【八】防人の目指す物
◇◇◇
障子を開け、女は部屋に入った。猫背で常に何かを怖じているかのような女、防人の東部司令を務める五月雨である。
「アメちゃん、やっほ~」
先に来ていた同僚の不知火から快活な挨拶が飛び、「どうも」とだけ小さく呟いた。部屋の中央に正方形の机が置かれており、西側に不知火、北側に同じく同僚の十六夜が座していた。彼女とも簡単な挨拶を交わし、五月雨は東側に座る。そんな彼女の姿を見て不審がったのは、十六夜が最初であった。
「おや五月雨。どうしたんだい? そんなに暗い顔をして」
「いや、アメちゃんは常に暗い顔してるじゃん」
「え、えっと、あの……」
問われた五月雨は、もじもじしながら手もみで緊張を誤魔化した。頭の中で言うべきことを言うべき順に組み立て、やがて口を開く。
「あの、先日、東部で起きた……事件のことで……」
「はは~ん。さては、アマネさんに相当絞られたね?」
「は、はい……うう、お、思い出しただけで、頭が」
数日前に起きた東部の村襲撃事件。犯人は未だに特定できておらず、通報の為村を出て生き残った数人も帰る場所を失った。防人の完全敗北だったのである。
「あの日、何があったんだい? 私はまだ、文面でしか事件を知らないんだが」
「ウチも気になる~」
「えっと……」
思い出したくもない悪夢のような光景を、五月雨は一つずつ脳内に甦らせる。出来上がった絵は、思わず口を覆いたくなるような、凄惨なものであった。
「通報があったのは……に、日食の少し、前でした。現場に着いた、頃には……日食は、終わって、いたのですが……村には生気が無く……死屍累々と……」
そこらに転がる死体、血の臭い。生存者は一人たりともなく、これは地獄と何が違うのかと、五月雨は当時慨嘆した。
「そんな中を、こそこそ歩く……二人の、女の子を……見つけ、ました。隊員から、少女二人を調べ……問題ないので、帰らせたと、報告があったのですが……。その後も……うろうろと、歩いていたので……怪しい、と、思い……」
「ああ、それはウチもアメちゃんの報告で読んだよ。それ、ウチが西であった奴らだよね、たぶん。あいつのせいで、私の始末書が少し増えたんだよね、まじうざいんですけどぉ」
「話が逸れて申し訳ないのだが、その子はいったいどんな子なんだ?」
この三人で唯一、桜色の少女と出会ったことのない十六夜。彼女は腕を組み、二人に少女の情報を請うた。
「ヨイちゃんが好きそうな女。ウチはうざくて嫌だけど」
「不知火よ、私は別に女子なら誰でもいいという訳ではないぞ?」
仄かに笑いながら、十六夜は前のめりになる。頬杖をつき、不知火に目線を送ってさらなる説明を促した。
「そこそこ強いんじゃない? 殺せないって制約があったとはいえ、アメちゃんと戦って負けてないんだから」
十六夜は「ほう」と興味を示した。その眼は輝いている。
「確かに、一理ある。ぜひ一度、お目にかかりたいものだ。ああ、すまない。私の趣味で逸れてしまったな」
「い、いえ……。それから、私は隠れて……二人を拘束する機会を、窺って……いました」
相手はただの少女とはいえ、不知火の尾行に気づいて逃げきった存在。その二人から話を聞くためには、何らかの形で閉じ込めるしかないと五月雨は考えたのである。
「ちょうど、祠に入ってくれました……入り口を閉めて、閉じ込めた……のですが…………」
捕縛は失敗して戦闘になり、最後は祠を半壊させるという無茶によって逃げられた。話を聞いた十六夜は、その桜色の子が力を使って見せたという報告に食いついた。
「ますます興味が湧いたよ。ぜひ私のもとへ来てほしいものだ!」
「はいはい、ヨイちゃんの嗜好はどうでもいいから。で、結局のところ、あいつらが襲撃事件の下手人だと思うわけ?」
質問を受けた五月雨は、頭を振った。
「あの子たちは、違うと……逃げられた後で、思いました……。村人たちの、い、遺体に見られた……傷は、叩き斬られた……ような、乱雑なもの……が、多数でした、ので。もし……刀で斬ったのであれば、そうは……なりません。あの子が、も、持っていたのは、刀、でしたから……」
