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【三】蝕まれる日輪

 鴨脚の鍛冶屋に戻ってきた。今度は偶然の出会いとはいかないらしい。門を潜って様子を見てみる。


「あ、いるいる」


 広い庭の奥、軒先がある開放的な部屋で鴨脚が誰かと話している。その誰かが鴨脚に刀と巾着袋を渡した。ああ、お仕事中ですか。袋を受け取った彼は、その中身を見て頷いた。お客の殿方が筆で何かを書く。やがて二人は立ち上がり、どこかへ。しばらく待っていると、鍛冶屋の玄関口から現れた。鴨脚と目が合う。


「じゃあ、私の刀をよろしく頼みますよ」

「ええ、お任せください」


 彼らはお互いに頭を下げる。お客さんが私たちの横を通って町へ出て行った。ふうん。鴨脚はあれ以降、鍛冶屋としての信頼も得始めてるみたいだね。あとは、お父さんが復帰できれば完璧だ。


「やっと戻ったか。随分かかったな」

「お待たせ。はい、なんとかなんとかっていう火傷用の軟膏薬」

神仙太乙膏(しんせんたいつこう)、ね」


 うん、よく覚えられたね。


「おう、助かる」


 お礼を言った後、彼は懐から巾着を出す。薬の代金を伝え、しっかりと精算してもらった。受け取り、お金に穴が開くんじゃないかというほど睨んで数える。いや別に、信用してないわけじゃないんだけどさ。


「それより鴨脚、朗報だよ。港町の宝石商から、八尺瓊勾玉の手がかりを聞いたの。今から、小町と二人で行ってくる」

「おお、そいつはいい。何処なんだ?」

「東の丘の上だって。村があるらしいんだけど、そこで祀られているのが、例の勾玉かもしれない」


 場所を教えると、鴨脚は「遠いな」と呟いた。問題はそれだ。結構な距離があるし、最後は丘を登らなきゃいけない。かと言って、歩く以外の方法は……。


「ほら、これやるよ」


 悩んでいると、鴨脚はそう言って小町に何かを渡した。よく見るまでもなく、お金だ。「え?」と困惑する私らに鴨脚は続ける。


「そいつは鬼退治の礼だ。すぐそこから東の方に向かう猪牙舟(ちょきぶね)が出てる。それだけありゃ、歩くより早くいいところまで行けるはずだぜ」


 鴨脚はそう、当たり前みたいな顔で言う。それに対して、小町は毅然とした顔で断った。


「あれはあたしらが勝手にやった事。あんたに依頼された仕事じゃないんだから、お金は受け取れないよ」


 私も「うんうん」と頷く。すると彼は、呆れたように溜息を吐いた。


「はあ、お前ら何でそんなに律儀なんだよ。じゃあこうしよう。手を離せなかった俺の代わりに買い物に行ってくれて助かった。そいつは依頼の報酬と手間賃だ、受け取ってくれ。それと、これで借りも打ち消しだな」


 小町と顔を見合った。そこまで言われちゃ、ありがたく頂戴するほかないじゃん。お菓子屋で働いてお小遣いをもらう。布団屋を手伝って無償で布団を作ってもらう。それと同じだ。迷子を助けて花火を貰ったこともあったったけ。


「あんがと。じゃあ、あんたの言った通り猪牙舟を使わせてもらうね」

「おう。転覆しないことを祈ってるぜ」


 人がせっかく感謝してたのに、なんで余計なこと言うかな。ちょっとだけ、舟に乗るのが恐ろしくなってきちゃったじゃん。


 鴨脚に貰ったお金の半分ちょっとで行けるところまで行った。ここは高祠之国の南東部だ。いや、違うよ。半額節約してちょろまかそうってんじゃなくて、帰りの分を残しただけだから。


「ありがとうございやした~」


 代金を受け取った船頭さんが大きな声で言う。舟から降りた頃、太陽は既に南に在った。もうお昼だ。東部の丘までは、少し歩く必要がある。廃屋から鍛冶屋の距離と同じくらいだろうと思う。足は大丈夫。船に乗ったおかげで、結構休憩できたからね。


「いやいや小町。小豆の食感が分かるからこそ、餡子の真の美味しさを理解できるんじゃん」

「はあ? 別に味は同じでしょ? だったら、歯に挟まる余計なもんが入ってないこしあんの方が良いに決まってんじゃん」


 歩きながら、つぶあん派の私が小町を論破しようとしていた時のこと。不意に、空が暗くなり始めたように感じた。驟雨(しゅうう)でもあるのかと見上げても、蒼穹に怪しい黒は無い。


「小町、あれ何……?」


 雲の代わりに、私は空にもっと恐ろしいものを見た。指さした方向を小町の視線が追う。やがて彼女も見たのだろうか、体を震わせて私と同じ疑問を鸚鵡(おうむ)みたいに繰り返した。私らの視線の先で起きていたことは、言うなれば黄泉の降臨であった。


「太陽が、削れてる……いや、喰われてる?」


 見た物を一言で表すと、そうなる。普段私たちを照らしているまん丸お天道(てんとう)様が、何者かに蝕まれていたのだ。よおく見てみると、浸食は時間と共にゆっくり進行しているのが分かる。同時に、暗く感じるのはそのせいだってことも理解した。


「桜華、とりあえず何処かに隠れよう?」

「そ、そうだね……」


 いつもなら「なに、小町。怖いの?」とか言って揶揄うところだけど、今回はそれどころじゃない。意味が分からな過ぎて、私も怖いからだ。彼女と共に走っていると、道端に看板があった。


「この先、因幡(いなば)神社だって」


 一足早く看板を見に行った小町が言う。神社でもなんでもいい。とにかく、この恐ろしい現象が済むまで、何処かで匿ってもらいたい。


「その因幡神社ってところを目指そう。私らみたく、逃げてくる人がいるかも」

「だね」


 看板に従って更に走ると、大きな鳥居が見えてきた。残った体力を振り絞り、慌てて神社の敷地に入る。因幡というだけあって、狛犬の代わりに兎の石像がある。拝殿の装飾も、よく見ると、ところどころに兎が居る。かわいいんだけど、のんびりと鑑賞している暇は無い。その頃にはもう、太陽は半分も削れていた。


「小町、拝殿にお邪魔しようよ」


 そう提案し、否応なしに彼女の手を引いて中へ。本当は勝手に拝殿に入るなんて駄目なんだけど、今は緊急事態だから仕方ないよね。そう自分に言い聞かせて、免罪の糧にする。


「桜華やばいよ、どんどん暗くなってる」

「うん。見て、小町。太陽がもう二割も残ってない」


 窓から見える景色は、私を心底不安にさせる。もはや彼誰時(かわたれどき)と言っても過言じゃないほど暗い。おかしい。いくら寒い時期だからって、まだ陽が沈むには早いはず。そもそも、太陽自体はまだ南の方にあるのに。やがて、太陽は十割全て飲み込まれた。拝殿の中は何にも照らされておらず真っ暗で、昼なのに夜だった。


「ねえ、小町。離れないでよ……?」

「わ、分かってるよ」


 初めて訪れた神社の拝殿で、私と小町は恐怖のあまり身を寄せ合う。しっかりと彼女の手を握り、決して離さぬよう力を込めた。小町の身体は震えている。きっと、私もそう。ただただ恐怖だった。太陽は戻って来てくれるのかな? 元みたいに、私たちを照らしてくれるのかな? 何が起きてるか分からないからというより、喪失が怖かった。


 まるで、大切な家族を亡くしたみたいだ……。


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