【五】山道での再会
◇◇桜華◇◇
しばらく拝殿の中で震えていた。外はすっかり明るくなっていて、太陽も元通りだ。ほんの数分だったような、一晩に匹敵するほど長かったような……。いったい何だったんだろう。不吉の予兆とかじゃなきゃいいけど。
「行こう、小町」
「うん」
船を漕いでいた彼女を起こし、拝殿から出た。ちょうどそこへ、因幡神社の巫女さんらしき若い女性が現れた。巫女服に兎の模様が入っていてかわいい。やべ、怒られるかな。
「あら、どうされました? 拝殿に何か御用が?」
「え、えっと……」
返答に困ったけど、ここは変に誤魔化さず正直に答えよう。本当に、悪い事をしに入ったわけじゃないし。
「さっき、太陽が消えて暗くなりましたよね? もうわけ分かんなくて、怖くなっちゃって、拝殿に……ごめんなさい」
二人で巫女さんに謝罪し、頭を下げた。すると彼女は口元に手を持っていき、「ふふふ」と優しく笑った。
「そうでしたか。ああ、そう謝らないでください。拝殿はなにも、立入厳禁ではございませんから。それに、あれをご存知なければ、怖いのも当然です」
首を傾げると、巫女さんの口から、さっきの奇妙な出来事に関する説明が飛び出した。
「あれは、皆既日食という天の現象ですよ。恐れることはありません」
「かい、き……?」
見たことも聞いたことも無い言葉。小町も呆けた顔をしている。まあ、知っている人が怖くないというのだから、怖いものじゃないんだろうけど。
「私たちが見ている太陽や月は、日に日に位置がずれているのです。そのずれにより、太陽と月の位置がぴたりと重なると、先ほどのようになるわけです」
なるほどね、完全に理解した……たぶん。とにかく、この後何かが起こるとかではなさそうで良かった。っていうか、原因まで解明されている現象を知らずに怯えて泣きそうになってたんだ、私。なんか恥ずかしくなってきたよ。
巫女さんにお礼を言い、因幡神社を後にした。真の目的地に向かって歩く。危うく、丘の上にある村を目指していたことを忘れるところだった。皆既なんとか、なんでよりによって今日なのよ、腹立つ。
「ねえ小町。丘って、これだよね?」
「うん。登って少し北上すれば、村があるはずだよ」
「……山の間違いじゃなくて?」
「山も丘もいっしょでしょ。山岳って言うし」
あんたはなんでそんなに冷静なわけ? 一応、人が通れるように道が作ってある。均されていたり、ところどころ階段になってたり。ご丁寧に縄の柵まであるけど、登るとなると、死ぬほど大変そうなことに違いはない。
「ええ……おぶってよ小町」
「無理。あんたみたいな食いしん坊、背負えるかっての」
「は?」
失礼過ぎる。この美少女に向かって、遠回しに重いって言いやがった。……なんて憤慨しているうちに、小町はぐんぐん登っていく。十歩くらい間が空いてしまい、私も急いで追いかけた。
もう何分登り続けたか分からない。そろそろ半分過ぎていてくれると助かるんだけど。そう思っていた時の事。
「あれ、前から人が来るよ」
はあはあと息を乱しながら言った。登山客か何かかな。「ん?」と先を見た小町も、その存在を認めたようだ。二人して今まで気づかなかったのは斜面のせいか、疲れきって足元しか見られなくなっていたせいか。
「あれ、お嬢ちゃんじゃないか?」
「へ?」
すれ違いざま、聞いた事のある殿方の声でそう言われた。急に呼ぶから変な声が出ちゃったじゃん。それより、こんなところに知り合いなんて居たかな。そう思って彼の顔をよおく見た。
「えっ、出雲さん?」
「こんなところで君たちに会うなんて、びっくりだよ」
薬袋の時みたいに、不思議そうな顔をする小町。まあ、彼女は彼と暗闇で少し会っただけだもんね。覚えていなくても無理は無い。
「ほら、辻斬りの時助けてくれた人。あと、あのなんとかって外国のお菓子食べたでしょ? あれをくれた人だよ」
「ああ、あの時の」
説明すると、小町はすぐに彼を思い出したようだ。顔は見づらくても、強烈な初対面だったからね。
「加須底羅の人だよ。美味しかっただろ?」
「そう、それ。甘くてめっちゃ美味しかったです」
お菓子の感想を伝えると、彼は満足そうに笑った。ところで、何よりも気になることがある。出雲さんには、山登りの趣味でもあるのだろうか。
「出雲さんは、この丘で何を? お仕事?」
「いや、今日は遊びに来たんだ。君たちも見たかい? さっきの皆既月食。見事だったね」
言えない。怖くて神社に逃げ込んで半泣きだったなんて、到底公表できない。適当に「うん、すごかった」とだけ返した。
「ちょっと待って。出雲さんは、事前にあれが起きるって知ってたんですか?」
「ああ、知ってたよ。外国は高祠とは比にならない程、空に関する学問が栄えていてね。あれを予測することが出来るんだって、外国の商人に聞いたんだ。だから、なるべく高い場所で見たいと思って、事前に登ってたってわけ」
へえ。私には想像もつかない次元の話だ。自慢じゃないけど、お父さんが教えてくれていた簡単な計算でさえ怪しいし。まともに出来るのは、お金の計算くらいだ。
「そう言うお嬢ちゃんたちは、どうしてここに?」
「私たちは、えっと……そう、逢引き」
確か、前にも出雲さんにこの言い訳を使ったっけ。今度は小町の目の前だ。あとで何て叱られるかな。
「あ、ああ、そうか。上手く続いてるみたいだね、応援してるよ。じゃあ、邪魔しちゃ悪いしこの辺で。気を付けてね、暗くなる前に下りた方がいいよ」
「はあい」
手を振って彼と別れ、また山登りを再開する。
「急いだほうがいいかもね」
小町が言う。確かにその通りだ。今の世間話と日食とやらで、到着時間が大幅に遅れているはず。最悪、村に泊めてもらえば野宿は回避できそうだけど。
「ところで桜華」
「ん?」
「なんちゅう言い訳使ってんの?」
「え? 逢引きのこと?」
しょうがないじゃん、他に思いつかなかったんだから。あの場でこそこそ相談してたら怪しいし。数歩先を歩く小町の顔は見えない。彼女はただ、前に向かって歩きながら文句を言ってきた。
「あんたね……い、意味分かって言ってんの?」
「うん、もちろん。よっこいしょ……!」
どんな背丈の人が登る事を想定したんだよ、と苦情を言いたくなるほど高い一段を上がった。やだ、着物直さないと。
「私と逢引きはご不満? 私は嬉しいけど」
「し、知らない! 無駄に消耗するからもう喋んないで!」
じゃあいったい、何の文句だったのよ。小町は未だにこっちを見ない。はは~ん。さては小町、前世は猫だな?




