【二】港町の宝石商
◇◇桜華◇◇
廃屋の外へ出ると雄鶏が鳴く清々しい朝だった。鬼退治をした日から一週間が経過している。今日は小町と共に、また鍛造の町へと足を運んだ。真新しかった人相書は外されており、町行く人の顔には安心感が見られる。廃屋から小一時間、やっとこさ鴨脚の鍛冶屋へ到着した。今日は、約束した情報交換の日だ。
「お、ちょうど出てきた」
門の前に立つと、庭を通って歩いてくる鴨脚の姿が見えた。彼の腰には刀が一本ある。新作かな?
「よっ」
「久しぶり。それ、新しく打ったの?」
刀を指さして聞くと、頼んでもないのに帯から抜いて見せてくれた。彼の作品にしては珍しく、高祠之国の伝統に則った刀だ。反りがあって、硬いけどしなやか。片刃で、綺麗な小乱れの刃文をしている。
「名前はあるの?」
「破魔刀月斬丸だ」
「えっと……美味しいものと美味しいものを、一緒に食べても美味しいとは限らない。それを教えてくれるいい名前だと思う」
草餅に葛餡をかける、みたいな。やったことないから分かんないけどね。
「どういう意味だ?」
「ううん、なんでもない」
鍛冶屋としての腕はだいぶ上がったみたいだけど、名付け親としての能力はあと数百年の修行が必要そうだ。まあ、それはともかく、さっさと情報共有をしよう。なにも、わざわざ一時間歩いて揶揄いに来たんじゃないからね。
「それより、何か情報は得られた? 私たちの方は全然だめ」
スサノオ、天叢雲剣、八尺瓊勾玉、八咫鏡。どれについても、鬼から聞いた以上の情報は得られなかった。誰もかれも、聞いた事すらないって感じ。
「俺も有益な情報は手に入らなかったな。刀を注文してくるような連中なら、宝剣の事は知ってるかと期待したんだが」
やっぱり、そう簡単には見つからないか。辻斬りや鬼みたいな、悪側の人間でも曖昧みたいだし……。
「悪いな。あんなこと言ったけど、結局は役に立てなかった」
「いいよ、別に。……って鴨脚」
彼が後頭部を掻いた時、腕に包帯を巻いてあるのが袖から見えた。怪我でもしたのかな。聞いてみると、彼は「ああ、こいつか」と笑う。
「今朝、作業場で火傷しちまったんだ。しばらく冷やしてたんだが、まだ袖が当たると痛くてな。こうやって誤魔化してる。面倒なことに薬はきれてるし、買いに行こうにも、鍛冶屋の手伝いがあってそれどころじゃねえ。どうしたもんかな」
ちらちらと、私や小町の顔を見てくる。ああ、はいはい。買って来いって事ね。別に急ぎの用事は無いからいいけどさ。それに、薬の用事なら、久しぶりにあの子とも顔を合わせられる。
「買ってきてあげてもいいけど、それ相応の頼み方ってものがあるよね?」
「薬代を精算したうえ、お前の刀を無償で研いでやってもいい。それに、俺に新しい貸しをつくる絶好の機会でもある」
「何してんの、薬屋行くよ小町」
なんか負けた気がして悔しい。呆れたように溜息を吐く小町を連れて、鍛造の町から港町へと向かった。
数週間ぶりの港町。ここはやっぱり、知る限りどこよりも人が多くて活気がある。荷台を運ぶ人、店への呼び込み、それらと潮風が不思議にも一体となり、町の雰囲気を生み出している。記憶をたどりながら進み、薬屋へ。
「いらっしゃいませ……って、あれ、桜華ちゃん!」
「やっほ、薬袋」
「来てくれたんだ、嬉しい!」
相も変わらず、この子は元気いっぱい溌剌少女だ。声は明るく、目も輝いている。既に苦しみを超え、立ち直ったと見える。再会を喜んでいると、小町が忍び声で「知り合い?」と聞いてきた。ああ、そっか。小町と薬袋は初対面だったね。彼女の耳元に寄り、「前に話した、お父さんが辻斬りに遭った子」と説明。小町は「ああ」と納得した様子で、一歩前に出た。
「薬袋ちゃん。あたしは小町、桜華の姉だよ。妹が世話になってるみたいだね」
「ちょっ、この大噓つき」
「わあ! 桜華ちゃん、お姉さんが居たんだ。薬袋です。よろしくね、小町さん!」
「いや違うよ、信じないで。私ら同い年だから」
薬袋は純粋なんだから、質の悪い嘘はやめてよね。孤児が付けば姉妹で間違いないんだけどさ。て言うか、どっちかと言えば私の方がお姉さんぽいっし。
