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【七】咲き誇る梅の花

 鴨脚との共同作戦が始まって数日。鬼は未だに姿を見せないけど、宣伝活動の効果は如実に現れている。


「お~い。鴨脚く~ん! 最強の刀ありますか~?」

「最高の鍛冶屋さんよぉ!」


 庭で鍛錬していると、門の方からそんな数人の声が聞こえた。どことなく腹立つ口調。こっそり覗いてみる。


「最強の刀は確かにある。だが、お前らみたいな酔っ払いに握らせてやる刀はねえよ、帰りな」


 鴨脚が門前払いしていたのは、言葉の通り酔っぱらっいと見える殿方二人。まだ昼過ぎなのに、千鳥足になるほどだ。拒絶された彼らは、もともと真赤だった顔を更に真赤にして怒った。


「なんじゃお前こら!」

「鍛冶屋の悪評広めてやっからな!」

「勝手にしろ。酔っ払いの言葉と親父の実績、世間はどっちを信じるかな」


 鴨脚、言い合い強くて笑う。もしかしたら、ああいう連中の対処には慣れっこなのかもしれない。口々に汚い言葉を吐きながら、酔っ払いたちは消えていった。


「やれやれ……。ん? 何だよ桜華、小町。見てたなら手伝えよ」


 ため息を吐き、鴨脚はそう文句を言いながら私らの方へ。


「別に手伝うことなかったでしょ。あんたが慣れっこ過ぎてさ」


 そう言うと、鴨脚は「まあな」と吐息混じりに答えた。続けて小町が問う。


「ああいう奴ら、よく来るの?」

「ああ。冷やかし連中は珍しいもんじゃない。だが、ここ数日はやたら多いな。しかも、最強の刀をだしに使う奴が増えてる」


 つまり、最強の刀という噂が確実に浸透してきているんだ。よかった、恥ずかしいのを我慢して宣伝した甲斐がある。


「ところで鴨脚。暇なんだけど、何かないの?」


 昼まで宣伝しに出かけ、帰って来てからはずっと鍛錬ばっかりだ。少しでも桜散火(さざんか)の糸口になれば良いなと思って、心を静かにする練習も始めてみた。あの時確かに、私の心は怖いくらい穏やかになったからだ。でも残念、飽きてきちゃったよね。


「はあ? 暇なら宣伝でもして来いよ」

「それ以外で」

「わがままな奴だな……」


 鴨脚が小声でつぶやいた。聞こえてるからね。


「お前たち、花を見るのは好きか?」

「花? まあ、好きだけど」


 隣で小町も頷いた。すると安心したように、鴨脚が続きを話した。


「だったら、すぐそこにある大黒(だいこく)神社ってところに行ってみるといい。そろそろ梅の花が見頃だったはずだぜ」

「へえ、鴨脚もそういう風流な事知ってるんだ」

「初対面からずっと思ってたけど、お前俺のこと見くびり過ぎじゃね?」


 あはは……ごめんって。


 半ば追い出される形で、私と小町は大黒神社とやらへやって来た。それまでは町の騒がしさが近くに感じられたが、鳥居をくぐった瞬間に、別世界に来たかのような静けさに包まれた。


「結構来てる人いるね。小町、はぐれないよう気を付けてよね」

「それはあたしの台詞ね」


 お互いを子ども扱いしつつ、参道を進んで拝殿へと向かう。見渡す限り、いたるところに白い鼠の石像が設置されている。白い鼠は福の神であると伝えられており……とかなんとか、掲示板に書いてあった。黒だの白だの、ややこしい。


 ——廃屋に帰ったらお金が山ほど置いてありますように


 願い事をして、庭園へとやって来た。美しく咲き誇る梅が数本在り、その周囲では参拝客が見上げて感嘆している。さらに奥へと進むと、いい香りが鼻に届いて来た。


「綺麗だね、梅の花って」


 感想を呟いたが、返事がない。隣に立つ小町は、うっとりした目で上を見ている。そんな優しい顔、初めて見たんだけど。


「小町?」

「ん? ああ、ごめん。なんか言った?」

「別に何も。ただ、綺麗だねって」

「うん……見惚れてた」

「え、私に?」

「今の文脈から何をどう解釈したらそうなるんだよ」


 そんなに怒らなくても。うわ、めっちゃ睨まれた。怖い声と顔をしていた小町は、すぐに視線を梅に戻して元通りになった。


「見てよ、周りの人たちを」


 小町に言われ、私らと同じ梅の見物客たちを見る。誰もかれもが、その綺麗さに感嘆していた。


「雄大な花を見てたら、俺の悩みなんかどうでもよくなってきた……」


 そう呟く男の人の声が聞こえた。


「お母さん、私も大きくなったら、こんな風に綺麗になりたい!」

「ええ。比奈(ひな)ならきっとなれるわ」


 そう夢を語ったのは、小さな女の子とそのお母さん。


「素晴らしい歌を思いついた、急ぎ書き留めなければ……!」


 とあるおじいさんは、そう大声で言って駆け出した。


「あたしさ、こんな風に人を魅了して、希望を与えられる花は桜だけだと思ってた」


 そういえば、八岐神社の周りにも、廃屋がある南西部にも梅の木は無かったけ。見物するのも、見物人を見るのも初めてだ。


「梅も、そうなんだね」

「小町……。梅も桜も、各々の()()があるんだよ」

「役割?」

「桜から梅干は作れないし、梅から桜餅は作れないでしょ?」

「食べもんばっかし……」

「私が食いしん坊みたいな言い方しないでくれる?」


 それからは余計なことを言わず、黙って梅の花を見ていた。やがて歩き疲れた私たちは、人気(ひとけ)は無いけど梅が見える穴場の椅子を発見。香りと人の声をこの身に受けながら、ただただ癒しの時を過ごした。


 声が聞こえる。女の人だ。もしかして、止まった時の中で私に話しかけてきた誰かだったり? そう思って、声に意識を向けた。


「お嬢様方、起きてください。風邪をひきますよ」


 いや、違うな。あいつじゃない。じゃあ、誰?


「もう陽が沈みましたよ。お家の方が心配されますから」


 内容が現実的過ぎて、思考が一気に冴える。ぱっと目を開けると、女性が私の肩を揺さぶっているのだと分かった。上は白、下は赤。見事な美を演出する紅白の着物に身を包んだ彼女はそう……巫女さんだ。


「もしかして……寝ちゃった…………?」


 かすれた声で訊くと、彼女は「そのようですね」と答えた。そっか、梅を見に来て神社で寝ちゃったのか。待って、巫女さんさっき、陽が沈んだって言わなかった?


「お目覚めですか?」

「うわ真っ暗!」


 空を見て思わず絶望した。夕方とかの次元じゃない。普通に夜だ。


「ええ。もう亥の刻ほどですよ。やれやれ、境内の見回りを怠らなくて良かった」

「小町、起きて小町。もう亥の刻!」


 慌てて彼女も起こす。まだ寝ぼけて「んあ」とか言ってる。その手を引いて立ち上がらせ、巫女さんに「起こしてくれてありがとう」と一言。急いで神社を飛び出し、鍛冶屋へと向かう。私がこんなにも急いているのは、なんだか嫌なものを感じたから。胸騒ぎがする。こういう時の悪い予感というのは、えてしてよく当たるものだ——。

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