五月雨が考察を口にしたところで、再び障子が動いた。防人の司令三人が居てもなお目立つような、高貴な装いの女である。腰まで届き得る長い白髪を後頭部で馬尾結びにしている。彼女はその紅い瞳で、不知火、十六夜、五月雨と順に見た。不知火たちは反射的に立ち上がる。
「そう畏まるな。妾は今、南部司令の天舞音として来ておる。言わば、お主らの同僚じゃ」
そんな事を言われても、と三人は同じことを思っている。天舞音が机の南側に立ち、手で座れと合図したのを見てから、あとの三人も元通り座った。
「遅くなって済まないな。何せ、今日は将軍様のご機嫌が悪い悪い」
遅刻の理由を話しながら左腰から刀を外し、胡坐をかいて自身の右側へ置いた。
「さて、早速じゃが本題に入ろう。今日集まってもらったのはほかでもない。先日、東部の村で起きた襲撃事件に関してじゃ」
五月雨らは息を飲んだ。
「調査によると、あそこには八尺瓊勾玉という秘宝があったそうじゃ。五月雨よ、それらしいものは見たか?」
「い、いいえ……。少なくとも、さ、祭壇は空っぽ……でした」
「となると、下手人はその勾玉を狙った可能性が高い。八尺瓊勾玉は高祠の三神器の一つであり、その価値は計り知れぬ。つまりじゃ。下手人は盗賊か何かじゃろうな。妾はそう踏んでおる。今、神器についていろいろと調べているのじゃが——おっと、噂をすれば何とやら」
廊下から走る足音がする。やがて止まったかと思うと、障子の向こうから「天舞音様」と男の声がした。漏洩への配慮か、忍んだ声である。
「何か分かったか?」
天舞音が問うと、彼は淡々と説明を始める。
「三神器の内、天叢雲剣という宝剣の在り処が判明しました。北東の八岐神社です。また、過去の未解決事件の中に八岐神社にて大量の遺体を発見、というものがあります。およそ二年前です。剣に関する報告が見当たりませんでしたので、当該神社に調査員を派遣いたしました。任務は剣の捜索でございます」
「なるほど。東の村の一件と八岐神社の一件は同一犯、神器を狙う不埒者による犯行である可能性が僅かに出てきたわけか」
ふむふむと思案したあと、天舞音は男に指示を出す。
「では、引き続き捜査を続けろ」
「御意っ!」
男が部屋から離れていった。天舞音は「ふう」と一息つく。すぐに気合を入れ直し、凛とした態度で三人に目を向けた。
「……聞いた通りじゃ。今回の下手人は、神器を狙っている可能性が高い。我々防人の役目は、二度と悲惨な大量殺人が起きないようにすることじゃ」
余りにも漠然とした目標であり、天舞音を除く三人は俯いた。今の彼女の言葉は、捉えようによっては防人の日常業務であるからだ。彼女らが抱いた内心の毒を察してか、天舞音はおもむろに口を開く。
「……そうじゃな、お主らの言いたいことは分かる。では具体的な目標を作ろう」
三人の視線が、それぞれの膝から天舞音に移った。
「ここ最近の調査において、宝剣と勾玉が盗られた可能性が浮上しておる。現状、三分の二が被害に遭ったと仮定すると、残りは一つ。八咫鏡だけがまだ話題に上がって来ん。何処にあるのか、既に盗られておるのか、何も把握できておらんのじゃ。当面の目標は、それを探すこととしよう」
誰一人とて釈然としないまま、解散が告げられた。彼女が掲げた目標に「御意」と返事をした不知火らであるが、その実、頭を悩ませていた。神器というものは知っていたが、その在り処など皆目検討もつかないからである。
一人部屋に残った天舞音は、三人とは別件で頭を抱えていた。誰もに聞かれることはないだろうと、ぼやく。
「母上のご機嫌取りに、謎の少女に、お宝探し……。それに、南部の村の不穏な空気。やれやれ、どうして妾の身体は一つしかないのじゃろうな……」
彼女は嘆いた。防人の頭領として、高祠之国が抱える数多の問題に苦悩しているのである。上を向いてしばらく目頭を押さえていたかと思うと、大きな溜息を吐いて立ち上がった。刀を帯に戻し、彼女もまた、部下であり同僚でもある彼女らと同じように部屋を後にした。




