【六】邪悪に蝕まれた村
やっと村に着いた……のは良いんだけど、人の気配が皆無だ。不便なところにあるし、限界集落みたいな感じになっちゃってるのかな。そう思って進むが、やっぱり静かすぎる。
「まだ夕方前だよね? こんなに人が居ないことある?」
そう呟いたが、小町は返事をしなかった。私の数歩前で立ち尽くし、口のあたりを両手で覆っている。体を震わせているようにも見えた。
「小町?」
「桜華、あれ——」
彼女が指さした方を見る。言いたいことはすぐに分かった。それは、お祭りの期間なのに囃子の一つも聞こえない理由を教えてくれている。
「——血?」
明るいはずなのに暗く感じた。今度は日食じゃなく、雰囲気的な事だ。周囲を見てみると、いたるところに人の亡骸があった。頭が痛い。あの日、あの時、八岐神社で見た光景が脳裏に浮かぶ。嫌だ、見たくない。そう思っても、私たちは遺体によって四面楚歌であった。
「これって、足跡だよね?」
舗装された土の道に、集団が踏み荒らしたような痕跡があった。その跡は、村の奥の方へと続いている。
「追ってみよう」
小町に告げ、静寂の村を牛歩で探索する。奥に行くにつれて遺体が多くなっていく。血生臭さも濃くなり始めた。道に沿って進んでいると、一際大きく乱れた足跡があった。あっちへ跳びこっちへ跳び、忙しい。
「ここで、斬り合いがあったんだろうね」
弱々しい声で小町が呟いた。
「あ……」
彼女の視線を追った先には、若い殿方の遺体が転がっていた。刀か何かで胸を貫かれている。いったい誰が、こんな惨いことを……。
「桜華、あれ見て。大きい祠がある」
「ほんとだ。櫛さんが言ってたのは、あれかもね」
それは、祠と呼ぶには大きすぎる建築物だった。神社だと言われたら信じてしまうだろうね。大きさだけじゃなく、立派な門や装飾もある。恐ろしく綺麗にしてあり、村の人たちがここをどれだけ大切にしているのかが窺える。祠へ向かう道中、何処からか咳が聞こえた。まだ、生きている人がいるんだ。
「小町、この人だよ!」
一人のおじいさんだ。仰向けに倒れている。膝をつき、彼の頭を右腕で支えた。口の周りが血だらけで、既に虫の息。だけど、彼は力を振り絞って言葉を吐き出した。
「……こら、村の、祠…………」
「おじいさん、しっかりして! 気を確かに」
彼の頭は、すぐに地面に向かおうとする。亡くなったお兄ちゃんにもこうしたのを思い出して、目頭に熱がこもった。
「祠に……我が村の、大切な……勾玉…………やさ、かにの————」
それだけ言い、おじいさんは二度と喋らなくなった。彼の話から察するに、櫛さんの話は本当なのだろう。つまり、あの祠に八尺瓊勾玉があるってこと。そっとおじいさんの頭を下ろし、小町の方を見て頭を振ると、彼が迎えた結末を察してくれた。
やおら立ち上がり、「行こうか」と発しようとした瞬間の事。出し抜けに、何処からか女の声が聞こえた。
「か、各自散開して、状況を調べて、ください! なにかあったら、へ、弊職に、えっと、報告を!」
言葉からして人の上に立つ人物なのに、怯えるような喋り方のせいでそうは思えない。何とも不思議な声だった。咄嗟に建物の裏に隠れ、状況を見る。合わせて十人くらいだろうか、男女が村の中を小走りで散策し始めた。「誰か居ますか」とかなんとか、生存者の有無を問うている。間違いない、防人だ。ここで何があったのかは分からないけど、生き残った人が防人に駆け込んだのかもしれない。ってことは——
「何者かが村を襲撃したってこと、だよね?」
私が忍び声で言った。何者かが襲ってきたからこそ、誰かが逃げ果せて防人を呼んだ。そう推察するのが妥当じゃないかな。小町は顎に手をあてて考えている。他の可能性が無いか熟考しているのだろう。でも、苦戦しているみたいだね。眉間に皺が寄っている。
