【五】鬼を呼ぶ秘策
◇◇桜華◇◇
鬼をおびき寄せる秘策とやらの説明を受けに、私と小町は鴨脚について行った。到着したのは鍛冶屋だが、鍛造の音は聞こえない。そういえば、お父さんは鬼に斬られちゃって静養中だって言ってたっけ。門をくぐると、荘厳なお庭が広がっている。鴨脚もこれくらい荘厳な人ならいいのに。お庭の隅には、びっくりするくらい大きな蔵があった。鍛造って儲かるのかな……。
「空き部屋を用意してくっから、少し待っといてくれ。お前らは……二人一部屋でいいか?」
「うん。あんがと」
「ええ、桜華と同じ部屋かよ」
「これまで同じ部屋じゃなかった事なんか一度もないでしょ」
私らの茶番には目もくれず、鴨脚は早足で家の中へ。暇になった私は、周りを観察してみた。蔵を見ると、出入り口は朽ちかけの大きな木材と錆びた部品で構成されていることが分かった。だけど、錠だけが不自然に綺麗だ。盗人は錠を破壊して、堂々と蔵に侵入したんだろうね。
「桜華見て、あの辺だけ砂利が禿げてる」
小町は蔵近くの地面を見て言った。
「ほんとだ、土が丸見え」
つまり、鬼と鴨脚のご両親、防人たちの斬り合いがあったのはまさにここなのだろう。確かに、いつまでも血で濡れた砂利を置いておきたくはないもんね。それ以外には、特に変な個所はない。強いて言うなら、植え込みの一部がばきばきに踏み倒されていることくらいだ。
「よう、待たせたな」
軽快に言いながら、鴨脚が予想よりはるかに早く帰って来た。
「空き部屋に案内するから、自由に使ってくれ。親父も、構わねえってさ」
「お父さんになんて説明したの?」
鬼をとっ捕まえる計画の協力者を泊める……なんて馬鹿正直に言ってないでしょうね?
「ああ、旅人だって言ってある」
「ふうん、なら良かった」
さすがにひねくれた見方をし過ぎていたらしい。
「こっちだ」
「お邪魔しま~す」
案内されるがまま、鍛冶屋の奥へと続く廊下を歩く。床は踏むたびにぎしぎしと音を立てた。何度も左右に曲がる迷路みたいな道を進んでいると、ふと八岐神社に居た頃を思い出してしまう。部屋までの道、覚えられるかな。結構不安になってきた。
「到着っと。二人にしちゃ狭いかもしれないが、まあ我慢してくれ」
珍しく申し訳なさそうに言った。大丈夫、どう考えても普段の部屋より広いから。
「部屋代はいる?」
「部屋代? いらねえよ、計画を手伝ってもらう報酬だ」
続けて鴨脚は小声で「それに、部屋代の代わりになる労働が待ってるしな」と呟きやがった。おい、聞こえてるぞ。
「労働って?」
「聞こえていやがったのか、地獄耳だな。まあ、入ればわかる。そんじゃ、またあとで呼びに来るから休んどけ」
不自然な早口で言い、鴨脚は廊下をどたばた走って消えた。何なの、変な奴。
「お言葉に甘えよう、あたし、疲れちった」
「だね」
まだ調査も何もしてないけど、廃屋から北部に来るだけでも一時間くらい歩く。そろそろ休憩したって罰はあたらないよね。そう思って障子を開くと……
「嘘でしょ」
「だから、あたし、疲れちったんだってば……」
畳の上に、ほうきやら雑巾やらが無造作に置かれている。なるほど、労働ってそういうことか。鴨脚くん、掃除が終わったら巻藁の代わりにさせてね。……とはいえ、数日の間泊めてもらうことは事実。鬼の捕縛は私たちの目的でもあるし、真の部屋代としては安い方か……多分。
掃除を終えて寝ころんでいると、障子の向こうから「居るか?」と鴨脚の声が聞こえてきた。ああ、もう。もうちょっとでお昼寝できそうだったのに。
「なに?」
返事をしながら障子を開くと、やけに大荷物の鴨脚が立っていた。五尺くらいの立て札を二つ持っている。それと、懐からは紙らしきものがはみ出している。
「休めたか?」
「休めたと思う?」
実際、寝ころんでいられた時間は五分くらいだった。
「ははは、そいつは結構」
「は? 何が?」
小町が目をこすりながら、遅れて私の横へ。それを確認した鴨脚は、その立て札を私と小町に一つずつ渡してきた。
「なにこれ」
「こいつは、俺たちの計画の要だ」
「これで鬼をぶん殴るわけ?」
小町はいつからそんな脳筋になったのよ。鴨脚はそれに、人差し指を立てて左右に揺らし、「ちっちっち」と否定の反応をした。なにそれ。なんか分からないけど、やけにむかつく動き。
「言ったろ? 鬼をおびき寄せる秘策があるって」
誇らかそうに言いながら、鴨脚は懐の紙を取り出した。何か文字が書いてある。
「こいつを看板に貼っ付けて、宣伝してまわるんだ」
紙には「高祠之国一番の鍛冶職人、鴨脚の新作登場」とか「古今きっての名刀、ここに爆誕」とか書いてある。尊敬するね、ここまで来ると逆に。
「この話題が広まれば、鬼は必ず聞きつけてやってくる。何処にいるかも分からない奴を探すより、よっぽど効率的だろ?」
言ってることは間違ってないと思うんだけど、いかんせん内容がね。
「で、あたしらに看板娘をやれっていうわけね」
なんかちょっと嬉しそうな小町。あと、看板娘ってたぶんそういう意味じゃないと思う。まあ何でもいいか。たしかに、この作戦は鴨脚が一人で動くより効果的だね。なんてったって花があるもん。特に美少女。自称高祠之国で一番の刀を、事実高祠之国で一番の美少女が宣伝するんだから……えっ待ってやばいこれ、最強じゃん。
「そういうこと。んじゃ、頼んだぜ」
「任せな」
やたらと自信満々の小町は置いといて……。
「その間、鴨脚は何をするの?」
「俺は刀を打つ。その看板はなにも噓八百じゃないんだ。鬼に盗まれた一振を超える刀を、ちょっと前から作ってる。もうじき出来上がるころだぜ」
なるほどね。「俺は俺を超えたい」や「一番を更新」といった台詞の意味が理解できた。彼の言う通り、宣伝文句はれっきとした事実であるようだ。
「そう。じゃあ、そっちはそっちでよろしく。肝心の刀が出来上がらなかったら、てくてくやって来た鬼さんをがっかりさせちゃうし」
おう、と返事をした鴨脚はまた何処かへ向かった。今度は作業場だろうか。……と呑気に考えていた私は、大事なことを忘れていたと気付き、「待って」と彼を呼び止める。
「今度は何だ?」
「お父さんに、直接お礼を言いたいんだけど」
「律儀な奴。親父は部屋に居る、ついて来い。ああ、看板は置いてけよ」
自信過剰看板を畳に寝かせ、小町といっしょに鴨脚の背中を追った。なんなの、このくねくねした道は。二度と戻って来られる気がしないんだけど。




