【十】焦りは転じて答えへと
翌朝、借りた部屋で鍛冶屋を去る準備を進めていると、鴨脚に呼ばれた。
「帰り際に悪いんだが、ちょっと時間貰えるか? 親父のところに来てほしいんだ」
小町と目配せし、「いいよ」と返答した。どうせ、泊めてくれたお礼を言いに行こうと思ってたし。
「助かる」
鴨脚の背中を追い、相変わらず迷路みたいな廊下を進む。部屋の前に着き、この前みたいに呼びかけると、入室許可がもらえた。
「どうした、鴨脚。おや、御客人も一緒か」
「親父、話したいことがあるんだ」
鴨脚はそう言いながら、改まった様子でお父さんの前に座った。何が始まるのか分からないけど、とりあえず私らもその横に連なる。
「桜華。その刀、ちょっと貸してくれないか?」
「え? いいけど……」
帯から抜いて渡すと、小さくお礼を言われた。それから彼は、私の刀をお父さんへ。
「なんだ?」
彼は不思議そうに首を傾げていたが、引き下がらない鴨脚を見て受け取る。
「親父、俺に課題を出したよな。素晴らしい刀とは何なのか。その答えを持ってこい……ってさ。その刀が、俺の答えだ」
「……なるほど」
説明を受けたお父さんは、鞘から抜いてまた見ようとした。それを鴨脚は扼す。
「見てくれはどうでも良いんだ。そいつは確かにかなり前の刀で、刃こぼれもある。だけど……だけどこの桜華ってやつはそれを使って鬼——」
興奮気味に話す鴨脚。今度は逆に、お父さんがそれを遮った。この親子の間で何があったかは知らないけど、表情からして、二人にとって大事な場面らしい。
「昨日の晩か。それなら俺も見た」
まさかの衝撃発言。見られてたんだ。いや、怪我人に「じゃあ手伝ってよ」なんて言うほど性根腐ってないけど。
「最後の一太刀だけだったがな」
「親父……」
「お前の中で、答えが出たみたいだな」
「ああ。最も素晴らしい刀ってのは……誰かを守るために振るう刀だ。強靭だとか、見た目がいいとか、切れ味がいいとか、そんなんじゃない。美しい魂——優れた品格でもって振るわれる刀が、この世で、最も素晴らしい」
鴨脚が言うと、お父さんの顔が柔らかくなった。涙をこらえているようにも見える。
「では聞こう、鴨脚。鍛冶屋は、何を想って刀を打てばいい?」
「……大切なもの。大切な人。自分自身が守りたい、守りたかったもの……か?」
あ……。傷が痛むだろうに、お父さんは身を乗り出して右手で鴨脚の頭をがしがし撫で始めた。親子そろって目が真赤だ。
「そこまでお前自身の品格を研けたのなら、合格だ。もう何も言う事は無い。あとは我武者羅に、お前自身の心に従って刀を打て!」
「あ、ありがとう……。ありがとう、親父!」
目の前で親子が抱き合った。そういえば、鴨脚は私より一つ年上らしい。年甲斐もなく、わんわん大泣きしてるけど……野暮なことは言葉にしないでおこうか。この号哭には、いろいろな感情が乗っていることだろうしね。
「おっと失礼、お嬢さん方。恥ずかしいところを見せたな」
鴨脚とお父さんは元のように座り直し、刀は私の左腰に返された。すると、お父さんの視線が今度は私と小町の方に向いた。
「二人には感謝しなければならんな」
「いえ、私たちは何も」
「あたしらは、あたしらの目的を果たしたまでです」
「はっはっは、そう謙遜することは無い。お陰様で、本当に高祠之国で一番の鍛冶屋が生まれるかもしれないからな」
あはは……。これは彼なりの洒落なのかな。どうすればいいの? 笑うべき?
「ちょっ、やめろよ親父! そんなんじゃねえよ!」
「鴨脚あんた、自己評価が昨日までと真逆じゃん。頭でも打った? 変なもん食べた?」
「だーっ! うるせえな桜華。用は済んだんだろ、とっとと帰れよ!」
「なによ、自分で呼び出したくせに」
帰れ帰れとうるさいから、私らは大人しく廃屋に帰ることにした。無論、泊めてくれたお礼をお父さんに言ってからね。
鍛冶屋の門まで来た頃には、鴨脚は静かになっていた。まじで別人みたいで逆に怖いんだけど。
「じゃあね。協力してくれてありがとう、鴨脚」
簡単に別れの挨拶をして数歩歩くと、彼に呼び止められた。
「なあ桜華、小町」
「なに?」
「お前たち、なんとかって盗賊を探してるんだったよな?」
「うん、そうだけど……」
肯定すると、鴨脚は数秒もの間、もじもじした。やがて決心したのか、口を開く。
「それ、俺にも手伝わせてくれないか? お前らには、いろいろと助けてもらった。だから、その礼がしたいんだ。大した事できないかもしれないけど、微力でも、俺に出来ることねえかな?」
彼の表情は、至って真面目だった。そこまで言ってくれるなら、拒絶する理由もない。小町も頷いている。じゃあ、頼んじゃおうかな。
「あんがと。じゃあ、盗賊集団スサノオと、鬼が言ってた三神器について、いろんな人に聞いてみてよ」
「おう、任せろ!」
「じゃあ、一週間後にまた来る。その時に情報共有ってことで」
手を振って鴨脚と別れた。存外、義理とかそういうのはしっかり通す奴なんだね。まあ助かるけど。調査の人手は多いに越したことは無いし。
鍛冶屋から三十分くらい歩いた。廃屋までは、まだ折り返し。「そろそろ疲れたなあ」なんて思っていた折柄、小町に小さな声で呼ばれた。
「桜華」
「なに?」
「えっと……その、あたしからも、礼を言わせて」
え、なになに? 小町まで別人みたいになっちゃった。ここまで来ると、私が変って可能性が出てくる。もしかして並行世界に生まれ変わった?
「あの時、あんた自身の危険も顧みずに助けてくれて……あと、辻斬りの時もそう。あたし、焦ってた。でも、今はもう大丈夫。自分の役割が分かったから。とにかく……あ、ありがとう、桜華」
見ると、小町は顔を真っ赤にしていた。きゃあ、何このかわいい生き物。
「別にいいよ。それに、小町だって私を助けてくれたでしょ? 小町が居なきゃ、今頃墓場だっての」
「……うん」
あ~あ、私と小町にあるまじき空気感。何か言って揶揄いたくなってきちゃった。
「ま、剣の方はもっと鍛錬が必要だけどね~」
「なっ……い、言い返せないのが腹立つ」
「ふふん。この美少女剣士様が教えてあげようか」
——自分だって鬼に負けそうだったくせに? はい、御尤も……。
見栄を張り、あいつと競った時みたいに、腕を組み無駄に胸を張って威張った。
「おい、それやめろ」
「え、なに?」
前もそうだったが、小町はこの姿勢に異常な拒絶反応を見せる。いったい何だろう、変なの。
「あたしだって、あたしだって、あたしだって……」
「あれ? なんか焦ってない?」
「あ、焦ってないが? 大人しくその時を待ってるが?」
……めっちゃ焦ってるじゃん。ま、何でもいいか。理解を諦め、今はとにかく廃屋へ向かう足を速めた。急ごう。どうやら、雲行きが怪しい。
【肆話 焦燥の裏返り ~完~】