「襲撃、八尺瓊勾玉、高祠の三神器。まさか!」
どうやら、小町も私と同じ《《答え》》に至ったらしい。
「うん、同感」
それすなわち、この村を襲ったのは、八岐神社を襲ったのと同じ奴かもしれないっていう推理だ。私らの神社からは、三神器の一つらしい天叢雲剣が盗まれていたからね。今回の事件は、あの一件と酷似しているように思えた。私は右の人差し指を立て、小町に言う。
「となると、確認すべきことは一つだね」
「この村から八尺瓊勾玉が盗まれてるか如何か、でしょ?」
「ご明察。そうと決まったら急ごう」
意を決して、隠れていた場所から出た。やれやれ、定期的に隠密行動をしなきゃいけなくて疲れる。
「桜華、そこの陰に一人いるよ」
「うん、見えた」
祠へ向かう進路上に防人が居る。彼は生存者を探していて、周りをきょろきょろしながら歩いている。厄介だ。せめて夜なら、どれほど楽だっただろうね。離れてくれないかなと祈っていると、最悪なことにもう一人現れた。
「おい、生存者は居たか?」
「いいや、今のところ見つかってない。そっちはどうだ?」
「こっちも同じさ。この感じじゃ、下山した人以外、全滅かもな」
「酷ぇことしやがる。どこのどいつだ、まったく」
じゃあ、さっきのおじいさんは唯一の生存者だったかもしれない。もう過去形だけど。
「ああ、そうそう。向こうに崩れた建物があるんだ。瓦礫の下を調べたいから手伝ってくれんか?」
「あい分かった」
邪魔な防人が二人とも離れていった。身を隠しながら、少しずつ祠に近づく。もうすぐだ。もう数分もかからないってところで——
「君たち!」
防人の男に見つかってしまった。こっちに駆け寄ってくる。もう、いつもいつも、いいところで邪魔しないでくれるかな。
「お嬢さんたち、無事か? 怪我は無い?」
「うん。私らは大丈夫」
「そうか、よかった。二人とも村人には見えないが、ここで何をしているんだい? 何があったのか見た?」
質問攻めにしてくる。まあ、状況が状況だし当たり前だけど。正直に答えるわけにはいかないから、咄嗟に言い訳を考えた。
「高いところで日食を見ようと思って、二人で丘を登ったの。見終わって、少し休ませてもらおうと村に寄ったらこんなことに……。事件の瞬間は見てないよ」
「それは、災難だったね」
良かった、何とかでっち上げられた。まあ、ほぼ出雲さんから聞いた話の盗作なんだけどね。
「ところで、立派な刀を持っているね」
「これは威嚇と護身用。美少女はいつ何時、誰に絡まれるか分からないんだから」
「……」
おい、何とか言えよ。
彼は黙ったまま私らを見て、何か考えている。ここで下手人だと疑われるのは避けたいところだけど、はてさて、どうなるかな。
「桜色のお嬢さん、刀を見せてくれないかい?」
「いいよ。はい」
鞘ごと抜いて彼に渡した。ちょっと無警戒過ぎたかな? 彼は小さく「ありがとう」と言い、刃や鎬地を注意深く見ている。なるほどね。村がほぼ全滅するほどの殺しをすれば、凶器には何らかの痕跡が残ると考えたのだろう。
「よし、ありがとう。疑ってごめんね」
疑ってたのかよ。
刀が帰って来た。これで晴れて無罪放免ってわけね。よかった、余計な嘘でかき回さないで。
「えっと、どうする? 下手人がまだうろついているかもしれないから、必要なら防人が保護するけど」
「ううん、要らない」
「そうかい。じゃあ、気を付けるんだよ」
安易に解放され、また彼の目を盗んで隠れた。何とかして祠を目指そう。ただし、もう見つかれない。今のは一度きりの手段だ。




