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【一】産み落とされる悪夢

◇◇◇


 ゆらゆらと炎が踊る。数個の行灯(あんどん)によってのみ照らされた部屋で、女は机に肘をつき、古ぼけた巻物を恍惚と眺めていた。ふふふと妖艶に笑い、煙管を吹かす。さながら、幼子を捕らえた女妖怪といった様相である。事に依ったら、舌なめずりでもするのではないだろうか。


「まったく、隠れるのがお上手だこと。そんな所に居たのね」


 女が独り言を呟いた。その視線は巻物に記された文字、古の伝承へと向いている。上品で気品のある姿を演じる彼女だが、その実、内心では天鈿女命(あめのうずめ)が如く舞い踊っていた。ついに見つけた。二つ目の()()を、と。胡坐の組み方を変える。再び煙を吐き、襖の向こうの気配に注意を向けた。


「あら、戻ったのね。おかえりなさい」


 部屋に入ってきたのは、黒い外套に身を包んだ背の高い男である。髪と頭巾で顔はほとんど見えない。行灯が無ければ闇に紛れてしまいそうな、光とは対極の人物だ。だらしなく座る女の肢体には目もくれず、彼はただ問うた。


「女。探し物は……()()()()はどうなった」

「女って、酷い呼び方ね。私にだって名前があるのよ?」

「どうでもいい」


 男は腕を組んで柱に寄りかかり、女に鋭い視線を向けた。この世の全てを憎み、全てを見下しているかのような(まなじり)である。その冷淡さに慣れている彼女は「はあ」とため息を()いた後、報告を始める。


「朗報よ、聞いて驚かないでちょうだい。候補は一か所に絞れたわ。東の丘の上に村があるのは知っているわよね? 村の伝承の中に、なんとか岩戸伝説っていうお話があるの。あなたの言う()()()()は、その伝説を祀る祠に——」

「喧しい。結論だけ話せ」


 神器を発見するに至った経緯(いきさつ)には微塵ほども興味無いのだと、男は女の説明を遮った。女はまたしても溜息を吐き、内心で、彼が一向に話し相手になってくれないことを嘆いた。やがて不貞腐れたように口を開く。


「東部の丘の上にある村。()()()()はその祠の中よ」

「あい分かった。盗る計画を立てておけ」

「はいはい」


 女は気怠げに返事をし、煙を吐く。


「決行の日程も、私が勝手に決めちゃっていいのかしら?」

「ああ。……いや、近いうちに()()()があったな。その間にやる」

「了解よ」


 返事もせず、男は女の部屋を後にした。少し遅れて女は立ち上がり、乱れた着物を直す。見ていた巻物を丸めて手に持ち、行灯の火を消して部屋を出た。廊下を進んで、一際騒がしい部屋へ足を踏み入れる。そこでは何人もの黒ずくめが酒を飲んで騒いでおり、隠れ居酒屋と言われても納得しうる様子だ。


「静かになさい」


 鶴の一声であった。女が出したたった一言の指示により、部屋の中は霊園の如く静まりかえる。全員が彼女に向かって正座し、言葉を聞き逃さぬよう聞き耳を立てていた。とりわけ、装飾のある外套を身に纏った四人の黒は、その場の誰よりも機敏に動き、彼女の近くで跪く。


「次の獲物よ。場所は東部。丘の上にある村の祠を襲うわ。そこのあんた」


 女は無作為に黒の男を指さした。


「はっ」

「この後、村に行って下見をしてきなさい。詳しい事は、またあとで指示するわ」

「かしこまりました」


 命令を受けた黒は、喜びに打ち震えた。組織の二番手、誰もが憧れる(あね)さんから直々に任務を(たまわ)った為である。無論彼女に特別な意図は無かったが、彼はそれでも構わなかった。


「獲物の情報が正しいと判明したら、そうねえ……(はつか)、あんたの班とあの方で襲撃してちょうだい」


 (はつか)と呼ばれた装飾付きの男は、跪いた姿勢でも分かるほどの猫背だ。その曲がった背中を震わせ、彼は不気味に嗤う。


「この下男をご指名とは。さすが姐さん、分かっていらっしゃる……ケケ」

「決行は四日後。その日は()()()があるの。あの方はその間に襲撃することを望んでおられるわ。問題が起きないように、諸々準備しておいてちょうだい」

「へい、かしこまりやシタ」


 女は従順な手下を見て口角を上げ、「話は終わりよ」と告げる。先ほど指名した男にだけ手招きをし、共に廊下へ出た。部屋はまた騒々しくなる。


「君の任務は、村の構造を調べてくることよ。村のどこからどう侵入するべきか、どんな順路で祠へ行くべきか。それと、簡単でいいから地図を書いてくれると助かるわね」

「はい、必ずお役に立って御覧に入れましょう」


 手下の黒は溌剌と返事した。女は微笑み、彼の胸の中央付近を人差し指で(つつ)く。


「ふふ、元気な子は好きよ。それじゃあ、よろしく頼むわね。くれぐれも、おかしな気は起こさないように」


 黒は深々と頭を下げ、薄暗い廊下を駆けていく。彼を見送った女は「そろそろ職場に戻ろうかしら」と呟き、自身の右脇腹に手をやる。彼女は感触に違和感を覚えた。


「あら、どこかに置いて来ちゃったのかしら?」


 速足で、巻物を見ていた部屋へ。ほとんど何も見えない真っ暗な部屋を、記憶を頼りに進む。探し物はすぐに見つかった。机の上に置き忘れていたようである。


「置き去りにしてごめんなさいね」


 目的の物に向かって謝罪の言葉を呟き、女はそれ——()()を拾い上げる。帯の右脇腹付近に戻し、彼女は満足げに、今度こそ職場へと足を向けた。


 ——この日この場所で、新たな悪夢の生誕が計画されていたのである。

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