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【四】顕現した地獄

◇◇◇


 走って転んで黄泉へと参る。それが、今この村で起きている事態を表すのに適当な文句である。災いともとれる太陽の侵蝕に加え、闖入者によってその場に地獄が作られていたのだ。猫背の男は老爺の胸から剣を抜き、血刀を見て不敵に嗤った。彼の素顔を隠す火男(ひょっとこ)の仮面は、村人の目には根の国の王と映る。


「ほうれ、逃げろ逃げろ。ケケ」


 人が死に家は燃え、黒い外套の集団が我が物顔で闊歩する。神事のために集まっていた二百人にも満たない全村人は、すでにその大半が息絶えた。数人は逃げ(おお)せたようだが、それだけでは村の復興は望めない。即ち、滅びたも同然である。


「おい(はつか)。遊んでばかりいないで、さっさと祠に案内しろ。何人かが逃げた。防人が来るのも時間の問題だぞ」

「へい。申し訳ございやせん、面白くてつい。え~っと、地図によると……そこを右でサァ」


 火男は、隣を歩く髑髏(どくろ)仮面の男に道を示した。彼らが村人を概ね殲滅してまで欲した、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)はその先にある。ふと、髑髏たちの進路に一人の男が割って入った。老人が多い村において、珍しい青年である。傷を負っている様子は無いが、頬が血で濡れている。何人かの黒を(たお)したのだ。


「貴様ら、何者だ? なぜこのような人道に悖る事を?」


 若者は外套たちに対して問う。右手で左腰に携えた刀の柄を握っており、既に鯉口を切ってある。髑髏は何も答えずに顎を使い、火男に指示出しを行う。またも「ケケケ」と嗤いながら、猫背が一歩前へ出る。彼の腕より数割長い右袖から、闇に白刃が浮いた。


()()()()()()()()()()()()ッッ!」


 それに合わせて、村の剣士も刀を抜く。発止発止と打ち合う。その様子を見ていた髑髏が数歩前に出た。何も、二人の決着を待ってやることはないと考えた為である。しかし、剣士はそれを「待て」と威勢よく扼した。


「ここに留まれ。この者の後で、貴様の相手もする!」

「ほう。お前、そいつに勝てるってのか?」

「ケケケ。()()な村の()()()()、大きく出タナ」


 剣士は何も言わず、火男に向かって垂直に斬りかかる。虚しくも躱され、逆に剣士に切っ先が迫った。


「遅い!」


 突きを弾いた剣士は、さらなる火男の追撃を認める。白刃の動きより数刹那早く動き、見事、火男の懐に入り込んだ。剣士は刀を振る時間さえも惜しみ、左拳による打撃を試みる。利き手と逆の殴打は不格好であったが、確実に火男の胸部を捉えた。


「おお。()()()()()()()()()()()()()ッッ!」


 韻を踏みながら火男は全速力の水平切りを放った。その動きを読みきれなかった剣士は、胸に横一文字の傷を負う。さほど深くはない。攻撃をしながら、火男は若干後方にのけぞったからだ。直前の打撃が効いたのである。


「そ、それほどの腕前。正しい事に用いればよかったものを」

「ケケケ、くだらナイ!」


 水平、斜交い、垂直、そして水平。次々と打ち込む火男。剣士はそのすべてを防ぐことはかなわず、二撃に一撃は受けてしまう。


()()()()! 亡者ら()()()ッ」


火男は己の勝利を確信し、走りこんで最後の一撃を放つ。これに当たれば剣士は黄泉送り。だが彼は、万事休すかと目を閉じることはしなかった。


「追うのは貴様だ。死した後、川の対岸で全員に詫びろ!」


 火男が図に乗って大きな隙を晒す。その瞬間を待っていたのだと言わんばかりに、「いやあっ」と裂帛の気合を込めて剣を水平に構える。途端に、剣士の身体は淡い光に包まれた。


「おお、これハッ!」


 事情が変わったと悟り、火男は足で制動を掛ける。しかし急には止まれず、彼の身体は慣性に従順であった。


「食らえ!」


 その直後、剣士は既に刀を振りきっていた。火男に、目にも留まらぬ神速の一太刀を浴びせたのである。だが勝ってはいなかった。火男も火男で、斬り合い、ないし殺しに慣れた男である。間一髪で身を翻し、僅かに仮面を裂かれたのみである。


「これは()()、試合の()()ッッ」


 それが最高の一撃だった剣士は、ついに絶望した。己の全力が、この戦闘狂を悦ばすだけのものであったと知ったのだ。


「ケケケ。こ()()()()()()も見せてやロウ!」


 剣士は目を見開いた。対峙した火男もまた、自身と同じように光を放ったからである。


「ほうれほうれ、追えるカナ?」


 言いながら、火男は直線、交錯線(じぐざぐ)、曲線といった具合に、剣士の周りを無作為に動き回る。その様子はさながら(ねずみ)のようであった。


「な、なんと厄介な!」


 剣士は刀を構え直し、己の周りを回るそれを目で追う。しかし、どう足掻いても彼には捉えることができなかった。やがて目が回ってしまい、本来出せる力も出せなくなる。


「ケッ、もう終わリカ」


 火男は面白くなさそうにつぶやいた。直後、剣士の背後に移動した彼は背中から刃を突き刺した。


「お、おの、れ——」


 ごふっと血を吐き、剣士の身体から力が抜ける。握っていた刀は地面に落ちた。絶命を確認した火男は、そのまま縦に切り裂くようにして刀を抜き、血を払って納める。剣士の身体は、先刻まで活発に動いていたとは思えない程、無抵抗に地面へ向かった。


「お待たせしやした。祠へ向かいましョウ」

「ふん。(ごみ)相手にてこずりやがって」

「も、申し訳ございやセン。ああ、ここを左でサァ」


 地図の通りに曲がると、通路の先に村で最も絢爛な建物があった。目的の祠である。門や柵、壁や屋根に至るまで、何もかもが美しく輝く。今が()()()でなく太陽が万全であれば、どれほど美しかったであろうか。だが髑髏たちは、そんなものには目もくれない。


「あそこだな」

「ええ、そのようでサァ」


 厳かな雰囲気のその場所に、何一つ気を配ることなく、ずかずかと上がって土汚れをつける。祠の観音扉は開いている。宝を祀る神事の最中であったからだ。


「ケケケ。祭壇で輝いてまスゼ」


 一厘の誤差もなく並べられた椅子を、髑髏たちは邪魔だと蹴散らしながら進む。やがて祭壇の目前までやって来た髑髏は、そこに御座(おわ)す宝を手に取った。


「これが例の玉っころ——八尺瓊勾玉か。ふん、こいつはいい」


 それを手に持ったまま、彼は後ろの黒たちに命ずる。


「目的は果たした。ずらかるぞ」

「お前たち、昨日の指示通りに解散シロ!」


 黒たちは外套を脱ぎ、一般人に成りすます。そのまま各自あらゆる方向から村を出て、下山しに向かう。やがて火男も村を去った。髑髏はただ一人、その場で勾玉を眺め続ける。その頃には天の異常も終わり、大地が再び完全な日輪と相見(あいまみ)えようとしていた。

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