【六】焦燥に悩む二人
ある部屋の前に着くと、鴨脚が声を張って呼びかけた。
「親父、さっき言った奴らが挨拶したいって」
「そうか、入るといい」
障子の先には、がたいのいい殿方がいた。座布団に姿勢よく正座していて、机の上には筆やら硯やらが用意されている。何かやろうとしてたみたいだけど、邪魔しちゃったかな……。私らはとりあえず彼の前に正座し、
「この度は、突然の訪問にもかかわらず助けていただきまして、誠にありがとうございます」
「ははは、構わないよ。ご丁寧なお嬢さん方だ。それはさておき、お嬢さん。ずいぶん立派な刀を持っているな」
彼は私の左腰にある蛇を見て言った。続けて「ちょいと拝見しても?」とお願いされた。
「ええ、どうぞ」
「すまないね」
帯から鞘ごと抜き、刀を渡す。しばらく鞘や鍔を見ていたかと思うと、ついに抜刀した。窓から入ってくる日光に刃をかざし、左目を閉じて刃を見ているようだ。
「お嬢さんは、どうして刀を?」
「それは……父の形見なんです。まあ父といっても、本当の父親ではないのですが。私たち、孤児なので」
刃を見ていた目が、一瞬だけこっちに向いた。またすぐに彼の視線は戻る。
「それを普段から携えているのは、かつて私を本当の娘のように大切にしてくれた人がいたことを忘れないためです。それから……」
言葉を少しため、私はちらっと小町の顔を見た。
「自分自身や、大切な家族を守るため……でもあります」
「なるほど。どうりで美しい刀なわけだ」
呟いた彼は、刀を鞘に納めて返してきた。彼は同時に微笑む。大柄な体格からは想像できない柔和な笑みだった。
鴨脚のお父さんと別れ、看板を持って町に出た。小町とは二手に分かれている。だんだん、宣伝文句を叫ぶのが恥ずかしくなってきた。一緒に居るべきだったかもしれない……。
「さあさあ皆様ご注目。まもなく高祠一番の刀が生まれます。彼の名は鴨脚、この国最高の鍛冶職人、鴨脚でございます。古今きっての名刀が、ここに爆誕するのです」
不定期にそう叫びながら、看板をかかげて町中を歩き回る。誰か助けてくれない? しばらく我慢して仕事をしていると、「お嬢ちゃん」と、見知らぬおじさんに呼び止められた。
「はい?」
「もしかして、鴨脚の刀の宣伝をやらされているのかい?」
「ええ、そうですけど」
肯定した私に、彼は大きなため息を一つ。また、呆れたような口調で、
「やめておきな、あいつと関わるのは。お嬢ちゃんまで変な奴だと思われちまうぞ」
それは嫌かも……なんて思ってしまった。
「奴は高祠之国で一番の鍛冶屋だなんて自称してるがよ、実際は大した腕もない、ただのがきなんだよな。刀剣商や防人にしつこく売り込んでるようだが、全部断られてるらしい」
そういう彼は腕を組み、口角を上げて、嘲るような眼をしている。鴨脚に同情するわけじゃないけど、私は少しむかついた。
「まったく、ちっとは親父さんを見習ったらどうなんだって話よ。親父さんは確かに腕のいい鍛冶職人なんだ。鷹がとんびを生むってやつか? こりゃ。ははは」
あんまりな言い様だ。我慢できなくなった私は、思わず低い声で言い返してしまう。
「鴨脚だって鴨脚なりに努力して、自分の道を進んでいるんです。確かに傲慢なところはありますけど、だからって、誰かにばかにされて笑われる筋合いはありません」
私のたたみかけに驚いたのか、おじさんは目を丸くしている。一方の私は、言いたいことを言えて満足した。
「おう、言うねえお嬢ちゃん。せいぜい、あいつに毒されないよう気を付けるこったな」
そう吐き捨て、彼はそそくさと何処かへ行ってしまった。今ので分かったけど、鴨脚はその傲慢さゆえに、周囲からの信頼は薄いらしい。事に依ったら、その悪評が鴨脚を焦らせているのかもしれない。父親と比較され、いや自ら比較し、自分は劣っているんだと深層心理では思っているのかも。その反動が、あの矜恃なのだとすれば、納得がいく。嫌だな、私の矜恃は反動じゃないよ。心の奥底から一番かわいいと思ってるもん。
「はあ、もう夕方か」
陽が落ち始めた。とりあえず宣伝はここまでにして、今日のところは鍛冶屋に帰ることにした。
鍛冶屋の門をくぐって庭の方を見ると、小町がまた棒をびゅんびゅんと振っていた。条件反射的に「ひっ」と身を縮めてしまったけど、よく考えたらここは廃屋じゃない。小さい方の鬼は出ないはず。
「おかえり」
見ている私に気づいた小町が言う。近づいてみると、息を切らしていて、しかも汗だくだった。どんだけ頑張ってるのよ。
「無理してると体壊すよ。明日はお菓子屋の仕事あるんでしょ?」
「平気。それより桜華、教えてよ」
人の話、全っ然聞いてない。
「何を?」
