った。それを見た薬袋が、不思議そうな顔をする。
「腕の傷、まだ治らない?」
「ううん、腕は大丈夫。ほら、綺麗でしょ?」
袖を捲って薬袋に腕を見せる。まるで元来傷なんて無かったかのように、跡形もなく消えていた。うんうん、この美少女に相応しい艶やかな腕だね。
「ちょっと色々あって、細かい傷があるの。小町もそうでさ、前のは使い切っちゃったんだよね」
「そうだったんだ。って、また怪我したの? どこ? 見せて!」
勘定場を乗り越えてくるんじゃないかという勢いで、薬袋は私の方に前のめりになる。前のめりというか、もはや突進に近い。
「ちょいちょい、落ち着いてよ! 着物脱がなきゃ見えない場所だから!」
さすがに恥ずかしいって。そう説明すると、薬袋はやっと冷静になってくれた。それだけ心配してくれてるってのは、素直に嬉しい事だけどさ。
「今回はどうしたの? また大きい犬?」
「……ちっこい熊に引っ掻かれた」
「絶対うそでしょ?」
慧眼恐れ入りました。でも、真実は話さないでおこう。防人から逃げるために無我夢中で山道を駆け下りました……なんていえば、また心配させちゃうかもしれないからね。
薬を買い、薬袋と別れて外に出た。私の足はそのまま、もう少し海の方へ。今度は、櫛さんの宝石店を訪ねた。薄暗い廊下を進んだ先に、退屈そうに煙管を吹かす彼女が居た。この人も相変わらずで、とんでもなくやばい——よく言えば艶やかな——服装をしている。
「あらお嬢ちゃん。無事だったのね、心配したわよ。ごめんなさいね、村を紹介した日にあんな事件が起こるなんて、思わなかったわ。巻き込まれなかった?」
「うん。到着が遅くなっちゃって、大丈夫でした」
「そう……。となると、勾玉を見ている場合じゃなかったでしょう?」
自責の念からか、彼女は姿勢を正し、煙管をやめて私と話している。別に櫛さんが悪いわけじゃないんだけどね……。
「祠にはお邪魔しましたよ」
そう言うと、彼女は驚いたのか、眉をぴくっと動かした。そりゃそうだよね。誰も事件現場に入ってまで見に行くとは思わないだろうし。
「でも、祭壇に勾玉は有りませんでした」
「あら、そう……。伝承の読み取り方を間違えたのかしらね」
悩ましげな櫛さんに、私は「いや」と続けた。
「多分、八尺瓊勾玉はそこにあったんだと思います。事件が起きる前までは」
実際に見たわけじゃないから答えは分からないけど、襲撃と勾玉は無関係じゃない。それが私と小町の結論だった。それなら、鬼の話とも辻褄が合うしね。
「襲撃の犯人に盗まれた……って事かしら?」
「櫛さんは、盗賊集団スサノオって知ってますか? 村を襲ったのは、若しかしたら、そいつらかもしれないんですけど」
聞いてみると、彼女は愛用の煙管を吹かし始めた。一回煙を吐いた後、私を真っすぐに見て答えた。
「聞いたこと無いね。悪い人らなのかい?」
「私も噂しか聞いたことないんで正確には知りませんけど、まあ極悪人ですね」
「……そうなの。気を付けてね。あまり、危ない事には首を突っ込まない方が良いわよ」
これ以上長居してもお仕事の邪魔かと思い、櫛さんの店を後にした。さて、次は鴨脚のところに行こうかな。八尺瓊勾玉はたぶん盗まれたから、それを伝えて、探す目標を八咫鏡に変更してもらわないと。ついでに刀でも研いでもらおうかな。無償で研いでやるとかって言ってたよね、確か。
空を仰ぐ。まだお昼くらいだろうか、太陽は天球の頂に居た。温かな光で高祠之国を照らし、一周回って憎たらしいくらい燦燦と、一切の蝕みもなく輝いている。答えに近付くにつれて暗くなる、私の心情とは真逆みたいだった。
【伍話 白昼の蝕み ~完~】