「それはそうと、薬袋。火傷に効く薬は置いてる?」
「うん、いくつかあるよ。桜華ちゃん、今度は火傷しちゃったの?」
「ううん、私じゃないの。知り合いの鍛冶屋がやっちゃってね」
説明してやると、薬袋は胸を撫で下ろした。私って、そんなに心配される質なのかな。彼女は勘定場から出て店内を歩き、とある陳列棚へと向かった。
「えっと、火傷だよね。う~ん」
何やら少し考えた後、薬袋は小瓶を渡してきた。前に貰った紫雲膏ってやつとは若干違うみたいだ。
「神仙太乙膏っていうの。人によって意見は違うと思うけど、私は火傷ならこれがいいと思うよ」
「へえ、薬も色々あるんだ。あんがとね、薬袋」
お礼を言いながら巾着袋を取り出し、「おいくら?」と問う。すると薬袋は両手を広げてこちらに向け、別れ際よろしく左右に振り始めた。
「お代はいいよ。桜華ちゃんへのお礼も兼ねて、私からの贈り物ってことで」
「だ、だめだめ! 大事な商品なんだから、ただでなんて受け取れないよ」
当然貰えるわけがない。彼女はお礼だと言うけど、それならもう貰っている。そのおかげで左腕の傷が綺麗に完治したんだから。ふと小町を見ると、彼女はなぜか口角を上げていた。まさか、私がお菓子屋から追い出されたことをまだ笑うつもりじゃないだろうね。いや確かに「どの口が」案件ではあるけどさ。
「それに、これはおつかいなの。私らは立て替えるだけだから心配しないで」
そう説明すると、薬袋は「そっか」と微笑んで引き下がった。やれやれ、油断も隙もありゃしない。言われた代金をしっかり支払い、買い物は完了した。さてと、鍛冶屋に戻ろうかな。そう思ったのと同時に、ふと思い立った。念のため、薬袋にもあれを聞いてみようってね。
「そうだ、薬袋。八尺瓊勾玉って聞いたことない?」
「や、やさ、かに? 何それ、外国の蟹? 美味しいの?」
「いや、蟹じゃなくて」
この子も案外、食い意地が張ってるのかな。
「勾玉ね。まあ、宝石みたいなもんだと思うんだけど」
「宝石か……。私、装飾品には疎いんだよね」
確かに、薬袋が宝石やら何やらをじゃらじゃらと身に着けている姿は全く想像できない。
「あっでも、宝石に詳しい人なら知ってるよ」
おや、思わぬ収穫の気配。
「ほんと? どこのなんて人?」
「ここからもう少し——歩いて五分くらいかな——海の方に行くと、装飾品のお店があるの。そこの店主さん、確か宝石商をやってる櫛さんっていったと思う。女の人だよ」
そっか。確かに宝石商なら八尺瓊勾玉について何か知っているかもしれない。完全に盲点だった。
「情報助かったよ薬袋。早速行ってみるね」
「うん。二人の役に立てて良かった!」
じゃあね、と別れを告げ薬屋を出た。確か海の方に五分くらいだったよね。人通りの多い中、人にぶつからないよう気を付けながら宝石店を探して歩いた。
「桜華、あそこじゃない?」
しばらくすると、小町がそれらしい店を見つけ、指さした。確かに宝石店の看板が出ている。近付いてみたが、衝立があって店の中は見えない。閉店中ってわけじゃないだろうけど……。だいいち、入り口は開いている。
「ご、ごめんくださ~い」
恐る恐る足を踏み入れた。迷路ほど複雑でもない通路を通り、店の奥へと進む。進行方向に鈍い光が見えるだけで、一向に明るくならない。怪しい——いや、妖しい雰囲気が漂っている。ちょっと小町、震えながら着物を引っ張らないでよ。やがて狭い道を抜けると、広い部屋に出た。比較的明るく、綺麗な装飾品が無数に陳列されているのが見える。
「いらっしゃい。あら、かわいいお客さんだこと」
うわ、めっちゃ妖艶なお姉さんだ。赤くて長い髪の毛を、売り物と同等以上に美しい簪で飾っている。前髪も長く、左目はそれに隠れていて見えない。着物は黒で、要所要所に紅い華や同じく紅い稲妻模様があった。そこまではいいんだけど、着物の前が大きく開いていてとんでもない。襟が首より肘に近いって何なの? 私の背後から歯ぎしりの音が聞こえた。
「宝石の御用命かしら?」
私らに聞きながら、彼女は高い椅子の上で脚を組んだ。長く綺麗で艶やかな素足が露になる。上といい下といい、そういう趣味をお持ちの方?