「あんたが辻斬りとやり合った時に使ってた、あの花火みたいなやつ。あれどうやんの?」
——桜散火のことか。改めてどうやって使うのか聞かれると、私にもよく分からない。あの時は必死だったし、そもそも意味わかんないしで、理解は無に等しい。
「あれはね、分かんない」
「使ってた本人も理解してないってわけ?」
「そういうこと」
「まじか。じゃあ、使った時のことを教えてくんない? どういうことを考えてたとか、どういう風に感じてたとか」
頼まれた私は、出来る限り詳細に思い出そうと記憶を巡った。あの時は確か、激昂した辻斬りから小町を庇うために、二人の間に割って入ったんだよね。それで腕に傷を負って……どうしたんだっけ。やばい、傷はもう治ってるのに痛いような気がしてきた。
「ああ、ちょっと思い出したかも」
幸いなことに、幻の痛みが、あの夜の記憶を呼び覚ましてくれた。
「確か、何もかもが止まって見えたんだよ。私の身体も、小町も、辻斬りも、何もかも。私の思考以外は全部ね」
「なにそれ、御伽噺?」
まあそういう反応になるよね。それから、次は——
「誰のかは分からないけど声が聞こえた。ここを斬れば一太刀で辻斬りを殺せるよ、って」
「ほう?」
「で、辻斬りの喉元に赤い線が見えた。たぶん、声が言ったここっていうのは、そこだったんだろうね」
「赤い、線?」
そういえば、河童に対して刀を抜いた時にも見えたっけ。あの時も、実は声が聞こえていたのかな……? 駄目だ、曖昧過ぎて思い出せない。我を見失ってたからかも。
「声は辻斬りを殺せって言ってくる。でも、小町との約束があるから踏みとどまったの。それから……」
走馬灯を見た。桜並木で拾われたんだという話から始まり、前夜に遊んだ花火の記憶が印象深かったね。その二つから、私は突飛な発想に至った。それで完成したのが桜散火だ。それも小町に話した。
「へ、へえ、そうだったんだ」
そう返事した小町だけど、意味分からんって顔に書いてある。だから言ったじゃん、私も分かんないって。
「ありがと。何とかして、わたしも使えるようになるから」
「べつに、そんな力に頼らなくても良いんじゃない? 剣を上達させていけば、それでさ」
「それじゃ駄目なの。言ったでしょ? あんたの背中を守るためには、あんたと同じ次元に立たなきゃいけないんだから。今のままのあたしじゃ、まるで役に立たないじゃん」
そう言ってもらえるのは、本当に嬉しい。だけど、今の小町はちょっと異常だ。執念というか、とりつかれているというか……いや違う、焦燥だ。同じ焦りでも、その結果が人によってこうも違うのはちょっと面白いけどさ。
「分かった分かった。でも、ほんとに無理しすぎないでよね」
と、そこへ、駆け足の鴨脚が「お~い」なんて叫びながら現れた。
「ほれ見ろ、完成したぞ。これこそ、高祠之国で最強の刀だ!」
そう誇らしげに語る彼の右手には、禍々しい刀が握られている。柄や鞘は黒く、触手が巻き付いているかのような見た目をしている。丑三つ時になると蠢きそう。鞘から抜くと、直刀が現れる。刀身の両側が刃になっているらしい。刀身に夕日を当てると、うっすら「鴨脚」と彫刻された文字が見えた。
「へえ、これがねえ。名前とかあるの?」
「勿論。こいつは俺の最高傑作、至高刀・月下だ」
「うぅわ」
なんとも言えない気持ちが、思わず声に出ちゃった。何それ、どういう名前よ。
「ちなみに、鬼に持っていかれたのは至高刀・大鷹ってんだ。要するに、こいつは至高刀系統の最新作ってわけ」
「……ねえ、鴨脚」
「なんだ?」
「あんたって、刀にいちいち野暮ったい名前つけないと死ぬ病気か何かなの?」
「は? 野暮ったいって、何が?」
うわ、自覚も無いし指摘されても気が付かないやばい感じだ。うん、じ、自信があるのはいい事だと思うよ……。そんな話をしていると、また声がした。今度は鴨脚じゃない。
「君たち、こりゃ君たちのかい?」
そう大声で言いながら鍛冶屋の門に立っていたのは、防人の男だ。いったい何の用だろう。
「なんだなんだ、防人さん。やっと俺の刀を採用する気になったのか?」
鴨脚は、にやにやしながら防人のもとへ。
「そうじゃない。君か、鴨脚というのは」
「ああ」
「困るよ、許可なく往来に看板なんて置かれちゃ」
そう言い、防人は地面に置く用の看板を鴨脚に返した。そこには例の宣伝文句が書かれている。察するに、迷惑だと通報があって撤去されたのだろう。
「はあ? 俺の勝手じゃないのかよ?」
「置くのはいいけど、場所を弁えなさい」
なんか揉めてるし。まだ共同作戦の初日だよ? 先が思いやられるな……。呆れた私は小町と目を合わせ、二人して肩をすくめて笑った。