「えっと……櫛さん、ですか?」
「ええ、櫛よ」
人違いではなさそうだ。正直言うと、人違いであって欲しかったんだけどね。この人の前に居ると、なんだか押し潰されそうな感覚になる。飲み込まれそう、と言った方が正確かもしれない。
「私、櫛さんにお聞きしたいことがあって来たんです。ご、ごめんなさい、冷やかしのつもりは」
「ふふふ、そう畏まらないで。なんでも聞いてちょうだい」
見た目や雰囲気に反して、案外優しい人という印象を受ける。最初はどうなる事かと思ったけど。
「八尺瓊勾玉ってご存知ですか?」
私を見ていた櫛さんの眉が、ほんの一瞬だけ上がった気がした。さすが宝石商、何か心当たりがありそうだ。
「へえ、あなたも八尺瓊勾玉が欲しいの?」
「いえ、欲しいというか……ただ、一目見てみたいんです。それで、何処にあるのかな~って探してて」
「……あらあら、意外と酔狂なのね。ええ、知っているわよ。私も見たことはないのだけれど」
そう言うと、櫛さんは椅子から立ち上がって店の奥へ。上半分が観音開きの扉になっている棚を開き、「え~っと」と呟きながら何かを探している。やがて一巻の巻物を手に取った。私には大量の巻物が乱雑に入っているようにしか見えなかったけど、様子を見るに、彼女なりに整頓してあるのかもしれない。
「これを見てちょうだい」
彼女は持ってきた巻物を机上に広げた。紙の上に、墨を塗った蚯蚓が這ったみたいな跡がある。それが文字だと理解するのに数秒を要した。櫛さんはその一部を指さし「ほら」と話し始める。
「一柱の神が大昔、日輪の再臨を願う神事の際、宝玉を榊にかけ御幣として捧げ持った。それを後に八尺瓊勾玉と名付け……って書いてあるでしょ?」
書いてあるでしょと聞かれても、私には暗号にしか見えないんですよね。ふむふむと頷いて、理解しているふりをした。
「それからこっち。太陽が高祠を照らす時、初めに光を賜る地に八尺瓊勾玉は御座す。宝玉を崇めし人々は年に一度、祭りと神楽を行いこれを忘却の彼方へ追いやるまいとする……ですってよ」
なるほどね。今度は少しだけ理解できた気がする。要は、高祠之国で最初に陽の光が当たる位置に八尺瓊勾玉があるってことか。それはつまり、
「東の方にあるってことですか?」
「そう考えるのが妥当ね。それにほら、東には丘があって、登ると古い村があるでしょ?」
その村で、八尺瓊勾玉を祀る催しが毎年行われてるかも……ってわけか。ただの噂話じゃなくて、目の前に古文献がある。その信憑性は計り知れない。今までに見聞きしたどの情報よりも、信じるに値すると思う。
「勾玉を見たいなら、この神事に参加するしかないわね。普段は祠か何かに隠れているでしょうし」
「そのお祭りがいつ頃やってるのかは……」
「確か、今日あたりじゃなかったかしら」
「きょ、今日?」
やばいじゃん。この機を逃したら、正当な手段で勾玉を確認できるのは来年って事になる。せっかく色々分かって来たんだから、そんなにのんびりはしていられない。
「ごめんなさい、今日かもしれないし、明日かもしれない。昨日っていう可能性もあるわね。私も、祭りの日程までは曖昧なのよ。どちらにせよ、どうしても見たいなら、急いだほうがいいと思うわ」
同感。もし今日だったら一巻の終わりだ。間に合うか分からないけど、大急ぎで行くだけ行ってみよう。
「櫛さんは八尺瓊勾玉、欲しくないんですか?」
ふと気になって聞いてみた。それだけ情報を知っているなら、欲が出ても不思議じゃないよね。
「あら、いやだ。私は宝石商よ、収集家とは違うの。私はただ、目の前に現れた宝石を鑑定するだけよ」
彼女はそう言って微笑する。
「色々と教えてくれてありがとうございます。今度お金がたまったら、お店で何か買わせてもらいます!」
「ふふふ。お嬢ちゃんの手が届けばいいけれど」
言われて気付いた。ここの商品、絶対に高いよね。値段を見るまでもなく分かる。おっと、今は余計なことを考えている場合じゃない。神仙なんとか膏を鴨脚に届けて、その足で東の村へ向かおう。「じゃあまた」と簡単に挨拶をすると、彼女は笑顔で手を振ってくれた。それと同時に、どこからか取り出した煙管を吹かし始める。櫛さん、ほんといい人だったな。まあ、服装は見てるこっちが照れちゃうくらい、どえらいもんだけどさ……。




